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世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー 第6章 漁業先進国、漁業立国に学ぼう

※この記事は平成8年に発行された書籍「世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー」の内容です。発行されてからかなりの年数が経過している為、現状と乖離している内容もございますが、何卒ご了承の上お読みください。

1 EUの漁業政策は本当に失敗したのかーEUの漁業(食糧)戦略

 ノルウェーをはじめとしたヨーロッパ各国は技術革新をほぼ終了させている。その技術力で商品としての魚の国際競争力を高め各国へ輸出、一方技術革新で生れた漁船、漁船設備、漁具、漁法などもアジアをはじめ南米各国、アフリカ各国へと急速に普及しつつある。資源管理をふくむ漁業管理の手法も発展途上国や後進国が学びつつある。EU各国は諸問題を克服しながら新しい漁業秩序に向っている。スクラップ・アンド・ビルドの思想も定着してきている。1995年6月30日と7月1日のF.N.は「英国としても、スクラップ・アンド・ビルド政策が重要」とし、「漁業の構造的な政策は緊急な課題だ。漁船のスクラップは必要だが英国の老朽化した漁船の問題は、ほかのEU各国との漁船の競争力維持と安全性の理由で直ちに取り組まねばならない。」と伝えている。これまでにEU各国は紅余曲折があったとしてもその方向性は定まってきている。日本ではEUの漁業政策は失敗したとして、失敗の面のみをとり上げその研究について拒絶反応がみられる。残念なことである。『世界の漁業管理ー下巻(国際漁業研究会)』の『ECの共通漁業政策ー山本忠』の結びでは次のように記されている。「1983年から1991年までのEC委員会の漁業資源管理政策は全く予期したように機能しなかった。EC委員会はなんとかしてこのような事態を克服して真の漁業管理政策を実施したいとしているが、1994年に入っても何らの対策が打ち出されていない。その原因はEC漁業管理政策がいまなおトップダウン方式を強く押し進めていることと漁業資源の開発が、オープンアクセスのままとなっていることのためと考えられる。1992年7月のパリの会議でも参加者の中から「漁業のイニシアティブによる」漁業管理を討議しようではないかという提案があった。この事実からみてヨーロッパでも、日本のような資源管理型漁業の有用性があるように伺える。」と結論づけている。関係者との会合でもEUの漁業政策は失敗ということをよく耳にした。河井智康著『日本の漁業』にもEUの漁業政策はうまくいっていないと記されている。
 このことについてはずっと疑問を抱いていた。F.N.L.やF.N.を読んでいる限りでは失敗したと断定するのは時期尚早、すくなくとも過渡期で決めつけるのはどうかと思っていた。それどころか十数ヶ国をまとめあげ、減船を含む大改革をよく実行に移そうとしているなとむしろ驚異の目で見ていた。山本忠も参考文献としていた『The Common Fisheries Policy』の著者Mike Holdenは1994年4月1日のFNで「CFP(共通漁業政策)は政治目的と浮魚資源の管理をなしとげた。失敗したのは底魚資源である。底魚資源は1963年の資源のピークにスタートしたことであった。」と述べ、同著で「保護政策の失敗の大きな理由のひとつは政治家、漁業管理者さらには科学者の中でさえ、漁業科学の基本的な原理原則の理解の欠如があり、その結果効果的なコミュニケーションができなかった。」とその背景には政治的な問題があったことを述べている。このMike HoldenはEU委員会の漁業資源保護分野の責任者で1979年に委員会に入り、1983年の保護政策の交渉と採択に関わった人物である。さらに同著では「CFPはユニークなケースではない。地球規模で漁業は誤った管理をしている。成功しているケースがあるとしても、ほとんどないに等しい。CFPについての問題のひとつはしばしば資源保護政策のみを取りあげていることにある。保護政策は四つのうちの一つである。それぞれが別々になっているが、CFPを構成している政策はお互いに関係している。ほかの政策は、構造問題、市場、国際漁業関係である。これらについては多くの理由がある。その中で最も大事なことはお金だ。構造問題、市場、国際漁業関係の政策にはEU漁業へほう大な金額を用意した。1990年のこの額は全漁業予算31,200万ポンドの内30,000万ポンドをしめている。」と記している。確かにぼう大な予算である。当然このほかに各国予算がある。これらのことには日本ではあまりふれられていない。EUとして構造問題だけでなく、マーケティングさらには国際漁業関係にも力を入れていく姿勢をみせている。この背景には余剰船舶問題があるからだ。サッチャー英国元首相がEC加盟に前向きでなかった理由もわかる。
 国際漁業関係の一例を1995年1月のF.N.I.が報じている。
 「ヨーロッパ・プロジェクトは先月、EUとアルゼンチンとの交渉の末南大西洋水域で主にへイク操業するヨーロッパの漁船を承認した。要する費用は19,000万ドル。その交渉を管理する共同委員会はスペインから11隻、フランス・イタリア・ギリシャから各1隻が従事することを承認。プロジェクト11隻はEU漁船船主とアルゼンチンのパートナーとの直接のジョイント・ベンチャー(海外合弁)となり旗は切りかえられる。その内3隻は一時的なジョイント・ベンチャー。交渉は当初アルゼンチン漁船をヨーロッパの船で近代化する方向でEUとアルゼンチン政府の間で進められていた。が、交渉が合意に達するまで、非常に長い時間を要するので交渉中に多くの過剰船舶が売却されたり、スクラップされたり、代替の漁場を見つけ転出したりしだしたので直接のジョイント・ベンチャーとした。」とある。このジョイント・ベンチャーの設立に要した19,000万ドルの用途についての明確な記述はない。またその負担を全額EUの共同委員会がしたのか、それともEU、各国政府と各企業がある負担割合で分担したのかつまびらかにされていない。これらの点をヨーロッパ委員会発行の『The New Common Fisheries Policy』で調べてみることとする。
 『第三国との協定と国際条約』の項では次のことが述べられている。
 「ほかの沿岸国との協定が共通の漁業政策の中心的要素を形成している。これらのことはEUの遠洋漁船を漁場に重要な参入をさせ、新資源の調査に役立たせている。二国間の協定は多くのECを基地としていたトロール船やマグロ船にその機会を与えている。各国の厳しい漁業コミュニティの形成により伝統的な漁場からしめだされた失業者の経済的、社会的なドミノの効果を最小限に食いとめようとしている。これらの協定にかかわった財政はCFPの年次予算の大きな部分をしめている。1993年でその総額は総支出の40パーセントの28,500万ECUとなった。」としている。その漁業予算は下表のとおり。

