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禍話リライト「娘のいない家」

「どこの県の話かは知らないんですけど、
この話をしたひとの訛りはたぶん九州なんですよね」

そう前置きして、Kさんはとある家──正確には団地、の話を始めた。

そのまあ、たぶん九州のどこかに、古い団地があって。
古い団地だから、今までに何度も改装が入ってるんですって。
集合玄関にスロープが出来たり、
階段が老朽化して流石にやべえだろってなって、エレベーターを入れたり。
そういうふうに内装は結構変わってるらしいんですけど、
何故か大通りに面したとこの外壁だけが、ずうっとそのままなんです。

別に、構造的にその外壁に手を加えることが出来ない、とかではないんですよ。
本当に合理的な理由はないはずなのに、何でかそのままになってて。
わざわざ一番外側の、一番人目に付くところだけをぼろっちいままにしておく理由って、
あんまり無いじゃないですか。むしろ外側だけ小綺麗にしておくなら分かりますけど。
だから、何でなんだろうなあ、って団地があったんですって。九州のとある地域に。

その団地の近くには大学があって。
最近その地域に引っ越してきた大学生が買い物帰りにそこ見かけたらしくて、
「やけにぼろぼろだなあ」みたいなことをサークルで話題に挙げたんですよ。
そしたらチラシ配りのバイトかなんかしてる友人が、
今みたいなことを教えたんですよねその人に。
いやそれがな、建物ん中は新しいんだよ結構、って感じで。
まあその人も疑問に思いますよね。
「なんでそんなことするんだろうね。逆に外側だけ新しい方がいいんじゃないの?」
だって次の入居者が来ないじゃんそんなの、って。まあそりゃそうですよね。
そしたら、そのサークルの情報通的な女の子が二人の話を聞いてたらしくて。
「ほんとかどうかは分からないんだけどさあ」って会話に入ってきたんですって。
で、その子が言うにはね。

どの団地でも、もうずうっと住んでる古株みたいな人っているじゃないですか。
その団地にもそういう方がいたんですけど、その方の娘さんがね。
ちょっとこう、心を病んでるんじゃないかみたいな部分があったらしいんですよ。
まあだから例えば、急に笑い出すとか。夜に近くの道路をうろうろするとか。
でも、別に何か危害を加えてくるわけじゃないし、
明確に迷惑な行動をすることも無かったので、
別に他の住人も騒ぎ立てたりはしてなかったんです。

でもね。ある時、そういうふうに彼女が夜に家を出て、
そのまま帰ってこなくなったらしいんです。

警察に連絡して、その団地の方々も含めて捜索したらしいんですよ。
精神的に不安定な方なのは知ってたから、
川に落ちたとかそういう面でも入念に探したけど、結局見つからずじまいだったらしくて。
今も失踪中、行方不明、ってことになってるんですって。

それ以降も、というか今も古株の人はずっとそこに住んでるんですけど、
その団地をなんか改装するって話になると必ず、
「外側は変えないでほしい」って言うんですって。
「外装が変わったら、娘が戻ってきても家がどこか分からないじゃないか」って。
だからその家は、今も大通りに面したところだけは変わってないらしいんだよ、
ってそんな話をしたんですよ、そのサークルの女の子が。

それ聞いて、サークルのみんなもぞくっとして。
「えっ、そういうこと? そういう感じの話?」みたいな。
しかも、そこで女の子の話は終わらなくて。
それで、その団地では変なことがちょくちょくあるらしい、って続けるんです。

例えば、その団地の大通りにパンジーとか植えてる花壇的なスペースがあるんですけど、
ある時見たらその一部が荒らされてたんですって。変なのはその荒らされ方で、
「花が抜かれて別のところに植わってた」んですよ。
だからつまり、花壇のある一か所が土だけの空間になってて、
少し離れたところではやたらと花が密集してる、みたいな。

それで、団地の人も植え直すんですけど、
それから何日も荒らされて戻しての鼬ごっこになって。
もうキリがないからってことで、一旦そのままにしたんですよ。
で二、三日したら、その土のスペースにごみ袋が埋まってて。ごみ袋がですよ?
それも、最近見ないような黒いごみ袋で。
もちろん地域指定のやつじゃないし、今の時代に黒いごみ袋? ってなって、
団地の人がそれを取り出して袋開けてみたらしいんですよ。
そしたら、よくわからん水でびちゃびちゃになったシャツが入ってたらしくて。
しかもさらによくわからないのが、その服が全部濡れそぼってるんじゃなくて、
布の一部にぱしゃぱしゃって水をかけてるみたいな感じの濡れ方をしてたっていうんです。

で、うわ気持ちわる、って捨てに行ったらしいんですけど、
また数日したら、団地の植え込み──樹とかがあるようなところに、
例の黒いごみ袋が「突き刺さってた」んですって。
今度はなんだ、ってそれ回収して中開けたらね、
血だらけのティッシュがいっぱい入ってた、って。

いや、血だらけっていうのは事件性があるような量じゃなくて、
例えば鼻血が出たとか、そのぐらいのことでまあ説明は出来るようなものだったらしくて。
それでも不気味なことには変わりないですけどね。

