見出し画像

世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー 第7章(終章)日本漁業再生の条件

この記事は平成8年に発行された書籍「世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー」の内容です。発行されてからかなりの年数が経過している為、現状と乖離している内容もございます。また著者は既に故人となっております。何卒ご了承の上お読みください。

1  最悪のシナリオに進むか日本漁業

 第1章から第6章までをふりかえってみる。第1章では、ワールドウォッチ研究所の「中国12億人を誰が養うか」のレスター・ブラウンの論調を中心に、彼の食糧問題の見通しが、悲観論かどうかの検証を試みた。結果はどうか。1995年9月26日の各紙にあれだけ楽観論を主張していた中国政府も、海外経済協力基金との共同で実施した食糧需給見通しの政策提言を認めた。その提言によると、2010年には1億3,631万トンと国内需要の約2割3億人分の食糧が不足する見通しとなったことを明らかにしている。
 第2章は、日本で未解明分野の多い海洋に焦点をあてた。レイチェル・カーソンの『The Sea Around Us』を柱にし、論を展開した。その結論は、この分野では先進各国にくらべ立ち遅れていることがおわかりになったと思う。歴史が浅いことだからやむをえないと言えばそれまでだが、この海洋の未解明により多くの弊害が出ていることも確かだ。地球が温暖化に向かっているとしたら、そのことにより食糧問題はどのような影響を受けるのだろうか。関係者の話の中からは、日本の200マイル海域内で、600万トンから800万トンの魚の確保は可能という楽観論もでてきている。果たしてそうだろうか。海に変動がなければそうかもしれない。しかし海の自然変動は現実に発生している。1982〜83年のエルニーニョは海の熱波である。人口増が続き食糧不足基調のなかで、海の大循環システムに異変が生ずれば、漁獲量の減少のみにとどまらず、気象への影響から穀物生産にも大きな減産をもたらし、食糧をめぐる争いは一層激化するのは明らかだ。海に対する知識の欠如は海をゴミ捨て場と化している。
 第3章のつくり育てる漁業は、生態系を含む海の環境の改変が陸地なみに可能であれば、成り立つとも言えるかもしれない。しかし、海はあまりにも広大かつ未知の分野が多く海の環境の改変は不可能だ。今私達がなすべきことは、世界の全漁獲の50パーセントが海洋の0.1パーセントの湧昇流域で漁獲されている点に着目し、日本周辺の潮流と深層海流の解明を急ぎ、海の生態系の把握につとめ、そのうえに立って資源管理措置を講ずべきである。
 とる漁業からつくる漁業への転換といえば、環境にも配慮しているうえ、とる漁業の限度を補完しているかのように多くの人は受けとめるかもしれない。しかし世界の科学者は外来種の危険性、モノカルチュアの恐ろしさ、生態系の破壊、生物多様性の消失、とともに海洋汚染の問題を指摘してきている。日本のように広範囲につくり育てる漁業を行っている国は少なくとも先進国では見当たらない。わりあい早い時期に世界の科学者から強い批判をあびるおそれがある。政策の方向転換が迫られるのは時間の問題だろう。
 第4章では、北欧およびヨーロッパ共通漁業政策の戦略をかなり詳しく説明した。日本はこの点でも大きく立ち遅れている。漁業新秩序にむけてのヨーロッパ各国の戦略は明快だ。

◯漁船隻数の削減
◯技術革新による漁業の近代化
◯資源保護と資源開発
◯食糧確保と職場確保のための海外進出
◯環境問題への取り組みの強化
◯EU主導によるマーケティング対策

