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童謡「通りゃんせ」に込められた呪い

童謡シリーズ第二弾です。
昔から童謡には謎の〇〇が!という都市伝説が大好きでして。

今回はかごめ歌と並んで謎が多い童謡「通りゃんせ」について都市伝説的な目線でnoteにまとめました。

かごめ歌の都市伝説は↓↓↓

●特級呪霊「菅原道真」

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

童謡特有の「意味のわからなさ」が不気味なこの歌詞。
そんな歌詞の中で印象的なのが、「行きは良いけど、帰りは無事帰れるかわからない」という天神さまの細道。

天神様とは一般的に雷神であり学問の神である「菅原道真(すがわら みちざね)」のことを呼びます。

菅原道真といえば日本三大怨霊の一人とされており、最近では呪術廻戦のヒットで名前を「知った人も多いのではないでしょうか?

そんな日本を代表する怨霊が何故天神さまとして祀られ全国に1万2000社も神社が建てられたのか。

時は平安。
菅原道真は優れた頭脳や知識で右大臣まで出世します。

しかし、その優れた頭脳を妬んだ藤原時平が当時の天皇である醍醐天皇に「菅原道真は天皇に陰謀を企てている」と無実の罪を着せられてしまい、菅原道真は左遷され大宰府に送られその2年後に病死してしまいます。

このことは歴史上「昌泰の変」(しょうたいのへん)と言います。

●呪いの発端は「昌泰の変」

平安時代と言えば呪う払うの呪術「陰陽師」全盛期。

「恨みを持って死んだ者は怨霊となる」というのが定説であり、平安京周辺では菅原道真の呪いが起きるのではないかと噂が広がっていきます。

その噂が的中し、菅原道真の死から間もなく「昌泰の変」に関わった人物たちが続々と変死します。

まず、昌泰の変に関わった「藤原管根」(ふじわらのすがね)が雷に打たれて死亡します。

そして、菅原道真を嵌めた張本人「藤原時平」がありとあらゆる薬も陰陽師の祈祷も効かない謎の病に倒れ死亡します。

藤原時平が死ぬ間際に菅原道真の怨霊が現れ「無実の罪で配流となり大宰府で死んだ私は、今や天帝の許可により怨敵の復讐をすることに決めた」と宣言したと言われています。

そして、菅原道真の後任として右大臣となった源光(みなもとのひかる)が鷹狩中に泥沼に落ちて溺死しますが、遺体は見つからりませんでした。

さらに、醍醐天皇らがいる平安京の御殿清涼殿に雷が直撃します。

●恐怖の清涼殿落雷事件


その際に太宰府で道真の監視をしていた藤原清貫(ふじわらのきよつら)が雷の直撃を受け体が裂かれて即死します。

この清涼殿落雷事件含め「昌泰の変」に関わった多くの人物が謎の病や天変地異によって死亡した為、菅原道真の呪いは多くの人たちに恐れられました。

そしてついに清涼殿落雷事件から三か月後。

菅原道真を太宰府に左遷した醍醐天皇が急死し、自身の怨念を成就することに成功した菅原道真は特級レベルの怨霊と世間から認知されることに。

その呪力を鎮める為、京都の北野に大きな社が建設されることになります。 

これが現在、全国天満宮の総本社である北野天満宮です。

菅原道真は落雷を操ることから雷神とみなされのちに天神と呼ばれるようになりました。

そしてその強い怨念にあやかる為に全国から北野天満宮に参拝する人が絶えず天神信仰が広まると、生前の高い頭脳からいつしか「学問の神」と崇められることになったのです。

このように天神様はもともと人間であり、怨霊として平安時代に数々の呪いで自身を嵌めた者を殺してきました。

そんな怨霊という側面もある天神様の細道とは一体なにを指しているのでしょうか。

●童謡「通りゃんせ」に隠された呪い

用がないものは通れないその細道に7才となった子供が天神様の細道を通る。
子供は昔から童として神聖な存在とされていました。

また、遊びはもともと神事がルーツであるとも言われていることから「通りゃんせ」も神事の真似事なのかもしれません。

「通りゃんせ」の遊び方は門をつくる2人組みの子どもと門を通る子どもに分かれます。

通る子どもは「通りゃんせ」の歌を歌いながら順々に門を通り抜けていき、門がふさがりと通過できなかった子どもは「鬼」となり、門役に変わります。

門を通過できなかった子どもは「鬼」つまり人間でなくなる=死んでしまうということです。

つまり「通りゃんせ」には命をかけて天神様の元に向かう修行を表しているのかもしれません。

では命をかけて天神様に教えて頂くものとは何か。

そのヒントこそ学問の神である「天神様」という側面と日本三大怨霊「菅原道真」という側面がある表と裏の姿にあります。 

●日本三大怨霊と天神さまの陰と陽


「天神様」という側面が表である「陽」なら日本三大怨霊「菅原道真」という側面は裏である「陰」となり、陰と陽、まさに陰陽師の思想です。

この「陰陽」思想は自然界に存在するあらゆる物質は「陰」と「陽」の二要素のバランスによって成立するというものです。

そしてそれは数字にも陰と陽があり、割れることができない奇数「1、3、5、7、9」は縁起の良い陽数とされています。

また神道では日本神話で天地開闢のとき現れた7代の神を「神世七代」(かみのよななよ)と呼び数字の「7」は神を象徴する特別は数値とされています。

神世七代のほかに天神七代ともいう。陽神(男神)と陰神(女神)がある

wiki

「この子の七つのお祝いに」の「7」は神道において神を表します。
神道における真意を陰と陽の化身「菅原道真/天神」に教えを得る為に細道を渡りお札を納めに伺う。
その結果、「菅原道真/天神」に許しを得れなかった者は帰りは怖い(生きて帰れぬ)。

「通りゃんせ」にはそんな陰陽の奥義に触れようとする者への警告的な歌ではないか?

しかし、わざわざ警告をするほど触れてはいけないとしたら童謡にして全国に広める必要があったのか。

そもそも「通りゃんせ」はかごめ歌とおなじく発祥は不明だが、江戸時代ではすでに世に広まっていたとされています。

通りゃんせ』(とおりゃんせ)は、江戸時代歌詞が成立したと見られる日本わらべうた童謡)。遊び歌として知られ、その遊戯もいう。
作詞者不明

wiki

となると、「通りゃんせ」に隠された陰と陽の精神や神道の精神を世に広める為に誰かが仕組んだのかもしれませんね。


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