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世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー 第2章 海の神秘—ニュー・フロンティア

※この記事は平成8年に発行された書籍「世界の漁業でなにが起きているのかー日本漁業再生の条件ー」の内容です。発行されてからかなりの年数が経過している為、現状と乖離している内容もございますが、何卒ご了承の上お読みください。

1 海のコンベア・ベルト—深層海流

 世界の科学者は、「海については月よりもわからないことが多い。水深60メートルより深くなるともうわからなくなる。」と言っている。その通りだ。自分で操業していても、また関係者からの話を聞いてもわからないことばかりだ。海も魚もミステリアスだ。少し例をあげてみよう。

①2,500トン型のトロール船で、アフリカ西岸沖で操業しているときのこと。1日の漁獲高が、イカとタコが3トンくらいで収支が見合うので、どうしても高級魚ねらいが主体になる。ところが、あまり魚群反応もないところでアジとサバの大量漁獲が続く。コッド・エンドを開放後工場甲板でハネているところをみると揚網時に入網したものだ。船は、ほぼ停止状態の捕獲である。アジ・サバから逃げまわっても続く。浮魚資源量はどのくらいになるのだろうか。
②アメリカ東岸のボストン・ニューヨーク沖でのキャニオン(大峡谷)沿いで、ヤリイカ・マツイカ・シズなどを対象に操業しているときのこと。マツイカより高級なヤリイカを追って漁獲を続けていると、ヤリイカがパタリといなくなる。つづいて網に入ってくるのは、マツイカのみだ。価格が安いので、ヤリイカを探しまわるが、キャッチはマツイカのみ。ヤリイカは、ほとんどゼロ。陸上勤務時代のことであるが、現地からカナダ・セントピエル港内で、マツイカが湧いているとの報告を受けた。その後いつのまにかマツイカが、消えてしまっていた。
③大潮の数日前は、好漁獲が続く。小潮になると漁獲が薄くなる。深い海では関係がないようなものだが、なぜだろう。
④大時化になる前頃から漁獲がよくなっていく。操船も甲板上での投揚網作業でも危険な状態が続く。魚を処理する工場甲板でも積み重ねているパン枠が、倒れそうになってくる。漁倉内の荷崩れも心配になる。なぜ、時化がはじまる前から魚がとれはじめるのか、どうしてもわからない。凪になってくると不思議に魚がとれない場合が多い。
⑤陸(おか)を見て網を入れろと教えられた。アフリカ北西岸漁場の陸は、サハラ砂漠だ。だとすると海底は平坦であるはずだが、平坦なところは多くない。砂漠の沖で、なぜ魚がたくさんとれるのだろうか。不思議なことにこの漁場の魚と東支那漁場の魚とは、魚種とその大きさまでが酷似しているのが多い。味も似ており種類も豊富。一万マイルも離れているのにどうしてだろう。人間はもちろん似ていない。
⑥日本近海は、黒潮と親潮が衝突するので好漁場が形成される。世界の有数な漁場のひとつ。ところが、チリ沖、アフリカ南岸(ケープタウン沖)、アフリカ西岸、アルゼンチン沖、アメリカ東岸でも多くの魚がとれる。これらの漁場は、ところによっては暖流はないか、あってもその勢いは弱い。潮日、潮境を見つけて操業しろと学生時代に教えられた。アフリカをはじめとした海外漁場では、ほとんど関係がなかったようだ。時化たら、潮目も消えてなくなるのだから、どうしようもない。
⑦アルゼンチン沖に進出したあと、各船長にこの漁場は長く続くだろうかと意見を求めたところ、長く続くと回答したものは、ひとりもいなかった。私も同じ考えだった。ところがまだ続いている。10年以上にもなる。推測方法がどこか間違っていたのだ。
⑧エビがとれるところでは、石油がでるといわれている。なぜだろうか。漁獲報告には、底質の記入欄がある。底質と魚は関係があるのだろうか。
⑨イワシが消えつつある。その原因はまだ解明できていない。イワシと交代ででてくる魚種はなにか。どのくらいの規模になるのか。ニシンも消えて久しい。どこに行ったのだろう。森の減少と関係があるのではないかという人もいる。アイスランド、ノルウェーあたりは、山にほとんど木がないそうだ。そのようなところでもニシンが、かなりとれている。本当に木とニシンは関係があるのだろうか。
⑩ニュージーランド沖の水深700メートルくらいのところで、オレンジラフイを漁獲した。その当時、深海には魚がいないとか、深海魚は商用魚にならないとかいろいろな説がでていた。今では、1,000メートル以深でもかなりの漁獲がある。食用対象魚は、水深何メートルあたりまでいるのだろうか。水深何メートルから深海というのだろうか。

