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笑顔で。



拝啓 はじめまして。
先日は、手紙をくれてありがとう。
ゆったりと公園で本を読んでいるときに、桜の花びらが本の上にさらりと落ちてきて、ふと頬がほころぶような、そんな手紙でした。

そんな手紙を書いたあなたの事を、もっと知りたくて、たくさんあなたの書いた事を読みました。そして、あなたの書いたものについて私は書きたいって思っているのだけど、あなたのたくさんの過去について私がたくさん話しても、手紙じゃなくてただの映画感想みたいになっちゃうな、って思いました。そしてね、わたしはあなたと同じで、映画感想文や読書感想文がとても苦手。だからもともと、そういうのは書けないんです。


じゃあ今から私はなにを書くんだろう。まだわかりません。でも、私は何度もこの手紙を書き直すでしょう。どんな長さになるのかはわかりませんが、いままでのどの文章よりも、書き直すでしょう。だから、何度も書き直したような手紙になるのかもしれません。今わかるのはそれだけです。

私は、私の中身は、私の心の奥底、魂の中にある人格は、あなたが好きだと言ってくれたお話の中に出てくるタミという少女そのものだと思っています。そしてタミは、この社会には、馴染めないと、私は思ってるんです。でも、なんとか今日までやって来ました。なんとか自分を隠し、自分を騙し、やって来ました。

何をそんな当たり前のことを言っているんだって人もいるかもしれません。みんなそれぞれ我慢して失って大人になるんだよ、自分だけのことのように言うなっていう人もいるかもしれません。でもね、こういう当たり前のことを、あなたにだからこそ書いてみました。


タミが出てくる物語を、好きだと言ってくれる事は、タミにとっては飛び上がって手を広げて、足をあげて躍り回ってしまうようなそんな出来事なんだと思っています。

波を蹴りあげたり、空に手を広げたり、そんな風にして喜びを表現すると思います。ほら、あなたが写った写真みたいに。

だからもし、彼女があなたのそばに行く事があったなら、あなたのことを大好きと、そう言ってハグするんじゃないかと思います。“あのとき” あなたがハグできなかった同僚に、あなたがしたかったようなハグを、彼女はあなたにすると思います。とても自然に。

ねぇ、あなたはたくさん写真を撮るから、写真に撮ることの何千倍もモノゴトが見えてきたんじゃないかなと思います。お母さんと手を繋ぐお姉さん。その後ろ姿。そのときの気持ち。

あなたは美しい色を見つけることが出来ますね。クリーミーな夕陽の空を見て、にんじんスープを想う事が出来ますね。

そして世界で見つけた美しい色を、自分の仕事でも活かせないかと、つい考えてしまいますね。だからタミとは、とっても気は合うのでしょう。

そういうことを、公園のテーブルつきの椅子に腰かけて、私は書いていました。

すると、深い藍色の綿のワンピースを着た女の子が、ところんところん歩いて来ました。

小さな小枝のようなものを持っていて、無言で私に渡します。よく見ると、葉脈だけを残した葉っぱでした。


ん?これは、なに?

これはね、木のまつげ。

あ、そうなの?まつげなの?

うん。昨日少し泣いたみたい。

あ、木が?あ、そうなんだね。


女の子は頷いて私をじっと見上げています。私の次の言葉を待っているようです。肩の辺りまで伸びた髪が、ゆっくりと風に揺られてまるで梅花藻のよう。


大人に何かを期待している目。これは、適当に返事をしちゃうと失礼だなぁ。私は、タミを呼びました。


女の子と同じくらいの身長のタミは、女の子の顔のすぐ前で乱暴な自己紹介をしました。


初めまして。タミだよ。
ねぇねぇ、あなたの名前、私が決めていい?

(いや、タミ初対面数秒でそれはだめだよ。と私は思いました。)

うーん、いや、ダメだよ、もう名前はあるよ。

そっか。じゃあ、あなたの名前はなに?