 第5章では、ヨーロッパの漁業先進国の資源開発のステップは次世代の段階に入っている。それは中層トロール操業であり深海漁業だ。ここでも深海魚を食用として評価するだけではなく医薬品、化粧品の原材料の対象としている。深海資源への技術開発は今後さらに進歩することが予想される。
『第6章漁業先進国、漁業立国に学ぼう』の章を加えたのは、最近の漁業界(産・官・学)では海外の情報収集や海外の技術知識、資源管理をふくむ漁業管理システムを学ぶ姿勢が薄れてきていることを心配しているからだ。研究者・技術者にしても謙虚に他からの学ぶ心が大切だ。それを失えばただの人だ。日本ではごく一部の産業だけが優秀なのに全部の産業が優秀と勘違いをして海外の技術知識の吸収を怠っている現象が出ている。
 以上が第1章から第6章までの要約だ。この結果、食糧産業としての日本の漁業はどうなるのか、タイトル通り最悪のシナリオに入っていくかということだが、結論を先に述べればその可能性が高いと言わざるをえない。
その根拠の大きなポイントは、①魚を食糧として位置づけていないための戦略不在、②漁船漁業の技術革新に消極的、③漁業サイエンスの水準の低さ、④漁業問題に対する内向き思考、などがあげられる。このような問題の背景には、①日本人社会がコンセンサス社会であること、②したがって時間がかかりすぎる、③学ぶ姿勢が薄れてきていることなどがある。

2 訪れる最悪のシナリオ

今後、発生が予想されるシナリオは次のとおり。

・円高が今後数年現在の状態が続き、輸入魚ならびに輸入食品の価格上昇も数量の減少もみられない状態が継続する。この間、体力の弱い漁業者が高齢化と相まって廃業が早まる。現在の男子26万人体制から17万人体制が予定よりはやく訪れる。

・漁船漁業の減少を補完する対策として、つくり育てる漁業が強化される。さらに多くの魚種の養殖が試みられ、外来種も際限なくとり入れられるだろう。しかし養殖漁業の餌料は漁船漁業に依存しているので、安価な輸入餌料があれば別だが、餌料がネックとなって極めて厳しい局面を迎えよう。植物飼料でも育ったバイオテクノロジーによる成長の早い魚も開発されるかもしれない。

・その一方で、これまでに比べて更に多くの魚類の大量放流が強力に行われよう。その結果、海の生態系の破壊と海洋汚染が進み赤潮、魚病発生の頻度が高まり、養殖業者の採算悪化が続き廃業に追い込まれていく。この間欧米の科学者の研究が一段と進み、養殖ならびに放流が野生生物多様性の喪失、水質汚染に深く関係することがさらに解明されていく。とともに国際環境条約で制限の強化が出され、わが国も縮小せざるをえなくなり、漁船漁業の補完策としての機能は果たせなくなってくる。

・アジアでは、中国をはじめ各国の工業化と人口増が進み生活水準も向上していく。その副作用として、海は産業廃棄物や生活廃棄物のゴミ捨て場と化し海洋汚染は拡大する。その汚染は日本近海の汚染に拍車をかける。養殖魚の魚病発生の増加、海洋生物資源にさらに影響を与えてくる。

・グリーンランド沖の深層大循環海流の動力源としての熱ポンプの調子がおかしくなってきているといわれている。海洋の自然変動の可能性が浮上してきている。1982〜83年規模ほどではないにしてもそれに準ずるエル・ニーニョの再発生も予想される。食糧問題に影響がでてこよう。

・人口は、年間9000万人近い増加が続く。農耕地、牧草地の減少、荒廃が顕著になってきている。アメリカも土壌の荒廃をおそれ化学肥料の使用をおさえはじめてきた。農業への補助金も見直されてきている。今後アメリカの食糧の増産は期待できなくなってきている。

・アジア諸国の人口増加にともない食糧確保競争が織烈化する。漁業資源の過剰漁獲が続く。漁業資源をめぐって違反操業がさらに頻繁になっていく。隣接海域と公海操業の激化が200マイル内の漁業資源にも影響をおよぼす。わが国の資源評価にも異議を唱える国がでてこよう。