P195表

 この予算額は決して少ない額ではない。1991年のEC12カ国の漁業生産高は682万トン。漁業従事者数は289,352人。そしてその国際的な展開は「共同体は主として、スカンジナビア、北米、アフリカ、その後バルティック各国と28の協定に署名。このことによりEC登録船の域外操業を可能にしている。最初の南米との協定はアルゼンチンとの間で行われ、年に25万トンの漁獲が許可された。大西洋、インド洋やアフリカ沿岸沖では、たとえば1,000隻以上が、その内モロッコ海域では730隻が操業しており、80隻のマグロの巻網が現在も定期的に操業している。さらにロシアとの協定の交渉が行われており、ラテンアメリカ、東ヨーロッパ、アフリカ、カリビアン各国とも交渉を予定している。モロッコには年間10,200万ECUを支払っている。第三国への漁業権の支払いや訓練、漁業調査や多くの科学的なプログラムの援助がこれまでのEU協定のものとも共通したタイプとなっている。EUと15の発展途上国との間の契約の基礎は築かれている。EUがこれらの漁業機会に対し、各国に年間支払っている総額は、480,000ECU以下から16,000万ECUの範囲となっている。共同体はさらに共同事業を始めるための援助や漁業調査、港湾設備の改善や技術訓練に対して2,800万ECUを予定している。」となっている。ひと言でいえば世界の漁業はヨーロッパ主導体制が敷かれたといっても過言ではあるまい。EUの漁業政策が失敗したとなお主張し続けられるだろうか。
 ヨーロッパの共同漁業政策(CFP)の基本的な考え方を『New CFP』から示しておこう。
・ヨーロッパ共同体政策活動の中で、漁業なみに協調を必要としている例はほかには見当らない。
・多くの法的・政治的・経済的・社会的かつ環境的要因が1983年以降共通漁業政策を実行に移した背景にあり、現在次の10年に入っている。
・共通漁業政策は農業と同様数少ないもののひとつで、現在ヨーロッパ共同体政策に充分育ってきている。
・海から消費者までの漁業産業のあらゆる面を補ない、EU各国の共通のルールとなってきている。
・しかし、このことはブリュッセルのEU委員会が独自でその政策を管理することを意味するものではない。
・現在の戦略のコーナー・ストン(基礎)はその適用と実施に関わっているEC機関、各国政府、地域および地方当局、漁業者と漁業組織それぞれが決定の責任を分担している。
ここまで記せばおわかりになったと思う。率直にいって今の日本の漁業政策では財政・技術などすべての面でヨーロッパ共同体の漁業政策には太刀打ちができなくなってきている。CFPのより詳しい内容については別の機会に譲ることとして、先述のMike Holdenが「地球規模で漁業の管理を誤っている。成功しているケースはほんのわずかである。」と述べていたそのほんのわずかなケースがアイスランドだ。

2 経済効率性の高いアイスランド漁業

 ノルウェーにはじまってヨーロッパ各国の漁業を調べていくうちにアイスランドでは魚が全輸出の75パーセントを占めていることくらいは知っていた。が、その当時は北欧の方が気がかりでアイスランドには目が向いていなかった。これが正直なところだ。ところがある時F.N.I.がラグナー・アーナソン著『アイスランド漁業』を紙上で新刊紹介した。その内容によれば漁業はアイスランドの国家経済そのものであり、高い経済効率性を有していると記されていた。ほかに資源らしきものがなければ漁業立国そのものではないか。そのような国がこの地球上に存在していたのかと思い早速入手し読むこととした。読んでいくうちにさらに驚かされたことは、この国は生活水準も先進国なみかそれ以上だということであった。以下は同書による。
「26万人のアイスランドに最も近い国は、グリーンランド(290キロメートル)、フェロー諸島(435キロメートル)、スコットランド(812キロメートル)、ノルウェー(970キロメートル)で、同国は北緯65度西経19度に位置する。資源は魚と水力発電と地熱エネルギー以外の天然資源はほとんどない。土地は農業にもあまり適しておらず、南部で4ヶ月、北部で3ヶ月程度の植物の成長シーズンがあるだけで、主な収穫物は干草と野菜。穀物は南部で成長するのみとなっている。全国土の1パーセントだけが現在耕作地となっている火山の国だ。日本が資源小国だといってもその比ではない。」
 唯一の資源は海洋資源だ。以下原文を訳してみる。「荒涼とした陸地部分と相反してアイスランドをとりまく海洋は、異常なほど肥決で海洋生物は豊かである。アイスランド漁場の単位当たりの底魚の生産高はおよそ北海の3倍、バレンツ海の2倍、グランド・バンクの2.5倍となっている。これはいくつかの要因が結合した好ましい条件の結果だ。第1に沿岸を流れている海流のシステムが海洋生物にとり好条件となっている。島をとりまいているメキシコ湾流の支流が比較的冷たい東グリーンランド海流と、北西および北岸沖で主として会合している。これらの海流の会合しているところでは海水の湧昇と混合が行われており、植物プランクトンと動物プランクトンにとって非常に好ましい条件を生み出している。海水の垂直混合で起こる重要な要素はシーズンの温度の変動である。」
 この国の歴史は9世紀後半から10世紀の前半に北方の農業従事者とバイキングの定住に始まっている。アイスランド人は17世紀と18世紀に経済的な苦境を迎え、気候も恵まれたものでなかった。コーロッパでは1600年から1800年までは寒冷な期間で小氷河時代ともよばれていた。1707年から1709年の間に人口の三分の一を失った天然病の発生の例にみるとおり病気がまん延していっている。さらには火山の爆発があり、農業の生産が著しく減じられ飢餓が拡がっていき1785年の時点で人口はおよそ4,000人で1703年の人口から20パーセント減少となっている。19世紀になってはじめて経済的に回復していき、1944年にデンマークから独立している。
厳しい気候と経済環境のそのアイスランドが世界で高い個人所得と生活水準を維持しているのだから、驚き以外のなにものでもない。そしてその生活水準の高い根源が漁業にあるのだから、漁業を斜陽産業だといっている国の人々に知らせたい。
 「海洋漁業ははわが国の輸出商品の75パーセントを生み出している経済の主柱である。」と述べている。わざわざ海洋漁業と海洋の二文字を頭につけているのは「アイスランドの養殖漁業の生産高は比較的少ない。最近のサケとマスの年間生産高はおよそ2000トン。設備した能力はかなり大きなものだが、生産高は財政的な問題により削減されてきた。」として養殖漁業では大きな損失を出したといっている。豊かな石油資源を有するノルウェーとちがってアイスランドは海洋漁業資源のみに頼っていることからしていささかの失敗も許されない。生活の糧となる海洋の汚染も生態系を破壊することも許されない。アイスランド国民はそのことがわかりすぎるくらいわかっているのだろう。アイスランドの実力を以下にみていくこととする。