コルルだよ。

え!なにそれ可愛い名前!木の実みたいに可愛い!

うん。お父さんがつけたんだよ。

ねぇコルル、その葉っぱは何?

これは木のまつげだよ。

え、そっか、じゃあ昨日泣いたのか。

うんそうだよ。なにがあったんだろうね。

そうだね、なにがあったんだろうね。気になる。あ!ねぇ!コルル!草むらの音楽やろうよ!

なに、草むらの音楽ってなに!

手足で草を鳴らして草を演奏するの。風がよく演奏してるでしょ。私得意なの。

うんいいよ!じゃあ私はやわらかい風のする!タミはなにをする?

私は涼しい風のやつやる!

タミとコルルは手を繋いで草むらに駆けて行きます。草むらに座り互いを見ながら、草を手足で撫で、涼しい風だか、やわらかい風だかの演奏をしています。私はそれを見て笑います。さっき出会ったばかりなのに、とても楽しそうです。

二人の演奏する草むらの音楽。
そして本当の風が吹き、
草木や彼女たちを撫でていきます。

くるるけらけるっ くるけらけるるっ
かるけるけるけるっ くるるけらけるっ
音楽のようなふたりの笑い声。


草むらの、白いワンピースと藍のワンピースを着たふたりの、トマトみたいな笑顔。


その向こうに、舐めかけのオレンジのキャンディーみたいな夕陽、朝取れた人参で作ったにんじんスープのような海が広がっています。

やっぱりとっても楽しそうです。


おーい


男性の声がして、私は振り返ります。
髪の毛を綺麗に揃えた男の人が立っています。生成りのシャツに灰色のサスペンダー付きズボン。あたりを見渡して誰かを探しています。

草むらの中のコルルがその声に気づき、立ち上がります。男性はコルルを見て、言いました。

コルル、帰るよ。

あ、パパちゃん。

どうやら男性はコルルのお父さんのようです。


どうもすみません、遊んでもらっていたみたいで。男性は私に言いました。


いやいやいやいや、別にそんな。

うちの子は、なにか失礼なことしませんでしたか?何せ自由な子なもので。

いえいえいえ、さっき葉っぱをくれましたよ。木のまつげだって言って。

あーなるほど、すみませんね、ほんとに。

いや、全然!うちのなんて初対面なのに勝手に娘さんに名前つけようとするし、こっちの方がむちゃくちゃですよ。

おぉ、それは斬新ですね。
お父さんは笑います。


コルルとタミはまた草の音楽を再開します。

さるさらりさるさらさささらさささりさる

さささささりりすすりさららりさるろし

神妙な顔をして、草をゆっくり撫でたかと思うと、突然ふたりはくすくす笑いながら、演奏したりします。


そんな二人を見つめながら、お父さんが優しい声で話始めます。


二人、どうやら、とっても気が合うみたいですね。あんなに楽しそうなのは、久しぶりに見ます。いきいきしてます。私も子供の頃はね、ほんとはあの、ふたりみたいだったんだろうなぁって思うときがあります。あの子のことを見てると、なんだか分かるときがあるんです。木の睫毛も、鯉語も、星の口笛も、きのこのおならも、なんとなく、僕も知ってたんじゃないかって、僕もそういう風に思ってたんじゃないかって思うときがあるんですよ。
でもこうやって大人になれば、ほとんどの場合、そんなこと、なんの価値もなくなる。楽しめなくなっちゃいますよ。でもあの子は、なんだか、大人になっても、そういうことを楽しめるような女性になるような、そんな気がするんです。だからね、なんかね、あの子は、僕にとって、なんだか、特別なんです。ああいう子だから、手はかかる。こいつ!って思う時も沢山あります。でもね、特別なんです。そしてね、たぶん、僕は、あの子が羨ましい。うん、なんだか羨ましいんです。そういう感覚ってないですか?自分が、なんだか面白くない大人に思えるような、そんな感覚。

