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物語を書き終えたあと

忘れたくない夢を見たのでここに記録する。



友達が夢に出てきた。


3月下旬頃の朝7時くらいの、さわやかで眩しくなってくる部屋の中で、友達は嬉しそうな顔をしてコーヒーを淹れていた。

部屋いっぱいになったコーヒーの香りと、人の気配でうとうとと私は目を覚ます。テーブルに突っ伏していつの間にか寝てしまっていたようだった。

生まれたての朝の空気を静かに感じて呼吸をする。
何かいいことがあったようだけど、そのうち話してくれるだろう。
友達はいつも、そんな顔をしていても私にすぐには教えてくれないこともあった。だから友達のタイミングを待つ。


窓際には透明な花瓶に、一輪の花が活けられている。艶のある花びらが朝の空気をより一層瑞々しくさせている。ラナンキュラスワックス、みたいな花だと思う。


友達とはもう2年くらい会えていない。
互いに忙しくてなかなか会えないし、連絡をとるのも用事があるときだけだった。
小さな小さな頼み事とか、他の人には頼めないようなくだらないことだけど、どうしても誰かに頼みたい、そんな用事を貸し借りし合う関係だった。

用事が少なくなってきて、連絡をするのもいつの間にかしなくなってしまっている。


物語がやっと書き終わった、と友達は言った。
言い終わると、口元に持ってきていたコーヒーの入ったマグカップを啜る。

もともと絵でも音楽でも写真でも演劇でも、何かを創るのが好きな友達だったが、物語を書いているということは知らなかった。だから「書いてたの?」という言葉が出そうだったけどそれを飲み込んで、私は「読めるの?」と聞いた。

首をこくりと縦に振って、企画書のような紙を見せて指をさす。落語家のような名前。
家の近所に小説家がいて、師匠として指導してもらっていたらしい。

それだけ教えてくれて、友達はまたコーヒーを飲んで嬉しそうな顔をした。


どんな物語なのか、私はなんとなく想像がつく。言葉に言い表すのがとても難しいけれど、ファンタジーとかが好きではない友達だから、きっと私たちの日常に溢れた風景の中で、誰かの日常が描かれているんだろうと思う。

書き終えてよかったね、と心の中でつぶやいて、私も台所にコーヒーを淹れに行った。


私と友達はよく心の中で会話をした。
言葉は刃物だ、と名探偵コナンが言うように、私たちは言葉によって不意に相手を傷つけるのを恐れていたのではないかと思う。傷つけたくない相手だからこそ。

私はなんでも話せる友達もたくさんいる。友達にもなんでも話せる友達がいた。
だけど私たちは心の中で会話をして、それで心地よくて楽しい時間を過ごしていた。


ずいぶん前に風の噂で、友達はずっと遠くの、会うのが大変なところに行ってしまったと聞いた。だからもう会えないかもしれない。

また小さな用事をつくって頼み事をしたら、引き受けてくれるかな。
きっと何も言わずにしれっとやってくれるんだろう。

サポートしていただけると一人の部屋で声出して喜びます。主に音楽活動費として使います。もしかしたらカツカツだったら生活に使うかもですが頑張ります。