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教室でしこたまわらった思い出はいまでも笑えるはず。


高校の授業中。

バスケ部の野口が、国語教師の中村先生に反抗した。

「おい、野口、なにねてんだ」

どこの学校の教室にもあるような、先生が生徒に対して注意するフレーズ。



うちの学校は暴力的な学校として名高かった。

僕はまったく反抗的な生徒ではなかったのにも関わらず、全校生徒の前で立たされ、蹴られた思い出がある。あのとき僕を蹴ってくれた高橋先生には是非、水溶き片栗粉の上を歩くような人生を歩んでいってほしいと笑顔で願っている。

反抗的な生徒でもないのに、ちょっとしたいさかいでそのような仕打ちがある。だから、生徒たちはよい生徒も悪い生徒も、いつもびくびくしていた。

そしてその反動として、「怖くない先生の前では調子に乗る」という反作用が起こる。怖くない先生たちにはまったくもって申し訳ないが、ボタンの掛け違いはかならずどこかに影響を及ぼす。反動の矛先は、国語の中村先生に向いた。

「おい、野口、なにねてんだ」

中村先生は彼を注意したが、野口は暴力教師たちによって部活でしごかれていて体力を消耗し、疲れている。だから、ぎりぎりの精神状態だったのだろうと思う。顔をあげて、野口は舌打ちをした。

「……なんだいまのは?」

国語教師は、舌打ちを聞き逃さなかった。
野口はめんどくさそうな顔をする。

「野口、お前、舌打ちしただろ?」

教室に、気まずい沈黙が流れる。
時計の音と、ハンドボールの試合の声が響く。

その沈黙のなか、野口が口を開く。

「うっせんだよ……」

ここまで来ると、先生としても身を引けない。

先生は野口に対して怖い眼差しを向けている。まるで、空豆のような顔の中村先生が、昼下がりの教室で、生徒をにらんでいる。


その沈黙のなか、僕の前の席の首席番号三番、今井が歌いだした。


見つめぇああああああうとぅぉおおおお!

おぉぉすぅうなうぅうううおうにぃぃぃ!

いぃぃおしやゃああああべぇえええりぃいいいい!

いっぃぃでぇええええきぃいいいいいいいなああああああいぃいい!


サザンオールスターズの名曲。
今井はその名曲を熱唱する。沈黙の教室のなか、今井の歌声だけが青空の紙飛行機のように、場違いに飛んでゆく。中村先生は、野口にロックオンしていた、つぶらな瞳を、今井に転換した。

ひけない状況のなかで、さらに小バカにされたと思い、逆鱗に触れたのだろう。矛先は、今井に変更されたのだ。縄跳びを束ねたものを、裁ち鋏で切り離すような音がした。ぶちぶちぶちぶちぶちぶちぃ!たぶん、中村先生が、ぶちギレたのであろう。


中村先生は、今井に向けて全速力で走ってきた。
教室は木の床だ。
どがどがどがどがと、大袈裟な音がする。
そんな風に床を踏み鳴らしながら、拳を握りしめ、テニス部女子がラケットを振りかぶるように、拳を振り上げる。

今井の側頭部に、拳がゆっくりと近づいてゆく。

僕は今井のひとつ後ろの席だから、中村先生が走って来る様子から、拳を振り上げる様子、拳を振り下ろす様子、中村先生の悲しみと怒りに満ちた空豆みたいな顔も、すべてがスローモーションで見えた。

普通、拳が振り下ろされる時は、ボクシングで人を殴る部分が振り下ろされることがおおい。よく「親父のこぶしが、岩みたいに固くて、こわかったよなぁ」とかっていわれるげんこつのあの部分である。

けれども中村先生は、テニス部女子のラケットの振り方で拳を振り上げ、今井の側頭部に振り下ろしている。これは、拳というよりも、猫パンチであった。五木ひろしと、テニス部女子と猫と空豆を合わせたような攻撃スタイルなのだ

今井の側頭部に、中村先生のテニス部猫パンチが迫ってゆく。

「あ、ふだん人をなぐったことがない先生が怒ると、側頭部なんていう危険な部位を、猫パンチなんていう謎の攻撃スタイルで殴ってしまうのだなぁ(感嘆)」と、僕は思った。その瞬間、暴力テニス空豆教師の拳が、今井の側頭部に衝突し、炸裂。

ぶばちゅんっ

聞いたことのない音がした。

中村先生は呟いた。
「今井、あとで職員室にきなさい」

今井は、痛みに顔を歪めて、突然矛先が自分に向いた興奮状態で笑いながら僕に訊く。

「な、なんで俺?な、なんで俺なん?なんで野口じゃないん?なんで俺殴られたん?なんで俺???」

僕は、この思い出を、酒をのみながら、今にやにやして書いている。

平和だ。
平和すぎる。
学校のくだらない思い出は、平和すぎる。


だから、みなさんのそういう思い出も、聞きたいな、とそう思うわけなのです。

是非!書いてほしいです!


話してますっ!!!




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