あぁ、私も最近、なんだかそういう気持ちになるときはありますよ。たくさんの正解があるはずなのに、みんなが好きそうな正解を無意識に追っているみたいな。つまんねぇな、自分、って思うときがあります。なんだかわかります。

そうですか、なるほど。正解かぁ。なるほどなぁ、そうすると僕は正解ばっかり、追っちゃったのかなぁ。どうなんですかね。いや、正解を誰かに聞いちゃうってこれ自体が、だめなんですよね。そうなんですよね。あ、そうか、だから、羨ましいんだなぁ、あの子が。あの子は、コルルは自分の中にしか答えがないことを、もう知ってるんですよ。だからだな。そうなんだなぁ。うん。そうなると、明日も明後日も、その先もずっと先も、あの子がああやって笑ってくれるのが、僕の正解なのかもしれないな。そうかも知れない。

タミとコルルがこちらへ駆け寄って来ました。もう何年も友達だったみたいに、お互いに手をぎゅっと握っています。コルルはタミに、また会おうね次は蟻のお手伝いさん一緒にやろうね、と言い、タミは、次はかたつむりのおうち探しをしようね、と言いました。

コルルのお父さんは僕に笑顔で会釈をします。キャラメルみたいに優しい笑顔。


そして、まるで10年ぶりに会うかのようにコルルをやわらかく暖かく見つめ、片膝をつきました。大事な宝物についた埃を払うようにコルルの頭を優しく撫でます。コルルは目をつむり、お父さんの匂いを胸に吸い込んでいます。

お父さんが、楽しかった?と訊くと、コルルは小声で、とっても、と言い、お父さんに抱きつきます。お父さんは小さな雲を抱くように優しく彼女を抱き締め、大きな手のひらで背中を何度も何度も何度も何度も撫でました。

コルルの髪が、風に揺れて、暖かなにんじん色の光に二人が包まれ、コルルの口角は満足そうに上がります。コルルはお父さんのことがお守りみたいな存在なのだと、私はそう思いました。

お父さんはコルルを抱き上げ、私に笑いかけ、それじゃあまた今度、また、お話させてください。すみませんね、1人で喋っちゃって。と優しく笑いました。目尻が溶けてしまうんじゃないかというほどの、温かく優しい笑顔でした。お父さんも幸せそうです。

私とタミはふたりを見送ります。タミは私のズボンの生地を握り、私はタミの頭をぽんぽろと撫でて、ふたりで手を振ります。

お父さんと、コルルもこちらを見て手を振りました。二人とも、昼寝の猫のおなかのようなやわらかくてあたたかい笑顔です。

柔らかい低音のハープの音色が優しく秒針の間を編み込んで行くような、そんな時間でした。



私は公園のテーブルつきの椅子に腰かけて、また手紙を書き始めます。

あ、そうそう。あなたの文章は、風みたいですよね。小雨混じりの時もあるし、花びらを運ぶときもあり、砂まみれの時もあり、暴風雨の時もあります。でもほとんどは、軽やかなやわらかい風のような文章を書きます。

あなたの名前は風を受けて、大きく広がり、あなたの中の答えへと導いてくれるんだと思っています。変化の兆し、光の射す方へ、あなたは風を受けあなたのその心を運んでいきます。とてもあたたかい、白い光に包まれるホットミルクみたいなひだまりの場所へ。

あなたが夕方に自分の影に話しかけたり、草の音楽を奏でたり(多分あなたは今、草の音楽を演奏したくてたまらないはずですよ)、犬にスキスキビームを送って戯れて笑っている時。その時に誰かも一緒に笑っているんだと思います。

だから私は思います。
風が吹く度、あなたは笑う。

またお手紙書くかもしれません。私の中身はタミなので、確証はありませんけど。

ほんとに、お手紙、ありがとう。
嬉しかったです。



敬具 拝啓 あんこぼーろ






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