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帰宅後すぐに鍵をかけるのが怖くなった日、自分はもっと怒っていいんだと気づいた

ガチャガチャ

誰かが玄関を開けようとドアを引っ張る音に目が覚めた。

暗闇の中、ベッドサイドにおいてあった携帯に手を伸ばすと、表示されたのは「3:00 AM」という時間。

ガチャガチャ、ドンッ

再び誰かがドアを引っ張るような音が鳴り響く。

「鍵はかけてあるし、チェーンもかけてあるんだから大丈夫」

自分にそう言い聞かせ、ドックンドックン鳴る心臓を抑えながら声を潜め、朝が来るのを待った。

結局、朝になってドアスコープを覗いてみた頃には誰もおらず、ほっと胸をなでおろすことができた。

しかし、私はその日以降、部屋に不審者がいるのではないかと警戒するようになり、自分の家なのに帰宅後すぐに鍵をかけることができなくなった。

もし不審者が部屋にいた場合、即座に逃げられるように。

女性が背負う「身を守るため」の重荷

この話を複数の友人(女性)にしたところ、「え、大丈夫だった?怖かったでしょ」と心配してくれると同時に、ほぼ全員が同じ言葉を口に切り出した。

「実は私もね・・・」と。

最近東京で一人暮らしを始めた友人は「つい先日、仕事からの帰り、最寄駅から見知らぬ男につけられた挙句、追いかけられ、全力でマンションまで逃げ帰った」と話してくれた。

学生時代一緒にパリに留学していた友人は当時、パリの薄暗い地下鉄駅の通路でいきなり男性に壁に押さえつけられ、胸を鷲掴みにされたことがあったと打ち明けてくれた。

「この間ウーバーが目的地と違う方向に走り出し、降ろして!と叫んでも運転手は猛スピードで車を走らせ続け、赤信号で止まった隙に車を飛び降りていなかったらどうなっていたかわからない」と話してくれたのはニューヨークに住む大学の友人。

自分の家にいるだけなのに、帰宅するために歩いてるだけなのに、交通手段としてウーバーを使ってるだけなのに、一見「普通」に見える生活を送る中で「女性だから」身の危険を感じることがある。そしてそれは東京でもパリでもニューヨークでも一緒で、恐らく世界中どこでも「女性」として生きていれば経験することなのではないか。

私や友人がこれまで「女性」として生きてきた中で、自分の身を守るために気をつけ、普段から意識していることや取っている行動は多々あると思う。

・夜遅く帰宅する際は護身のために鍵を中指と薬指で挟む形で持ち歩く(万が一の時は武器として使えるように)
・男性と二人っきりでエレベーターに乗らないようにする、どうしても二人っきりになる際はボタンの近くに立つ
・ペッパースプレー、催涙スプレーや防犯ベルを持ち歩く
・夜道で誰かにつけられていると感じた場合は携帯を取り出し、誰かと喋っているフリをする
・同様に、帰り道誰かにつけられているかも、と感じた時は一旦近くのコンビニなどに入り、不審者を振り払う
・日が暮れてからジョギングには行かない、イヤホンをつけたまま走らない
・玄関先に男物の靴を置く、洗濯物を干す際は男物の服を混ぜる
・路上や駐車場で車を停める際はなるべく建物の入り口の近くか、街灯の真下に停めるようにする

とっさに思いつき、私や友人が普段から実践していることだけでもこれだけあり、中には過去にあった怖い経験から身につけた護身術もあれば、もはや無意識にやっていることもある。

そしてこれらは多くの場合、私たちが「女性」だから意識しなければいけないことで、自分がもし男性として生きていればひょっとすると人生において一度も意識する必要がなかった事なのではと思わされるものがほとんどだ。

空港泊ができるという「贅沢」

また、女性が「身を守る」ために背負うのは精神的な負担だけでない。

パリ留学時、冬休みを利用してヨーロッパを巡った時、同じタイミングで同じようにヨーロッパ旅行をしていた男友達から来た「安く済むし今日は空港で一泊するわ」というメッセを私と友人は「女性は危ないから空港泊はダメ」という周りからの助言を踏まえて翌朝の乗り継ぎまでの時間を過ごすためだけに渋々お金を払って取ったAirbnbの一室で受け取った。

東京で一人暮らしをするようになった今もこれは変わらない。防犯を意識し、駅近、一階・二階はNG、オートロック付き、内廊下、各階に防犯カメラなどの条件を付け加えていくと、必然的に家賃は高くなる。

もちろん、性被害に遭うのは女性に限ったことではない。
男性でも防犯意識が高い人はいる。

ただ、今の社会においては自分がその性別だから怖い思いをする、もしくは怖い思いをしないために精神的、物理的負担を背負っているのは圧倒的に女性として生きている場合の方が多いと思う。

モヤモヤを感じたら怒っていい

こういう話をすると必ず何人かから言われるのは「危険なのであれば夜出歩かなければいい」や「露出度の高い服を来なければいい」という、女性が「女性である」というだけで望んでもいないのに背負わなければいけない重荷、そしてその重荷を生み出す原因となっている社会にこびりついているジェンダーステレオタイプに対して無自覚な声。

そして、本当は嫌な思いをいっぱいしていて、モヤモヤを抱えているのに、「キリがないし」、「しょうがないから」と受け流してしまっている女性も多いと思う。

でも私はどうしてもそれは納得ができない。

人口の半分が「その性別として生きているから」人口のもう半分が恐らく一度も意識しなくても生きていけることに常に気を張って、恐怖に怯えながら暮らしていかなきゃいけない社会はおかしいと思う。

だから本来一番安心できるはずである自分の家に帰る事すら怖い、と女性に感じさせるような社会はおかしいと思うし、おかしいと思ったら怒ってもいいんだ、と気づいた。

もちろん、世の男性が全員悪い人、というわけではない。

ただ、帰りが遅くなるという女性に対して「気をつけるんだよ、今日はスカートでなくズボンにしたら?」という前に、女性が夜道を一人で歩けないような社会になっている理由ってなんなんだろう?と一人一人が考えられるようになればいいなと思う。

そして何より、私は数十年後、「自分の世代がしょうがないと許してきたせいで自分の娘の世代がいまなお苦しんでいる」と後悔したくないから、今、自分の中にある違和感は言語化し、みんなで考えるきっかけを作りたいと思った。

みんなで考えることが、社会を変える事に繋がると思うから。


*性犯罪被害相談電話(全国共通)は #8103 |「こんなことで?」と思わずに身の危険を感じた時は110番でもいいのでちょっとずつ声を上げていきませんか。


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