アイスランド経済
◯一人当りのGDPの国際比較(1991年USドル)
 アイスランド 25,472
 U.S.A. 22,204
 ノルウェー 24,855
 デンマーク 25,272
 スウェーデン 27,498
 英国 17,596
 日本 27,132

◯一人当りの個人消費の国際比較(1991年USドル)
 アイスランド 14,185
 デンマーク 13,263
 ノルウェー 12,621
 スウェーデン 14,957
 U.S.A 15,385
 日本 15,297

◯輸出品の構成(1988 – 92(%))
 水産物 75.4
 農産物 1.8
 工業製品 20.4
 その他 2.4

◯輸入品の構成(1989 – 92(%))
 消費材 28.6
 原材料・燃料 35.5
 投資材 35.9

◯製造業の労働コスト(1988 – 92)(時間当りの賃金USドル)
 アイスランド 14.9
 英国 13.9
 べルギー 18.8
 フランス 14.9
 オランダ 18.3
 ノルウェー 19.7
 ドイツ 21.3

◯インフレーション(1960 - 90(%))
 アイスランド 26.2
 ノルウェー 6.5
 U.S.A. 4.8
 EC 6.6
 カナダ 5.4

P201図

◎アイスランドの漁業
1945年以来アイスランドの漁獲数量と売上高は劇的な増加を示した。1945年から1988年まで総漁獲量は330パーセント売上高は630パーセントに増加した。漁獲数量の伸びは基本的には次の理由による。
 第一に漁業専管水域の拡大が底魚の増加を可能にした。底魚の増加は1945年以来およそ2倍となった。第二に新しい漁業が開発されてきた。これらのうちで重要なものは、赤魚・シシャモと甲殻類の漁業である。
 第二次世界大戦終了以降アイスランドの漁船隻数は急速に増加してきた。総トン数の増加は300パーセントを超えている。漁船の大きな技術的な改善が行われたため、漁船の資本価値の増加も著しくおよそ1600パーセントとなった。同時に漁獲売上高も600パーセントを超えた。
(トロール)
 これらは比較的大きな漁船で200トンから1,200トン。長さは40メートルから75メートル。ほとんどは底魚漁業に従事しているが、中には中層曳操業も行っている。船の大きさにもよるが、底魚トロールは操業範囲も広くアイスランド漁場の開発にも当っている。航海日数は5日から15日。底魚トロールの中には最近凍結装置を装備してきている船もでてきた。
通常200トンから1,000トン位で、当初はシシャモ操業に従事していた。ほとんどの船はほかの漁業、とくに深海のエビ漁業やニシン漁業も行っている。
(マルチ・パーパス)
 マルチ・パーパスは広範囲である。典型的な漁船は小型。ほとんどの漁船は刺網、延縄操業として設計されているが、技術的にはトロールも巻網も可能となっている。小型船の操業範囲は限定されており、通常ホームポートに近い漁場で1日から3日位の操業をしている。
 漁船の主力は底曳トロール、刺網、延縄、巻網となっているが、底魚の90パーセント以上はトロール、刺網、延縄によるものだが、そのうち62パーセントはトロールで漁獲される。特記すべきこととしては、トロールの場合魚の品質を下げるので最近そのクォータを減じたことである。
 賃金は、陸上の一般労働者比較で1.7倍から2倍近くになっている。アイスランド漁業の群を抜いた強味は次頁表のとおり漁船の船価が高いにもかかわらず一人当りの売上高の高さにある。

P202表
P203表
P204表

 著者はアイスランド漁業の効率性の秘密は①マクロ経済政策②漁業のダイナミックな調整③漁業管理にあるとしている。私としてはこれらのほかに漁業に対する他産業の協力体制を加えたい。アイスランドの漁業は漁獲部門、加工部門、マーケット部門で構成されており、これらが三位一体となっている点があげられる。漁獲部門に必ず利益がでるようにほかの二部門が協力していることである。当然のこととして、関連するメンテナンス、建造、漁具、包装、エンジニアリングなどにおいても協調体制が敷かれているということだ。

◯1965年以降の漁業管理システムの考え方
・全漁獲クォータの設定
・参入ライセンス
・各船毎の努力規制
・各船毎のクォータの設定
・個人毎の加工プラントのクォータ

その歴史的な流れは次のとおり。
◯漁業管理システムの推移
・1965 - 75 沿岸エビ・ホタテ漁業 - 参入制限、努力規制。
 ホタテ漁業において加工プラント・クォータ。
・1969 ニシン漁業 - トータル・クォータ
・1971 ニシン漁業 - 漁獲全面禁止
・1976 ニシン漁業 – 各船別クォータ
・1976 底曳漁業 - タラ トータル・クォータ
・1977 底曳漁業 - 個別努力規制
・1979 ニシン漁業 – 譲渡できる各船別クォータ
・1980 シシャモ漁業 - 各船別クォータ
・1984 底曳漁業 – 個別譲渡可能なクォータ(ITQ)
・1985 底曳漁業 – 努力クォータ・オプション
・1986 シシャモ漁業 – 譲渡できる各船クォータ
・1988 全漁業に譲渡可能な各船クォータシステム
・1990 全漁業に完全な統一ITQシステム