 海も魚もミステリアスなところばかりだ。海の中がわからなければ、漁業はムダが多くなる。海と魚の研究が進まなければ、その重要性がわからずゴミ捨て場と化していく。以西(東支那海)事業の全面見直しを行ったことがある。前述した多くの疑問もあり、ありとあらゆる漁業関係ならびに海洋関係の専門書を購入し調べもしてみた。多くの研究者にも聞いてみた。しかし納得できるこたえは得られなかった。
 昭和59年(1984年)のことである。日本には、漁業、海洋関係の専門書も一般書も少ない。その当時入手したのが、宇田道隆著の『海』であり、『海と漁と伝承』である。『海』の方に、たしか深層海流のことが書かれていたように記憶しているが、その本は、今は手元にない。熱心な船長がいてあげてしまった。その後、本屋を探しまわったが絶版となっていた。それ以降、深層海流のことが頭の中から消えたり、よみがえったりしていた。
 漁業関係の書籍のことをいえば、学生時代には皆無に等しかった。海のことを知るには、海事図書からであった。水産関係の専門書が多少増えてきたのは、昭和40年代の中頃だと聞いたことがある。ところが漁業関係の書物については、この当時でも最も少なかった。これで漁業先進国といえるのだろうかと思ったことがある。たとえ、あったとしても始末の悪いことに数式が多過ぎる。微分、積分を駆使している。当時でも私は学校を出て、20年近くになる。縁のあるのは、二次方程式や三角関数程度である。岩波新書や中公新書などでの文庫本では、数式が五つ以上出てくる書物は売れないことを知っているのだろうかと思いながら、やむをえず購入したりもした。ご参考までに、ジェレミー・リフキン著(竹内均訳)『エントロピーの法則(上・下)』などは、数式がゼロである。誤解されてはいけないので念のため記しておくが、川上太左英著『漁業解析入門』などを指しているのではない。日本では、数少ない名著と思っている。その川上
太左英が同書のあとがきにこう記している。「故寺田寅彦博士が旧水産講習所の実習で網を曳いたり、水槽実験で電磁音叉を用いて網の抵抗を測定したりして漁具工学の第一歩を踏み出してから65年、田内森三郎先生が網地の抵抗の理論と模型法則を掲示してから45年以上の歳月が経過した。他の分野の学問では、10年もたつと見違えるほどに学問の水準が進歩するのに、この分野では、めだった進歩の跡が見えないのは、まことに残念である。本書が若い熱心な同志の方々のこの道への誘い水になることを念願する次第である。」
 日本の研究者の書物に数字が多いのは、フィールドに出る予算がなく、自室でペンと頭で海と魚を知ろうとしているのではなかろうか。もし、そうだとしたら大きな間違いだ。宇田道隆の「自然科学を志す者は、常に鋭い観察者であらねばならぬ」である。豊田左吉は、「技術者の力は1日に手を何度洗ったかで決まる」というようなことを言っている。
 アメリカは、原子力潜水艦で北極海を調査している。現場に自由に行ける予算くらいは、関係当局が考えるべきである。多少横道にそれた。この章は『海の神秘』である。本論に入ることとする。
 まず、宇田道隆著『海と漁と伝承』の一部を引用し、海の神秘の道に踏みこんでいくこととする。「まず重要な発見は、海・気・魚・漁の微妙な連関に従来充分な科学的解明がなされていない事実である。台風・熱帯低気圧・強烈な季節風連吹・突風・大地震・津波等でひき起こされる海中の敏感な反応的変化である。海は意外に迅速に反応変化し、それを波動的に遠達している。海中生物は異微に極めて敏感に対応する。そして海中に十数年、数十年の長期的大変動があり、魚族は相互に連動的にあるいは反動的に変動を起こす。食物連鎖に対応する回避や資源消長の変化もある。ニシン・マイワシ・マグロ・カツオ・サンマ・アジ・サバ・イカ・タコ、などに歴然たる長期変化がある。地域的変化に相関があり、生物の生態的反応にも型がある。上層と下層の水、生物の動き、季節的沿岸湧昇もある。吾々はこれらを究明し、将来最良の栽培漁場をつくり出し、回遊、資源の管理も可能となるであろう。海況、気況の長期予報も可能となるであろう。・・・筆者は物理的方面を主として黒潮とか潮境とかに焦点をおいて漁場学的研究を進めて来た。その原理は、七つの海に共通するものがあることを知った。」
 前段の文章については、納得できる部分が多いが、後段の傍線の部分については、理解しがたい点が多い。日本より少なくとも400〜500年前から、海と魚を研究してきている実績のある欧米の科学者が、海は神秘であり、わからぬことばかりだと言っているのにまだ緒についたばかりの日本で、なぜここまで論が飛躍したのか理解に苦しむ。昭和57年出版の書である。