あと、変なことが起こるのは団地の花壇とか植え込みだけではなくて。
その団地に住んでて、夜の散歩やランニングをする習慣があるご老人がね、
「最近この辺に変な人いるから、散歩とかやるとしたら何人か一緒になって行こう」
って、そんなことを言い出したんですって。
そのご老人が夜になってその団地周辺を歩いてたら、
急に暗がりから人が出てきて、強めのでっかい懐中電灯で顔を照らされたんだ、って。
それで、うわ眩しいってなってるうちに、照らしてきた人は
ばーって逃げちゃう、ってことがあったらしくて、しかも。
例の娘さんが失踪する前、夜に徘徊みたいなことをするときに持ってたのが、
そういう懐中電灯だったよね、っていう話になったんですね。

あと、これはまた別の、
塾通いか何かで夜遅くにその団地に帰る子が体験したことなんですけど。
夜が更けてくると常に点滅してる状態になる信号ってあるじゃないですか。
その子が夜に帰ってて、団地近くのそういう点滅信号に差し掛かったら、
その信号の支柱のとこに女の人が立ってて。
「まだあ? まだあ?」
って言いながら支柱に両手をかけて、揺さぶるような仕草を繰り返してたんです。
もちろん信号ですから、実際に揺さぶったりは出来てないんですけどね。

しかも、その話の不気味なところって実はもう一つあって。
その子から、そういう女の人がいたっていう話を聞くじゃないですか。大人とかが。
そしたら、あくまでも話を聞く限りでの推測なんですけど、
その女の人──失踪した娘さんらしき人は、
どうやら失踪当時から全く年取ってないみたいだ、っていうんですよ。

そこまでサークルで聞いてて、もうみんな怖くなって。
そこで話も一旦打ち止めになったんですよね。
で、夏になって、
全然違う用件でサークル連中が近所に買い物に行く用事があって。
確かお酒を買い込んで宅飲みでもしようやって話になって、
近所のディスカウントショップに行ったけどお目当てのものがなかった、みたいな。

「あーここ、あの酒無えな」
「えー、なんだよー」
「コンビニで似た味のやつ買うか、じゃあ」

で、そのお店から別のコンビニまで歩くときに、
その団地の前を通ることになったんですよ。
そこで例の話のことを思い出して。
その時に初めてそこ見たって人もいたんですけど、
外装、ほんとにぼろぼろだったらしいんですよ。
そりゃあ何で改装しないのって話も出るよなあって外観で。
その時点でけっこう夜の遅い時間だったこともあって、余計に不気味に見えて。

「その古株の人、もう初老ぐらいの結構いい歳になってんだけどさ」
「へえ、そうなんだ」
「うん、で夜になったら未だに探しに出てるらしいぜ」
「まじで?」
「それ、もう徘徊みたいなもんじゃないのか?」
「さすがにちょっと肝試しは出来んな」
「いや出来る訳ねえだろ、人ん家だぞ」

みんなでそんな話をしてたら。
懐中電灯、の明かりが道の向こうから見えて。
一瞬びくっとしたんですけど、それは別に光の強い懐中電灯では無かったし、
そもそもそれ持ってる人が女性じゃなかったから、ああなんだ、って。
安心しようとしたんですけどそこで気付いたんですよね。
その懐中電灯の光が、すごく左右に振れてたんですって。
ただ歩いてるだけなら、まっすぐ進行方向を照らせばいいじゃないですか。
なのにその光が、まるで何かを──誰かを探してる、みたいにゆれてて、
よく見たらその懐中電灯持ってるの初老の男性なんですよ。
初老の男性が、「いない いない いない」ってぼそぼそ呟きながら歩いてて。
どうやら団地の外周をぐるっと回ってるみたいで、
こっちにも気付かない感じで、また別のところに行って、
そのまま見えなくなったんです。

「うわ、こわあ……」
「……詳しい子に聞いたんだけどさ。あの人のいる第何号棟の何階だかに住んでた人、
今はみんな別の棟とかに引っ越してて。
元々そこって人気がある団地でもないから、
その階あたりにはもうあの人ぐらいしか住んでない、らしいんだよ。
だから、ぱっと見たらその辺だけ明らかに明かりが少ないらしいぞ」
「……マジで?」

こわごわと、団地を見上げてみたら。
確かに、他のところは窓からぽつぽつと明かりが漏れてるのに、
とある棟のとある階の周辺だけ、ぽっかりと穴が開いているみたいに真っ暗で。

「うわ、本当だ……」
「こんな──怖いとこ、あるんだな。実際に」

もちろん、彼らも聞いた話全部が本当とは思ってなかったみたいですけど、
ある程度噂と一致するところもあるし、そうでなくても不気味な雰囲気は感じ取れたから。
そういうことを言いながらぼおっとその団地を見上げてたら、
その真っ暗な階のひとつの部屋の窓が、ぽつっと明るくなったんですって。
さっきの人が帰ってきたのかな、ってみんなで言い合ってたんですけど。
何か様子がおかしいんですよ。