 以上のとおり、アイスランドにおいても完全な統一ITQシステム確立まで、実に25年の歳月を要したことになる。これから導入しようとしているわが国においても、それなりの問題も発生するだろうし時間も要することとなろう。アイスランドでは海と魚が国民の唯一の財産だ。それだけに政府、科学者、漁業者、加工業者、市場関係者、さらには関連業界が一致協力して真剣に取り組んでいるわけで、その結果、世界で数少ない成功の道を歩んでいるのだ。この間の努力は想像を絶するものがあっただろう。わが国もこの国からあらゆる点で学ぶべきことが多いと確信している。

3 減船に取り組むアイルランド漁業

 1995年7月14日F.N.がアイルランド特集を組んだ。タイトルは『14,000万アイルランドポンド開発プログラム』。
 「アイルランドの漁業は健全だ。一般的な予想を上回り、将来への信頼感はここ数年間高い状態が続いている。それであって自己満足の兆しは見えてこない。アイルランドでは漁業者や漁業団体、また個々人の間でも資源保護の動きがでている。バイヤーと加工業者との間のマーケット・プランも多数形づくられている。アイルランド漁業にビジネスライクの基礎がためが進んできている。最近の数字では1994年のアイルランド漁船による直接の水揚高は10,800万ポンド(IR)で前年を1,000万ポンド上回った。アイルランドはEUの中で開発援助は優先的な扱いを受けている。政府は漁業・養殖業で5年間(1994 – 1999)で総額14,000万ポンドのEU支援を受けることになっている。
(イ)開発プログラム
 漁業の操業プログラムには国家とEU資金の両者から資金が出ており、最近の特記すべき事項のひとつはスピーディな養殖プロジェクトの開発がある。サケの養殖はどちらかといえば大きな企業が行っており、漁業者が主力となって現在拡大しているのはイガイ・帆立・バイ員・カキの分野である。政府援助のほとんどはアイルランド漁業委員会(BIM)を通して行われる。過去において漁業者の協力の欠如があり、潜在的な発展を妨げたりしたが、BIMの努力があり進展してきている。そのひとつは政府と漁業者との現実的な対話がある。別のプランの目的は付加価値や第二次加工を確保するため、近代化された加工設備を通しての加工とマーケティングの拡大の奨励である。アイルランドでは加工機械はISO9002の審査の上認可を受けている。これは一般的なことだ。
 漁船の近代化と拡大もその計画の中に組み込まれており、そのため漁業者は使用していないクォータを入手することができ、バランスのとれた資源の利用をはかっている。また、クォータ外魚種の漁獲の増加もある。
 漁業者は事実大きなクォータが与えられることを期待していない。むしろ資源が現状で安定することを望んでいる。そのことにより将来の生活が安定することを知っているからだ。漁業者は稚魚の資源保護には充分な支援を送っている。ただ、海外の漁業者、とくにスペイン人が保護政策に対しルーズな点があることを気がかりとしている。すでにおよそ115隻のスペイン漁船がアイルランドまたは英国の旗をあげてアイルランド海域に入域することが許可された。来年、別のスペイン船がこれまで禁止されていたアイリッシュ・ボックスに入ってくることになる。刺網ではアイルランドと英国が4.5インチから5インチの網目を使っているのに対しスペイン人は2インチ以下の網を用いているといった最近の報告もある。現在EUでは刺網の細目の大きさは法制化されていない。
 3,600万ポンド(IR)が潜在的な職業の創出や長期的な外貨獲得のための養殖漁業発展の援助資金として使われている。この部門は4,000万ポンドから5,000万ポンドの間の価値を生み出しており、このプロジェクトが近代化と一層の発展を追求していくことになる。より優秀な性能を有する調査船を含む海洋調査関係では800万ポンド以上が予定されている。およそ600万ポンドぐらいが人的資源に割り当てられる。この資金は効率性、安全性、品質の向上や漁獲、養殖、加工の各分野で必要とされる職務能力向上の訓練に当てられる。したがってスキッパーやエンジニアを今後も引き続き訓練することを政府が約束したことになる。最終的には14,000万ポンドが、あらゆる先行する措置を支えることとなり、経済的・技術的に事業の可能性を研究することとなる。またコンサルタントサービスを含む技術援助プログラムにも振り向ける予定。
(ロ)解体スキームが進行中
 アイルランド政府は漁船の近代化を支援する解体スキームを発表した。
 マネージャーはB.I.M.に対し、漁船の開発については、利用できる資源と長期変動を安定化させる市場と漁獲能力を考慮に入れ、最大の努力を払うと強調している。私たちは直ちに建造プログラムを実行する考えではないが、その一部は予定したいと考えている。新造船は建造ならびに操業する上でかなりの経費が見込まれる。フランスが最近建造した大型漁船の問題点を見極めることとしたい。一方スペインはこの沿岸海域で操業する新しい経済的な漁船を建造している。したがって新しく船を新造する必要性が高まってくるわけだが、それでも1〜2年のうちにということにはならないだろう。一方、私達は解体スキームを通して多くの木造漁船の減船に多大な努力を払っていかなければならない。と同時に、海上での安全性を高めるための近代化の援助と、航海日数が増加している古い型の多くの漁船に冷凍装置を設置するなどの措置をとることによって、良質な商品が供給できる施策を講じていくこととしたい。
 プランの最初の1年間は、アイルランド政府はおよそ24隻の小型漁船を大型船に改造し近代化することを目的としている。それ以上は検討中。解体スキームの効果が評価されれば、漁船の将来の構造が明らかにされてくることとなり、新船の建造の運びとなってくる。この計画では浮魚操業の新船建造への援助は含まれていないが、政府は援助ができるよう検討している。私達の浮魚漁船はアイルランド漁業では高く評価され近代化されているだけではなく、創意工夫がされており、その結果、輸出がのび加工分野では数百名の沿岸労働者の仕事が確保され続けている。アイルランド政府は今後5年間で3600万ポンドの費用を漁船につぎこむことを考えている。
(ハ)解体スキームの内容
 アイルランド政府によって発表された漁船の解体スキームは、B.I.M.の海洋部門が管轄することとなる。そのスキームは、1995〜96年の2年間で、4,000総トンの漁船をスクラップにする。これによりEUで設定された中期計画(MAGP)の目標に沿うことになる。MAGPが来る年度にどのように進展していくかは漁船の機関馬力の大規模な不正手段が浮上してきているのでまだわかる段階ではない。
 解体の資格は最低2年間漁船として登録され、適用を受けた以降少なくとも2年間で、各年75日間洋上で操業した実績があることである。船齢は申請の日、10年以上80年以内で申請に先立ち最低で6ヶ月間登録されていなければならない。
 