・地球環境は着実に悪化の道を歩んでいる。魚資源をふくむ食糧資源に好影響が出るとは考えにくい。

・世界の漁業生産高は先進各国の漁船勢力の縮小、海面養殖漁業の規模縮小、発展途上国の一時的な過剰漁獲による増大はみられるものの資源保護の気運が強まり、1億トンを割りこんでくる。

・ヨーロッパの技術革新にともない漁船の安全基準、衛生基準のハードルが高くなってくる。海の環境に配慮した漁具漁法の開発が進み、国際的な基準も設定されてくる。わが国の技術水準で国際的基準をクリヤーにすることができるか危うくなってくる。

・為替レートの振り子も円安に振れる時期がくる。デフレ経済もいずれ終焉を迎える。為替レートと食糧不足基調で輸入食糧価格の上昇がはじまる。自由に食糧を輸入できる時代も終りに近づく。外貨保有高の減少もはじまろう。

・漁業従事者の減少が続く。自国で漁業資源を確保する優秀な技術者も少なくなってくる。優秀な漁業技術者は2〜3年で育成できるものではない。技術革新の遅れと人材育成の怠りが致命的な現象となって表われてくる。と同時に技術革新に必要とする関連業界の技術者も底をついてくる。

 以上が今後予想されるシナリオだ。全てが同時に起こりうる可能性も想定できるし、いくつかの組み合わせもありうるだろう。そんな馬鹿なことがと言う人も中にはいるかもしれない。そのような人のためにもう一度説明しておこう。いままで述べてきたことは、これまで起こってきたことと現在欧米で提起されている問題と若干の主観を加えたにすぎない。それも遠い将来のことではない。日本でその対応策ができ上がっているかと言えばないに等しい。なぜならば、わが国では古い理論がまかり通っているからだ。
 サイエンスで難局を切り抜ける可能性を主張する人もいるかもしれない。残念ながら、エントロピーの法則を越える科学理論が現在存在していないというアインシュタインの言葉をもう一度述べておこう。

3 日本漁業再生の条件

 日本漁業再生の条件はどのようにして最悪のシナリオの道を回避するかということだ。各章ごとに科学、技術、施策などを欧米との比較で述べてきた。それらを列挙して日本漁業再生の条件とする。決して突飛なものとは思っていない。というのは描いた青写真がヨーロッパ共通漁業政策などを参考にしているからだ。

①漁業を食糧産業として位置づけ、漁業戦略を構築する。

②海洋の変動と海洋生物資源の変動の研究調査にとり組む。とくに黒潮海流、親潮海流の湧昇流、中層流、深層海流の解明にむけて努力し、漁業資源への影響の調査研究を行う。

③産官学が一体となり漁業資源調査を実施する。この調査は中層、深海などを重点におき、新魚種新漁場開発を目的とする。マイワシの代替種が特定できるよう調査開始する。(※消えた300万トン以上のマイワシ資源損失額はぼう大な金額にのぼる。それだけの調査費用をかける価値ある事業だ。)

④養殖漁業や放流事業については、生態系や海洋汚染などの調査を行い見直しをはかり、国の適切な指導のもとで実施する。外来種については輸入禁止措置をとる。

⑤大規模な予算と産官学からなるプロジェクトチームを編成し、欧米の漁船に匹敵する効率性、生産性、安全性と国際競争力のある漁船と環境にやさしい漁具漁法の研究に取り組む。クォータ制も設定されることからその視野にマルチ・パーパス船を入れる。

⑥分散している機関、団体の集中化をはかり漁業の実態に密着した次の技術・知識の研究を行う。
 ・海洋
 ・海の環境汚染
 ・漁船
 ・魚の生態と漁具漁法

⑦漁業者教育

⑧漁船のスクラップ・アンド・ビルド政策の実施。

⑨海外合弁戦略を策定し進出する。(※EUの新CFP(共通漁業政策)の海外合弁戦略のかなりの部分は、かつて日本の遠洋漁船が進出した戦略の複製である。漁業資源を日本の200マイル内にのみ依存することは海の自然変動を考慮に入れた場合きわめて危険である。EUと同様南半球を視野に入れるべきだ。)




