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「つくね小隊、応答せよ、」(50)

「アロそろそろか?」

マシュー分隊長がアロに向けて訊ねると、アロは遠くを見渡し、真剣な眼差しで答えた。

「はい、かすかに見えてます。ほら、あの木の皮が剥げている森のあたりです」

マシューが小型望遠鏡で先を見る。確かに、400メートルほど先の森の様子が確かに他とは違う。木々がなぎ倒され、皮は引き裂かれている。
マシュー分隊長は地図を広げ、こめかみのあたりをうっすらと掻いた。
地図には、艦砲射撃が行われた場所が丸い範囲でマークされている。
「爆撃済みのとこらしいな。よし、包囲されないよう、三つに分かれる」

そうして兵士たちを三つに分け、ゆっくりと進み、三方向から広場を包囲した。それぞれが茂みに隠れながら、手信号で情報共有しながら周囲を警戒する。

「金長さん、じゃあそういう感じでお願いします!」

「はい、狐さんも、よろしくおねがいしますね!」

茂みの中で、狐と金長がそう言うと、早太郎がそれを見下ろしながらすこし寂しそうにしている。

「おい、…俺はどうしたらいいんだよ」

すると狐はしばらく考えてから答えた。
「えっとぉ、いまのところは、こちらで待機でお願いします」

早太郎は唇を尖らせ、面白くなさそうに尻尾を丸め横たわると、金長が慰めるように声をかけ茂みを抜け出して行った。

「早太郎さん、出番があればちゃんとわっちが声をかけますんで!化け術はわっちらにまかせてください!」

広場を包囲するマシュー分隊。
しかし包囲と言っても、そこは広場で何もない。露出した生木、掘り返された土と石。アロが証言した家屋や日本人の女の痕跡はどこにもなかった。

3つに分かれたうちのひとつ、セルジオがの部隊。
その背後で、がさがさと茂みが揺れる物音がした。一斉に音の方へ銃口を向けると、茂みの中から両手を上げた人間が出てきた。

「う、撃つな!た!頼むよ!」

10代の青年が、体中に木の枝や草を貼り付け、カモフラージュして立っている。喋る言葉や武器や服装から、米軍兵だということがわかったた。
一同、ひやりとして、銃口を下ろす。

「おい、死にてえのか?いきなり背後に出てくんな」

セルジオが呆れ返ったようにその青年に言った。青年はバツが悪い顔をして謝罪しながらも、ほっとした顔を見せた。

「ごめんなさい。うちの隊はどんどん進んじゃって、わたしが靴紐結んでるうちに消えちゃったんですよ、もう、ほんとにこんな島に一人なんて、生きた心地がしなかったです!助かりました!」

青年が笑顔で言うと、セルジオは頷かずに、訊いた。

「で、お前はどこの隊だ?」
「すみません。お水をいただけませんか?昨日の夕方から飲まず食わずなんです」

セルジオは自分の水筒を手渡す。

「一口だけだぞ」

青年は水筒にしがみつくようにして、こくこくこくと、三口飲んだ。よっぽど喉が乾いていたのだろう。セルジオは舌打ちをしているが、青年は満面の笑みで水筒を返し、お辞儀をして礼を言った。

「ありがとうございます。あっちのほうに人の痕跡があったから、もしかしたらと思って。辿ってきてよかったです」

「痕跡?どっちの方角だ?」

青年は海の方を指差す。
広場からさらに南側へ行った場所だ。
セルジオたちが顔を見合わせると、青年は首をかしげる。

「え、みなさんじゃないんですか?」

セルジオは北側を親指で指さして、
「俺たちはこっちから来た。その痕跡がお前たちの分隊の痕跡じゃないとすりゃ、日本人の痕跡だろうな」

セルジオは手信号で、マシュー分隊長へ集合してくれるように要請した。
しばらくすると、分隊全員がセルジオのもとへ集まってきて、セルジオは、今青年から聞いたことを話した。

「迷子のこいつが、南側の日本人の痕跡を発見したらしいんです」

青年がマシュー分隊長に敬礼をすると、
マシューはひとつだけ頷いて話しだした。
「よし、そこの調査に行くとしよう。案内してくれ。あ、だがその前に、お前の分隊へ無線連絡して、お前の無事を伝える。探し回っておるかもしれんらな」

すると青年は小さく首を振って言い放った。
「いえ。あの痕跡がみなさんじゃないとすれば、すぐ近くに日本人たちがいるということになります。まだ焚き火の火が完全に消えていなかったので。なので、それよりも先に、発見するほうがよいかと思います」

マシュー分隊長は素早く頷いて判断する。

「よし、じゃあ、すぐに南側へ向かう、お前、名前はなんだ?」

「はい、ジョン・スミス一等兵です」

「ジョン・スミス?たまげたな。ほんとにそんな名前のやつがいるのか。ジョン一等兵、それじゃあ道案内を頼む」

ジョン・スミスは、日本の山田太郎に相当し、アメリカのありきたりな名前の代名詞とされる。一行は、そのジョンを先頭に13名で進んだ。
森の隙間からは、青い海がちらちらと見えるほど海に近く、10分も歩けば浜に出ることになる。5分ほど進むと、幅3メートルほどの川が現れた。艦砲射撃で掘り返された土で、水がチョコレート色に濁っている。ジョンは、低く伏せ、小声で話し出した。

