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北穂高岳

毎年北穂高小屋の営業は11月3日の宿泊までと決まっている。昨年はコロナ禍の影響で営業期間が短縮されてしまい、稜線が白くなる前に小屋が閉まってしまった。今年は10月中旬に降った雪が稜線では根雪となりそうなくらいで、満を持して小屋閉めに合わせて北穂高を目指した。

雪が降ると涸沢から北穂へは夏に使う南稜ではなく「春道」と呼ばれる北穂高沢のルートを登る。涸沢から北穂を見上げると南稜と東稜に挟まれた大きな急勾配のルンゼが見える。これが北穂高沢だ。無積雪期はガレ場で落石も多く危険。バリエーションルートである東稜へのアプローチに下部を横断することはあっても、ここを北穂山頂へ詰め上げることはない。

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(↑涸沢から見上げた北穂高岳。涸沢小屋の右からガレ場沿いに登り、ハイマツ帯を越える。中央やや左に南稜、画面右の岩稜が東尾根)

2021年10月31日。根雪になるかと思った雪も溶けてしまい、南稜取り付きあたりから下は登山道が凍結している箇所があるくらい。その後は、夏道を左に分けて南稜沿いの斜面の雪があるところを選んで登るのだが、途中岩が露出している箇所もあって歩き辛い。落石も起こしやすく神経を使う。前後の登山者が少なかったのが幸いだった。

途中にはインゼル(中洲)と呼ばれる小さな岩稜があり、そのインゼルと南稜の間の狭いルンゼを松濤岩のコルを目がけて直登して行く。コルが近づくにつれて斜度が増す。雪の急斜面に慣れていない人は、振り返らない方がいい。初めての人は、ここを下れるかどうか不安になることが多い。

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随分以前、まだ職業ガイドになる前に話だが、やはりこの時期に北穂に上がった時は北穂高沢に山頂まで全く雪がなく、それでも小屋のスタッフに南稜は凍結していて危ないから北穂高沢を上がってくることを勧められた。しかし落石が怖くてこのルンゼではなく東稜よりのガレ場を上がって東稜ゴジラの背から山頂間のコルに詰めて小屋に到達したことがあった。

その日は日帰りで涸沢のテントに戻る予定だったが、小屋でランチをとっていると雪が降り始め、見る見るうちに周囲は銀世界。小屋周辺であっという間に10cmも積もっただろうか。風も出てきてホワイトアウトしてしまい下山が躊躇われた。覚悟を決めて急遽小屋で一泊、幸いアイゼン、ピッケルは持参していたので翌朝、狭いルンゼを下山。積雪はなんと30cmになっていた。こうした急変は、秋山によくあることだ。

この時、小屋には写真愛好家、つまり山岳写真を趣味とする方々が数名泊まっていらっしゃった。この時期に毎年北穂高小屋に登ってきて数日滞在するのだという。いろいろと写真談義になり、これまで撮られた写真を見せていただいたりして、楽しい一夜を過ごした。その中に濃い顔をした印象深い男性がいらした。後で知ったのだが、それがA氏だった。

A氏は当時すでに、雑誌「山と渓谷」のフォトコンテストの常連の入賞者で、その世界では高く評価されていた方だった。その後、年末年始の八ヶ岳の山小屋や、また北穂小屋でお目にかかることがあり、最近ではSNSで繋がったりしていた。

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