中の様子は見えないんですけど、その明かりがついた部屋から、
たぶん別のとこにある窓を開けて、またすぐに閉める音がして。
それだけだったらいいんですけど、
それをずっと繰り返してるんですよ。
がらがらがらって音が何回もして窓が開いては閉まる、それをひたすら繰り返してて。

その音を聞いて──好奇心があったんでしょうね、
彼らは団地の反対側、つまりベランダじゃなくて通路や玄関がある方にまわって、
その棟を下から見上げたんです。
しんとした、夜の団地です。
さっき見た外壁とは違って、こちら側から見上げると噂通り、
団地はそれなりに綺麗に改装されていて。
反対側にまわっているうちに、
いつの間にか窓を開け閉めする音は止んでいました。

今も人が住んでる団地だから、ひそひそとした声で、
「あそこの階だよね、窓開けてたの」みたいなことを誰かが言って。
何となくその辺りを目で追ってたら急に、

どん、どん、ってその静かな団地に響くぐらいの音がしたんです。
多分、その部屋の中にいる誰かが、
力任せにドア蹴ったりぶつかったりしてるような、すごい大きな音。

それは明らかに幻聴とかではなくて、みんなして目を合わせて。
なんで? って、口々に言いあったんです。
急にそんな音が聞こえてきたこともですけど、
それくらい大きな音が聞こえてきているのに、
その棟にいるはずの人たちは誰も、何もしないんです。
例えばドアを開けて様子をうかがうとか、
その音に何かの反応をしている人は一切いなくて。

それで、あまりの異様な状況に、彼らも何かおかしくなっていたんでしょうかね。
その団地って、誰でも外階段から登れる構造になってたんですけど、
好奇心が勝って、その階を目指して団地の中に入ってったんですって。
本当だったらその場ですぐに逃げてもおかしくないはずなのに。
きれいに整備された階段をかんかんと上っているときも、
その部屋から鳴っている音はずっと続いていて。
みんなして息をひそめて、その階に着いて、
外階段から廊下に繋がる扉に手をかけて、

がちゃって開けたらその音が止んだんです。

嘘みたいにふっと、さっきまでうるさいくらいにどんどん鳴っていた、音が止まって。
元の、何の音もしない、真っ暗な団地の廊下が目の前にあって。
変な話なんですけど、そこで漸く怖くなったらしいんです、大学生たち。
みんな足が竦んで動けないというか、彼らが言うには、
そこからちょっとでも動いたら、
その団地の静かな中で音が鳴ってしまうじゃないですか。それが、もう恐ろしいんですって。
で、何で音が止んだんだって固まって、すうっと伸びた薄黒い廊下を見たら。

あの部屋のドアが開いてるんです。
さっきまで音が鳴っていた、あの部屋の玄関のドア。
半開きとかじゃなくて、もう完全に開いてて。

「あ、あいてる? なんで?」
「とっくに、部屋ん中に入ったのに」
「もう完全に、おかしくなってるってことじゃんか」

漸く口火を切った誰かに合わせて、呆然とそんな話をしていたら。
突然その玄関からおんなの顔がにゅっと出てこちらを見たそうです。

後で話をしてみると、それ見てた大学生グループの中でも、
その時見た顔の──顔があった場所、には違いがあったらしくて。
玄関の足元の方から、地面に這いつくばっているように顔が出てきたって言う人もいれば、
天井近くから首曲げて顔だけ出してたって言う人もいるんですけど。

普通の人間ならそこから顔は出さないって位置から。
若くて髪の長い女性が顔をこちらに向けた。
この二点は全員に共通していたらしいんです。

そこでみんな絶叫して、我先にと階段を下りてその棟を出ました。
彼らが叫んで逃げ惑っている間も、
その棟から他の住人が出てきたり、
何があったと様子を見に来たりすることは無かったそうです。

彼らが走ってその団地を出たら、
向こうから誰かが歩いてくる気配がしたんですって。
あれほどの体験をしてたわけですから、漸く他の人に会えたと、
縋るような気持ちでそちらに向かったんですけど、
途中でその人の持ってる懐中電灯が左右に揺れてるのに気づいて。
その人、さっき会った初老の男性なんですよ。
もうそこで皆、頭がぐちゃぐちゃになって。
その男性に向かって、
ほとんど半狂乱みたいな状態になった彼らがつかえつかえに、

「あの、部屋に、あの、部屋に、もう、娘さんが」

って言いかけたら、言い終わらないうちにその男性が凄い大きな声で

「いない! いない! いない!」

って繰り返し繰り返し叫んだんです。

ああ、なるほど。
もうすでに、家に「いる」のを認めたくなくて。
この人は夜になったら外を徘徊して、娘さんを探してるんだ。
もうとっくに、戻ってるんだ。

彼らはそこで、そう気付いたんだそうです。
その後、絶対にあの道は夜に通らないようになったことは、言うまでもありません。

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怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」放送分の一部を文章化したものです。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/726763347

2022/04/02『シン・禍話 第五十三夜』00:46:03-

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