 解体のレートはEUで設定された標準レートである。
 ・400総トン未満
  船齡:レート(1総トンにつき)
  10年〜30年:1,500ポンド
  30年〜40年:1,300ポンド
  40年〜60年:1,200ポンド
  60年以上:1,200ポンド以下
 ・400総トン以上
  船齡:レート(1総トンにつき)
  10年〜30年:1,200ポンド


 政府としては廃船が決定した船はスクラップとすること。また少なくともスクラップに先き立つ2週間前に届出をし、その状況が観察できるようにすること。申し込みは、B.I.M.に1995年9月1日まで。
 アイルランドでは、現在登録漁船が、1,400隻以上となっている。最近発行されたリストによると40フィート以上が523隻。政府は2年の期間が終了するまで300隻以上が減船されると考えている。

4 ここまで進んできた研究開発
 漁業者は出港の前後から操業開始地点については悩むものだ。最新鋭の機器類を装備していたとしても、それが発揮できるのは新兵器の守備範囲に入ってからだ。その間、水温、塩分濃度、潮目、鳥の群、水深、底質、風向、風力、海流、潮流、陰暦のこよみ、他船の動向などありとあらゆるものを活用する。昔の船長は海水をなめたりもした。今はそのようなことはないと思うが、私も当時まじめに水温を測定し操業をしていたが、水温と漁獲量の間に相関関係が全く見られない。おかしいなと思い20本以上ある船内の水温計を集めチェックしてみたところ、各水温計の水温はばらばらだ。器差というょうなことですまされない。どれを信用してよいのかわからないありさまだった。今でも風呂のお湯や司扇部が流した水により水温が変化することを考慮に入れておく必要がある。
 その当時マグロ漁業なども適水温を求めて漁場を探索していたようだが、同じような水温計で測定していたのだからマグロ船の適水温もあやしいものだと思っていた。そうなると一番当てになるのは確率論だ。漁場を引き揚げる前によくとれていた場所から順次操業していくことなる。それである程度漁獲がある程度あれば心の方も落ち着いてくるのであるが、予定の地点で反応が出てこないとなると一大事だ。あれだけいた魚群がどこに逃げたのかと心中は穏やかでない。1日や2日の貧漁だったら我慢もする。それが5日を超えることともなれば失地回復は難しくなりあせりがでてくる。燃料はムダに使うし、船内の志気はあがらなくなる。部下のほうからは船橋の能力を疑いはじめてくる。そのような環境下でも、勘のよい艦長はあらゆるカンピューターを駆使して以前の魚群とおぼしきものを見つける。
 このような貧漁の経験があるからこそ好漁になればとれる時に取り込もうとする。陸上の方からそろそろ引き揚げてはどうかと指令を出しても今のうちに取り込んでいなければ、また来て取ろうとしてもそうはいかない。海はイケスと違うぞと沖の強い意見が必ず優先される。結果的に魚価が下がり大漁貧乏となる。このようなことが全ての漁業に通ずるとは言わないが、どの漁業でも当たらずも遠からずというところだろう。既存の漁場でさえこのような現象がでるのだから、新魚場開発となると勇気と貯金がないとできるものではない。
 僚船と一緒に操業している場合でも、2日間の距離の漁場変更でさえ勇気と決断がいる。漁船の船長の危機管理レベルは高い。必ず万が一失敗した場合のことを計算する。2日間の距離の漁場変更のロスは4日ではないことを知っている。最低で8日である。その理屈はこうだ。2日間航走し新しい漁場に到着する。そこで最低2日間操業してみないと魚群の有無はつかめない。見込みなしと判断すると僚船の場所に戻ることになるが、戻ってもすぐに調子はつかめない。同一漁場でも不思議と 2日近くかかることが多い。
 これが平均的なケースの漁場変更だが、この場合は僚船が同一の場所で操業していると仮定したのであって、そのようなことはまずありえない。戻ってみると僚船がいない。自船と反対の方向に移動しているケースだ。そうなると8日プラスアルファーとなる。漁場変更でさえ、最悪の場合多大な損失が出ることになるのだから、新漁場開発となると多くのデータとお金と勇気が必要になってくるわけだ。このような漁業者の苦労と心理をよく知って研究を続けている科学者がいた。最近出版の『MarineClimate,WeatherAndFisheries (海洋の気候と天候と漁業)』の著者Laevastuだ。
 著者は「気候、天候と魚の資源とその利用の関係について科学的研究をしたケースはほとんどない。」といっている。漁業者にとって必要なのはどのような気象状態になれば魚が集中したり分散したりするのか、分散する場合は深い方向か浅い方向かそしていつ頃どのような状態になった時に集中するのかなどを知りたい。そのようなことがわかってくれば効率操業もでき、一度引き揚げてまた出てきてとればよい。必要な時に必要な量をとろうということになり大漁貧乏にもならない。資源保護も可能になっていくということだ。著者は生きた学問に挑戦している。その全容をここで紹介することはできないが「地球上の生物の気候の変動と影響は、地球の温暖化と地球上の変動のような項目で世界的にもかなり注意が払われるようになってきた。気候の変化と変動が海洋生物、とくに漁業資源にどのような影響を与えているか調べてみる必要がある。」として次の事柄を研究調査している。

・漁業または漁業資源への気候と天候の影響
・海洋のコンディションの海洋気象と天候への影響
・海象と水中気候と漁業資源との関係
・天候の操業への影響
・これまでの気候と漁業と他の要因との比較
・海洋汚染と漁業
・漁業の歴史的変化と予想される将来の傾向

