敏感肌ならぬ、敏感心。

 2ヶ月ぶりくらいで、子供を連れて近所の雑貨屋にふらりと立ち寄った。前回その店で購入したポロシャツとチノパンを、前回おすすめされたコーディネートで身につけて。
 いつも愛想のいいお喋りな店主のおじさんが、今日は見たことのない仏頂面だった。「こんにちは」と笑顔で店に入った私にも、店内を見て回る私にも、「ありがとうございました」と笑顔で店を出る私にも、仏頂面のままじとっと嫌な目付きで一瞥するだけで、とうとう一言も声を発することはなかった。
 前回、取り扱うブランドの経緯やこだわりについて丁寧に教えてくださった方である。私に子供がいると知り、「ぜひ今度は赤ちゃんと遊びにいらしてください」と、にこやかに仰ってくださった方である。

「あ、…もしかして、こないだ来てくださった方ですか?」
「そうです〜。全身コーデで来ちゃいました。恥ずかしい」
「いえいえ、よくお似合いですよ。娘さん!かわいいですねぇ〜こんにちは〜」
あはははは。
あはははは。

 そんな風なほのぼのあったかい時間を、勝手に、独りよがりに夢想していたのだ。

 偽りの笑顔を貼り付けたまま店の外に出た私は、全身べっとり汗をかいていた。一刻も早くここを立ち去りたい。おじさんの視界から消えたい。羞恥に近い感情で、もたつく手でなんとか娘をベビーカーに乗せながら、必死におじさんの不機嫌の理由を考える。

おじさん、今日は特別体調が良くないのかも。
昨日奥さんと洒落にならない大喧嘩をしたのかも。
お店の経営が最近芳しくないのかも。

 私、覚えはないけど、いつかどこかで、何かおじさんに恨まれるようなことをした?

 …そんなの確率的にありえない。というか、そもそも引きずって考えることじゃない、こんなしょうもないこと。頭では分かっているのに。逃げるように早歩きで立ち去っても、みるみる脳味噌を覆い尽くす暗い霧を振り切ることはできない。あぁ、どんどん気持ちが沈んでいく……。

 “フラッと入った店の店主が、たまたま無愛想だった。”

 たったそれだけのことで、私の心はこんな風に、あっという間にカサカサになってしまう。しかもなかなか回復できない。結局夜までモヤモヤチクチク引きずってしまった。

 これは明らかに、日常生活を送るのに不便すぎる敏感さだ。そんな自分が嫌で、強く大らかな心が欲しくて、ずっとずっと昔から、私は本を読み、ネットの海を泳ぎ、人に話を聞き、幾つもの暗く寂しい夜を越えてきたのだ。

 しかし果たせるかな、結局アラサーになってもこのザマである。一向にメンタルは強くならない。努力の成果が見えてこない。
 もはやなす術なし!
 しかし、この件をきっかけに、私の中にこれまでなかった疑問がふと生まれたのだ。 

そもそも、心の強度って努力で変えられるものなのか?

 例えば「敏感肌」「体が弱い」「アレルギー体質」だとかの表現があるけれど、同じように元来生まれ持った性質として、「敏感心」「心が弱い」「アレルギー心質」みたいなのがあるんじゃなかろうか。花粉症の人は、本人が好き好んで、意図的に咳や鼻水や目の痒さなどを引き起こしているわけじゃない。体が勝手に花粉に過剰反応しているのだ。それを本人の意思で止めることはできない。私の心もそれと同じだ。他人の機微に、心が勝手に過剰反応を起こす。

 心の敏感さを変えられないのだとしたら、環境の方を変えるしかない。全身ガサガサで痒くて痛くて眠れなかった私が、肌断食をして、肌着を天然素材に限定してやっと、不快感なく過ごせるようになったように。根本的に肌そのものを強くする方法なんてものはないから。弱い肌の方に合わせて、環境を整えるしかない。

 心がタフで気にしない人、クヨクヨ考えない人を心底羨ましく思っていたが、あれは体質ならぬ心質が、私とはまるきり違うのだ。真似するな危険。肌が強くて美肌の友人は、躊躇うことなく素手で漂白剤に触れていたけど、私がやったら両手の皮膚がソッコーお陀仏だ。

 今回の件も、私にとっては“素手で漂白剤”案件だったのだ。となると、店員さんと密に関わらざるをえない個人経営の店は、今後は少なくとも一人で行くのはやめよう。これまでは、私は大型商業施設より個人経営の小さな店を応援したいという密かな志があって、努めて小さな店に足を運ぶようにしていた。でも、それで自分が悲しい思いをするのは本末転倒だ。私は私を一番大切に、優先すると決めたのだ。
 ショッピングは、お互い顔も素性も分からない薄い関係の方が、私の敏感さには合っているということなのだろう。

 …まあ、そもそもここまで心が敏感に傾いてるのは他にもいろいろ要因はあるはず。4月は本当に闇雲だったから。落ち着いたらまたnoteを書きたい。仕事に育児に忙しい毎日だけど、頑張らないことを頑張って、なるべくご自愛していきたいものである。

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