参考ならびに引用文献(※邦訳は著者仮訳を含む)

海外
・The Sea around Us(われらをめぐる海)1951 Rachel Carson
・Marine Life(海洋生物)(1992)James L. Sumich.
・The Wealth of Oceans(豊かな海)(1995)Michael L. Weber & Judith A.Gradwohl.
・Marine Climate, Weather And Fisheries(海洋の気象と天候と漁業)(1993)Taivo Laevatsu
・Conservation of Fish and Shellfish Resources(魚と甲殻魚類の資源保護)(1995)
・The Icelandic Fisheries(アイスランド漁業)(1995)Ragmar Arnason
・The Common Fisheries Policy(共通漁業政策)(1994)Mike Holden
・Marine Fish Behaviour in Capture And Abundance Estimation(魚の行動)(1994)
・The Stern Trawler(1972)Fishing News Books
・Atlas of the Oceans(海洋)(1994)Philip
・Abandoned Seas (見捨てられた海)(1993)Peter Weber
・Fishing Boat World(世界の漁船)
・Fishing News International(F.N.I)(1992–1995)
・Fishing News(F.N.)
・The New Common Fisherics Policy(新共通漁業政策)(1994)
・EUREKA PROJECT(ユーレカ・プロジェクト)EU99–HALIOS
・Norwegian Fisheries Policy(ノルウェイ漁業政策)(1993.8)
・Nature(1995.10.12)
・NewsWeek(1995.3, 1995.5)
・The Economist(1995.6)
・TIME(1995. 3)
・SCIENTIFIC AMERICAN(1995.11)
・NATIONAL GEOGRAPHIC(1995.11)
・The Economist The World in(1996)
・Who will feed China(誰が中国を養うのか)(1995) Lester R Brown
・Saigon Times(1995.5)
・Vietnam News(1995.5)
・Creating A New Civilization(新しい文明の創造)Alvin and Heidi Toffer
・地球白書(1994–95)ワールド・ウォッチ研究所
・地球白書(1995-96)ワールド・ウォッチ研究所
・飢餓の世紀(1995)レスター・ブラウン
・バイタル・サイン(1995)ワールド・ウォッチ研究所
・西暦2000年の地球(1980)アメリカ国務省
・21世紀の難問に備えて(上・下)(1993)ポール・ケネディ
・地球の捉(1992)アル・ゴア
・エントロピーの法則(上・下)(1982)ジェレミー・タフキンJill4.
・メイドインアメリカ(1990)マサチューセッツ工科大学
・大接戦(1992)レスター・サロー
・海辺(1987)レイチェル・カーソン
・潮風の下に(1993)レイチェル・カーソン
・リーダーシップ(昭和56年)生産性本部(アメリカ海軍協会)

国内
・魚の資源学(1983)川崎 健
・魚と環境(1977)川崎 健
・浮魚資源(1982)川崎 健
・海と漁と伝承(1984)宇田道隆
・海と魚(1983)宇田道隆
・漁業解析入門(1981)川上太左英
・魚の行動と漁法(1978)井上実
・平成6年度漁業白書
・世界の漁業管理(1994)国際漁業研究会
・日本の漁業(1994)河井智康
・イワシと逢えなくなる日(1988)河井智康
・海と地球環境(1991)日本海洋学会編
・海洋大気人間(1984)富永政英
・流れの科学(1984)木村竜治
・中国経済が危ない(1995)中嶋
・新危機管理のノウハウ佐々淳行
・坂の上の雲 司馬遼太郎
・街道をゆく(1)司馬遼太郎
・国民経済社会の若干の論点と日本の役割 千野忠男

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?