その主だったところを列記してみよう。

◯私達は漁業の短期予測のみをこの仮説で使用。
 一週間以上にわたる長期予測は不可能。
 一週間以上にわたる天候とほかの環境的予測は予測的価値はない。

◯漁業はほかのカテゴリーの食糧生産以上に天候の影響を受ける。

◯資源加入量の変動を証明することは難しい。
 サンプリングのエラー、年齢決定のエラーや偏見のような
 多くの資源誤差がふくまれる。

◯明らかに、多くの魚種交代が世界のいろいろな海域で起こっている。(Dean 1980)ひとつの支配的な魚種が衰退すると別の生態学的に似た種が支配的となってくる。これらの交代の例では、イワシとアンチョビー、北大西洋のニシンとブルーホワイティング。これらの交代をひき起こしている主要な役割が索餌の競争、海洋の状態、それとも漁獲によるものかを決定づけるのは難しい。交代は生態系の通常の変動と考えることができる。このような現象は底魚と浮魚の間にも発生する。また交代はサイクルとなっている。例えばバルティック海や北海の一部でみられるコッドとニシン。ニシンがコッドの沈性卵をかなり捕食していることが観察されている。このことは明らかに浮魚と底魚の種の交代の主要な原因のひとつであるかもしれない。

◯Radovich(1982)はカリフォルニアのマイワシ漁業の大きな崩壊の理由が、かなり調査ししたのにもかかわらず、過剰漁獲によるものか気象変化によるものか意見が分かれていることを指摘している。

◯表面水温と底魚はめったに関係しない。

◯自然環境の中で変化に対応して支配的魚種と従属的魚種の豊度の変化は、支配的な魚種は生き残る為に諸要素に積極的に対応していくが、従属的魚種は同じ要素に消極的に対応している。

◯長い間、漁業者は天候を観察し、特別な位置と深さの資源の有効性と天候状態の関係に注意を払ってきた。またよい漁獲をするために転向によって戦略をたててきた。通常、漁場と魚種と天候との特別な情報との関係は漁業者の個人的観測、経験ならびに父から子どもにひきつがれた知識をベースにしていた。

◯最近になっていくつかの国で研究が進んでいる。ことにノルウェーとスウェーデンでは魚の行動と漁具の関係を導入するようになってきた。この研究は漁具をさらに効率的にまたいくつかの事例では漁業規則の要求に適合するよう一段と選択的な方法を目的としている。

◯漁業者はこれまで漁業を改善するというような研究や現象の説明を科学者から手助けされるようなことはほとんどなかった。

◯海洋を含めた影響を見た場合、天候は主として浮魚や浮魚に準ずる魚種および漁獲の可能性の点で影響を及ぼしている。

◯産業としての漁業を拡大するため、漁業予測は主要漁業国の中で、科学とは別に実務的なものとなってきた。気象サービスに匹敵する点で、海洋と漁業予測サービスが日本や旧ソ連をふくめ数ケ国のみで存在している。ほかの各国でも海洋サービスの創設を試みたが、ほとんど失敗した。失敗の理由は多種多様であった。たとえば、気象サービスのようなサービスを気象学者が企画した場合、漁業、海洋学の知識の欠如、個人としての知識の欠如や実務と経験の欠如、とりわけ漁業からのフィード・バックの欠如がある。

◯魚の行動と風との関係の科学的研究はほとんどなく、気象的な要素としての風は魚に影響を及ぼしている。

◯多くの浮魚の分布は波動に対応しているとして知られている。荒天や大きなうねりが存在している時は更に深層に移動する。

◯多くの浮魚の深度分布と日中の垂直移動は温度傾向に関係する。

◯嵐に対する魚のいくつかの反応は報告されているが、仮説による推測のみである。例えば、魚はが到着する前に下層へ逃避反応する。この反応がウネリの到着によってひき起こされたものか、気圧の変化によって起こる海流によるものか知られていない。

◯嵐の前のこれらの魚の反応は、表面圧力の動きに刺激された内部波または同じ現象によって起こされた海流の変化によるものと考えられるという説もある。

◯岸壁で波浪がこわれることによって起こるノイズへの反応は、ノイズが水中で伝搬されるので排除することはできない。魚が聞こえる波長の範囲内(50〜600Hz)である。

◯風の方向と変化は沿岸水域の特別な地域では、浮魚に対する有効性を決定づけることができる。沖合水域では風向と魚との関係に有効性はみられないが嵐は浮魚の深度分布に影響する。水域によって底魚にも影響が見られるが、底魚は明らかに大きなウネリによって影響を受けている。

◯明らかにCPUE(Catch per Unit Effortー単位努力あたりの漁獲量)はいくつかの魚種では、漁獲努力の増加で変化しているが必ずしも魚群密度では変化していない。しかしながら、CPUEを定義し測定することはきわめて難しい。その理由としては多数のファクターや装備している漁具の多様性とともに目標とする行動によっても変化するからである。

◯混乱させている神話が漁業サイエンスの中に存在している。それを抹殺してしまうことは難しい。MSY (The Maxumum Sustainable Yieldー最大維持生産量)がそれだ。Larkin(1977)のすぐれた墓碑銘にかかわらず、彼は漁業統計の難しさを指摘している。漁業統計はまだ不完全であり、推測、不注意なエラー、怠慢やおそらくは偽証などがあり謎解きをしている。

◯与えられた漁場で漁業規則が漁獲の増を妨げる場合、漁船は異なった漁具を使用できるほかの漁場に変更する。

◯人間が漁業を強化し、ドラスティックにマンマルを減ずる前から、マンマルは魚の捕食ではトップに位置している。現在最大の群は南極海でみられる。夏の間、豊かな資源のあるべーリング海は北半球では最大のマンマルと鳥のすみかである。マンマルは年間、200万トンの魚を食べている。商業漁業で漁獲している量と同じだ。

◯トロール漁業のベントス(海底生物)や魚の影響についての総括的な再評価が、LaevatsuとFavorite(1988)により行われた。結論としては資源への影響は小さい。

◯北東太平洋での広範な漁業の発展は、つい最近(1960年代の中頃)のことであり、多くの漁業規則が関与してきた。さらに、この海域の漁業調査はほとんどが規定された管理措置を満足するよう指示されている。そのため漁獲もその調査結果もこの海域の真の資源変動を描き出していない。また資源への漁獲の影響も気候変動による影響も漁獲記録から推論することはできない。

◯魚の資源の長期変動の原因は多種多様であり複雑である。浮魚資源は世界中で大きな変動が起きている。その資源の崩壊は漁獲の強度の影響を受けているが、ほかの要因を排除することができない。特に大きな変動は短い生命の種で起きている。