「この川の少し向こうに痕跡がありました。川の深さは1メートルほどですが、深いところもあるので、足をとられると水音でばれてしまいます。みなさん、わたしのあとをついてきてください」

ジョンは銃を頭上に掲げ、ゆっくりと川に入った。川の中心部までゆき、遡上するようにじわじわと川上へ向かって歩いてゆく。
するとマシュー分隊も、マシューが、小声でジョンに訊いた。

「さっき焚き火を見つけて、ここを通って俺たちの分隊と合流したのか?」

「そうです」

マシュー分隊長は、少し首をかしげてから、銃を構え、片手をあげて後ろの隊列を止めた。

「そうか、じゃあ、なんで、さっき、お前は、水に濡れてなかったんだ?」

マシューは、ゆっくりと彼ヘ銃口を向け、弾を装填した。
ジョンは音を聞いて立ち止まる。
後ろの一列の兵たちは、二人の様子を覗き見て状況を悟り、同じように弾をがちゃりと装填すした。

「おい、なんとか言え」

マシューがそう声をかけたが、ジョンは前を向いたまま答えない。
川の流れる音。
遠くの波の音。
風に草木が揺れる音。
どこかで鳴く動物。
兵士たちの首筋を、じっとりと汗が流れ落ちる。

「なにが目的だ」

マシューが再び訊ねると、ジョンは朗らかに答え、

「目的?知りたいですか?」

そしてゆっくりと振り向いた。
振り向いたジョンの顔に、ジョンの顔はなかった。

「みなさんを、この川の底にひきずりこむことですよ」

そして、顔のない顔がにやりと笑う。
ゆっくりとそれが泥のように変わり、川の水に砂糖のように溶けて無くなった。それを目撃した全員が、息を飲んで、声をあげそうになるのを必死でこらえた。

ごぷんっ

どむんっ

水中で、大きな水のうねりがいくつか起こった。しかし水は濁っていて、水中になにがいるのかわからない。

「分隊長、なんなんですか…いまの…」

一番後ろのチャーリーが声を押し殺し、必死の形相でマシューに問いかけるが、マシューは片手をあげてそれを制する。

「ああ、俺にもわからん。それよりも下手に動くなよ、お嬢ちゃんたち。水のなかになにかいる」

どむんこぷ
どむんっ

水中で、何匹かの生き物が蠢き、兵たちの周りを泳ぎ回っている。どうやら4、50センチほどの“太さ”の生き物のようだ。マシューは、ゆっくりと人差し指をたてた。

「いいかお嬢ちゃんたち。こいつらが小エビなのか鯨なのか、薬局の香水臭い太ったばあさんなのかはわからんが、お嬢ちゃんたちが動かなければ悪さはしないはずだ。
そうだ、ハイスクールの女子たちと一緒だ。ひとりの女子を泣かせたら、男は袋叩きだ。そうだろ?
いいか、ぜったいに動くな。これは命令だ。
もし動いたやつは、この先一生、全員分の荷物持ちだ。
わかったか?」

全員が黙って何度も頷く。
英語を喋り、自分達を先導していた男が急に消え、そして得体の知れない生き物が、自分達のすぐ脇腹や太もものあたりを泳いでいる。
思わず叫んで、川から飛び出したくなるほどの出来事だが、命令通り、だれも声をたてず、動かない。

しかし、一番後ろのチャーリーが、もう一度声を圧し殺しながら声を漏らした。

「い、った、いったい、ななななんだってんだよぅ、ぶぶぶ分隊長…」

「なんだ」

マシューは前を見ながら小さく返事をする。

「この、得体のしれないやつのしょ、正体がわかりました」

「姿が見えたのか?」

「はい、い、いま、目が合ってます…」

チャーリーの声が震えている。
全員が、ゆっくりと首だけで振り向くと、チャーリーも同じように首だけで背後を振り返っている。
チャーリーの背後には、いるはずのない13人目の影があった。
しかし、チャーリーよりも背は頭四つ分ほど高い。
その影に肩はなく、道具も持っていない。
つやつやとした黒いガラスのような濡れた肌が、茶色の水からぬるりと現れ、先の割れた血の色の舌を時おり覗かせながら、まるで彫刻のようにチャーリーを見下ろしていた。
丸太ほどの太さの黒い蛇だ。
そして12人全員のそばを、なにかがまだうごめいている。
どうやら同じ蛇のかなり長い胴体らしい。

「おまえら、ゆっくり銃を構えろ。変な動きをするな。頭を狙え。いいか、全員だ。あ、チャーリー、お前は動くな、いいか」

全員が息を飲み、銃口を蛇の頭に向けた。

「俺が合図をしたら、一斉に撃て、俺が、イニミニマニモと言うから、“モ”で一斉射撃だ。わかったら銃を構えろ」

全員が、ゆっくりと照準を覗き込む。
蛇は逆光になっていて、照準の先には、大木のような黒い蛇の影しか見えない。

「よし、お嬢ちゃんたち、いい子だ。イニ…ミニ…マニ……モ」

11挺のガーランド銃が一斉に銃声を響かせた。

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