◯魚のトータル漁獲量は世界のほとんどの海洋、海域で著しい量の増加は期待できない。しかしながらいくつかの要因により、ほとんどの魚種の資源量の変動が起こるだろう。そのことについて私達は認め、その規模について研究しなければならない。さらに所定の海域の魚の生態系から最大量をうるためには、私達は漁業の弾力化をはからなければならない。そのためにはある魚種からほかの魚種への転換やできればほかの海域への変更も容易にできるようにする必要がある。このことは漁業管理を弾力性のあるものにしなければならないことを意味する。漁業の主な目的のひとつは人類へ最大のリターンをすることにある。魚の生態系を巧みに取り扱い、そして維持していくことの研究にある。それはちょうど私達が陸上の生態系を巧みに操っているのと同じようにだ。(魚の生態と行動と漁具漁法)

最近、船は高速化し、漁具は重装備になる傾向にあるという話をよく耳にする。沿岸漁業などでも、他船より早く漁場につきたいため、高速エンジンを装備する場合もある。このケースについては、エンジンの価格、経済速力と燃油消費量、航海速力の増加と短縮時間などと漁獲増とのバランス関係の問題で、それらの計算をしないで、速力増が漁獲増だと考えていたとしたら、漁業者をよく教育し理解させるしかない。ここでは、その検討は差し控えることとして、高馬力で大きな漁具を装備している事例について検討を加えてみよう。

A社の機関馬力はB社よりも50パーセント以上も大きい。それであってB社よりも漁獲が劣っている。A社は私の会社。各船長と協議をし、B社の曳網速力を洋上で正確にチェックさせた。その結果1ノット以上速い速力で曳網している。早速逆算をしてみたところ網地抵抗が40パーセントから50パーセント少ない。A社も漁具の大きさをB社と合わせてみることとした。この時わかったことは、A社の場合漁期の大半が北洋でスケソウまたはカレイを漁獲していた。しかしこの東支那海漁場は海流の流れも速く魚の動きも敏提だ。同じ漁具では魚はとれない。魚の生態と行動がわからなければ、大きな網で、網の高さも高く掃海容積が大きければ多くの漁獲ができると思いがちだ。よく言われているひとつの例をあげてみた。
 私達はある魚を漁獲するのに曳網スピードはどの位が適正かわかっていない。速ければ速い方がよいというわけにはいかない。機関馬力が大きくなれば、装備費用もかかるし燃油消費量も増加する。それに見合うキャッチがなければコスト・アップのみで採算は悪化するばかりだ。曳網スピードにしても経験的なもので4ノット位となっている。魚の最大速力は毎秒体長の10倍センチメートルといわれている。30センチメートルの魚だと5.8ノット。そうだとすれば船の曳網速力では魚に追い付かず、魚は網に入らないことになる。ところが魚は網に入る場合が多い。これは標準ケースだ。標準以外のケースをあげてみよう。このケースの方が漁場の標準ケース。

・曳網速力4ノットは最大の場合が多い。向かい風などでは速力1〜2ノットは落ちる。
・底曳では4ノットで30センチメートルの魚がとれても中層ではなかなかとれない。
・魚はエンジン音やオッタボードの音を聞き分けるといわれている。それならば中層曳でたとえ5ノット以上出したとしても魚はとれないことになる。
・表層海流は逆流、中層海流は順流でともに1ノットとした場合、曳網速力は3ノット、魚は1ノットの海流にのるから6ノットの速力となる。こうなったら魚は全くとれなくなる。

 以上のケースは網が船と同じ方向を向いているケースでこのような場合はむしろ珍しい。掃海面積(容積)で魚をとるということは机上の空論だ。トロール漁法が略奪漁法と決めつけるのはあまりにも単純すぎると前述したのはこのような理由だ。漁業で効率操業をするには、海流・潮流などを知ることはもちろんだが、いまひとつ大事なことは魚の生態を知ることだ。生態と行動を知ってはじめてどの漁具、漁法が最も効率的かがわかってくる。日本ではこの研究が遅れている。その結果、漁業者は無駄なコストをかけ苦しんでいるのが現状だ。もちろん資源量の把握もおぼつかなくなる。このことに目を向けて研究を進めている機関がある。ノルウェーの大学と研究機関がそれだ。

 『MARINE FISH BEHAVIOUR IN CAPTURE AND ABUNDANCE ESTIMATION(魚の行動)』(著者Anders Ferno&Steiner)の一部を紹介する。
 「現代の漁業管理の目的は、海洋の環境の多様性を保護しながら、漁獲可能な自然の資源を維持生産することである。このことはまず第一にほかの生物を傷めることなく、必要とする種と大きさのものを効率的に漁獲することを容易にするには高い漁業技術を必要とする。第二に合理的で効果的な資源管理は、回遊や資源量、魚の性別や年齢構成など開拓された資源の充分な知識が基礎となってくる。このような知識を得るためには、資源評価の活動において関連する生物のサンプリング漁業が必要となってくる。魚の生物、非生物の環境の間には複雑な相互作用があり、これを理解するには、基本的な解剖学的な構造と生理学的なメカニズムを研究するだけでは充分といえない。
 古代においても、人間は魚がどこに集中するかまた魚を漁獲していく努力の過程で、どのようにして魚の行動を評価し開拓していくかが最も重要なことであった。
 漁法と漁業技術の発明と改善は常に高い位置におかれていた。つい最近まで、技術開発は主として漁業者自身による試行錯誤の努力の結果であった。人々はおそらく試行錯誤の過程の結果として、漁法が最適なものとなっていくことを期待してきた。しかし期待どおりにはいっていない。その理由は、第一に魚の行動は、広範な変化を示し、内外の多くの要因に依存することが非常に多い。ある程度は、その行動を直接観察する方法をとらなければ、その基礎をなしている因果関係を理解することは不可能なのである。
 第二にあらゆる最適化の過程が、出発点で制限を受けている。ある方法はさらに効果的にすることができるが、代替の方法ではその効果を発揮することができないからだ。漁業者は従来の方法を変化させることについては、しばしば反感や嫌悪感を見せることがある。これは、ある意味ではもっともである。
 第三に漁法の最適化は希望していない規格外のバイ・キャッチのような資源保護的な問題をいつも考慮に入れているわけではない。たとえ、漁業者の多くが資源保護にっいて関心を示しているとしても毎日の漁獲の価値の方が重要なのであって、バイ・キャッチが操業や漁獲物処理の点で直接的に問題が生じてくるわけでもない。
 漁業経験を通して生み出されてくる漁法の改善は、魚の行動の大きな変化やその研究の難しさならびに漁業者の保守的な姿勢や広範囲な資源保護問題の不充分な検討により制約を受けることになる。魚の行動を詳細に理解することは、これからの進歩にとって不可欠なことである。ノルウェーでの組織的な魚の行動と漁業技術の調査は、ベルゲンの漁業機関で1970年代の中頃永続的な基礎を築いた。漁獲と魚の行動の関係についての知識はいろいろな方法で得られる。実験室での研究は絶対的なスレスホールド(入口)であって、感覚器官の反応から多くの情報を得ることができる。第二の問題は資源評価をしていくうえでの魚の行動の影響がある。音響記録やトロール・サンプリングでの科学的調査は資源評価の点でますます重要となってきている。インプットデータの質が問われ多種多様な種のモデルが新しく要求されてきている。信頼のある魚の豊度の数量が資源管理を最適化するうえで重要なことである。
 しかしながら漁業規則の歴史によって、漁業にとって重要な意味をもつ資源量の把握が不正確になっている例がかなりでてきている。魚の行動はあらゆる意味で資源評価に影響をおよぼしている。たとえば、ある地点での魚の存在を直接資源の大きさの変動と結びつけるわけにはいかない。この場合移動や回遊の変化も考慮に入れなければならない。このことはこれまでも認められているところだ。そのため、魚の水平・垂直方向の動きの知識が資源評価に深く関わってくることになる。同様に漁具と魚の行動の研究が資源評価に用いた漁具と漁法の効率性、選択性が評価するうえで重要性を増してくる。
 トロールの選択性の研究は、1950年代にスタートしたが、サンプルギアの直接的な研究は海中の観察技術が大幅に改善され漁業調査に利用できるようになった。1980年代に入り発達していった。

 以上のような基本的な考え方のもとで、次のような研究に入っていると同著は述べている。
 ・魚の行動と延縄。
 ・ポットと魚の行動との関係。
 ・底曳サンプリングトロールの漁獲効率性に関するトロール・パーフォマンスと魚の行動の影響。
 ・魚の行動の相違によるトロールのバイ・キャッチの減少。
 ・巻網と中層トロールの漁獲と魚群の遊泳行動との関係。
 ・資源量の音響評価の誤差。
 ・底刺網と底延縄の資源評価。
 ・底曳トロール調査の底魚資源評価の信頼性に影響する要因。
 ・音響機器の最近の発展と漁獲、資源評価との関係。

 トロール漁法の例で多少説明を加えると
 ・曳網距離と曳網速力。
 ・漁網設計と標準化。
 ・トロール漁船からのエンジン音などの反応。
 ・オッター・ボードなどの漁具に対する魚の反応。
 ・選択漁法。
 ・魚の種類を識別する技術。
 などである。これらの詳細については別の機会に譲ることとする。

(そのほかの技術開発)
 そのほかの技術開発の項で説明するにはあまりにも画期的だ。その一つは遠隔入札方式の開発であり、今ひとつは衛星漁船追跡システムだ。

◯ノルウェー・遠隔入札方式を検討(1999年8月 F.N.I.)
 現在のシステムでは、仲買いはプローカに対し水揚げ量を聞いて30分余りのあと、ファックスで入札するようになってくる。最高値をつけた者が落札する。しかし、システムが正しく機能し、取り引きが行われたとしても、理論上仲買いが相互に連絡しあい価格操作を行うことを防止することはできないという欠陥をもつ。事務所からの遠隔購入自体は新しいものではなく、ほかの商品市場ではすでに一般的なものとなっている。たとえば、デンマークの野菜市場で使用しているものは38機もの遠隔端末がある。しかしながら、この種のシステムは水産業界ではまだ採用するに至っていない。もしかするとノルウェーが漁業にこうしたシステムを導入する最初の国となるかもしれない。同システムは魚市場で使用されているものと同じ原理である。すなわち、ボタンを押し、クロックを止めて入札を行うことになる。ノルウェー以外の国々でもコンピュータ化した入札システムの導入について可能性の検討に入っているところがある。英国のシェトランド諸島では、2ヶ所の魚のセリに遠隔購入を導入すべく、同システムに慣れるためのフィジビリティ・スタディが行われている。イングランドのグリムズビイの港では、同システムの応用の可能性を検討するための専門調査委員会が発足するとのことである。機器メーカーが直面している主な問題はたいていの場合港自体から生じてくる。すなわち仲買人のエージェント達がコンピュータ・システムの導入によってほとんど職を失うこととなるという問題だ。

◯フランスで遠隔入札(1994年9月 F.N.I.)
 EU6ヶ国の主要市場の54名の代表者が市場遠隔入札システムの研究のため、最近フランスのC市を訪れた。ベルギーのS.C.S.社によって招かれた一行は最新式の冷却保管設備を有する市場を見学後オークションルームへ。市場に到着したバイヤーはカタログのコピーを集め、市場にレイ・アウトされた魚を伝統的な方法で検査することができる。その後特別に設計されたオークションルームの椅子にすわり入札するためパソコンを使用する。家庭や事務所で働いているバイヤーはパソコンモニターで、同じカタログを手にし、売買に参加している人々と同様の入札の機会がえられる。入札時刻、ロットの詳細、船舶名、種類箱数、落としたせり値、に加えてバイヤーは供給データ、平均価格、市場価格比較、購入したロットの詳細な価値ある情報を得ることができる。全ての人に利用できる情報もあるし一部秘密なものもある。

◯『追跡されている』ー衛星漁船追跡システム(1994年8月 F.N.I.)
 世界中の数千隻の漁船は、衛星漁船追跡システムを使用することにより、1日数度の監視体制で、位置と漁獲をオペレイトすることができるようになった。スキッパーが不法操業をおかす時代ー越境操業や漁獲物の不正報告は今や数えられるようになってきている。衛星追跡の動きの支援は、インマルサットーロンドン基地の数ヶ国共同の低コスト、インマルC衛星通信体制である。アルゴ・ネットと呼ばれている完全な追跡とデータ監視システムが提案され、多くの海域でテストされている。衛星トラッキングはすでにポルトガル・オーストラリア・ニュージーランドで進行中。一方ヨーロッパでの試みはEU漁業国からの300隻が参加し、1994年10月1日からスタートする。

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