 海洋に関して、何気なく使われる用語として「潮流異変」「黒潮異変」「蛇行現象」「大きな冷水塊」などがある。これらの用語について、少し掘り下げて考えてみる。
 第一に、いつも漁業の問題としかとらえていない。気象への影響をふれていない。第二に潮流異変として潮流という用語を使っている。この黒潮は明らかに海流である。第三に蛇行の原因分析が行われていない。たとえば、他の海流との関連があるのかどうかという点など。そして冷水塊という用語であるがこの定義はどうなっているのか。広辞苑では「周囲より冷たい海水域。多くは深層水が海表面に湧き昇ったために生ずる。」とある。この冷水塊は湧昇流(upwelling)とよぶべきではないのか。
 日本の書物を読んでいると、海流(Current)と潮(Tide)の使い分けがあいまいなような気がする。「潮流異変」ということばを、英訳(直訳)したら世界の海洋学者は、びっくり仰天するか、一笑にふすかのどちらかだろう。潮流に異変が起こるということは、地球と月と太陽のバランスがくずれた結果に起こるものだ。このことについては後述するが、大きな自然変動が起こることを意味するのだ。辞書をひいてみると、潮が頭につく字は、潮目、潮時、潮風、潮路、など枚挙にいとまがない。ところが、海流を冠におくことばは見えない。想像になるが、おそらく、明治維新まで、日本には海流という概念がなかったのではなかろうか。この言語は明治に入って、Currentを翻訳した新しいことばと考えてはまちがいだろうか。『房州・銚子近海で、例年三、四日「潮腐れ」といい、海が汚濁し、微かに赤みを帯び、出潮多く、冷たい。陸から沖に向かって岬沖など二、三条の「縞潮」を見、晩春に多く見られ、北上流の「真潮」と南下流の「逆潮」が相接衝し、表層流と下層流の異なる「二重潮」を示す。』と『海と漁と伝承』に記述されている。同じような表現が紀州、熊野灘沖の黒潮についてもつかわれている。この二重潮というのは、表層は黒潮表層海流であることは確かだが、底潮は黒潮海流の中層流か親潮寒流か明確ではない。いずれにしても、日本では海流と潮流の使いわけがあいまいだ。昭和57年の時点でも、深層海流、湧昇流ということばが明確に使われていない。現在でも、海洋の気象に対する影響についても、気象学者がそれを認めつつも、一般化されていない。日本の海洋研究は遅れているとしかいいようがない。海洋がわからなければ魚の生態系はわからない。
 ここまで述べてきた数々の謎や難問を私にはとくことができない。他人の知恵を借りるしかない。レイチェル・カーソンに登場していただく。
 『海辺(The Edge of the Sea)』の訳者上遠恵子の著者紹介では、
 「こんにち、環境問題を語るとき『沈黙の春』はかならずといってよいほど引き合いに出されるが、レイチェル・カーソンの名は日本ではあまり知られていない。まして、彼女が生物学者であり『われらをめぐる海(The Sea around Us.1951)』『潮風の下に(Under Sea Wind 1942)』そして、本書の『海辺(The Edge of the Sea)』の作者でいずれも、ベストセラーになっていることを知る人は、それほど多くないのではなかろうか。・・・1951年『われらをめぐる海』を出版することができた。この作品は地球の誕生から海の起源、潮の流れ、生物、海流についてなど主に海の物理的な面について14章に分けて書かれている。『島の誕生』という章には、ウエスティングハウス科学賞が与えられた。発行されると同時にベストセラーになり、86週間もその地位を保ち3ヶ国に訳されている。ニューヨーク・タイムズは、『文学上の才能をあわせ持つ科学者は一世紀に、一人か二人しか現れない。カーソン女史は、まさにその一人である。』と絶賛した。」となっている。
 その日本語訳の『われらをめぐる海』は絶版となっている。したがって、たまたま入手した『Sea around Us』の関係する部分にそって海洋と魚のなぞ解きに入っていく。私の英語力では、この本に挑戦するには貧弱すぎる。いろいろと翻訳から生ずる誤解もあることと思う。読者の方のご指摘を乞いたい。それにしても、1951年の時点で、地球の誕生、海の起源、潮の流れ、生物、海流などがここまでわかっていたのかと感心させられる。私が、トロール船でアフリカやアメリカ東岸などに行ったのが1964年頃。当時資料となるものは、海図と水路図誌のみである。海流については、ラプラドル海流やメキシコ湾流が存在するのを知る程度の知識だ。もちろん、その海流も表層海流。底質がどうなっているか、投網したあと、どんな海底がまちうけているか予想もつかない。魚群探知機といっても精度のよいものでもなく、あまり信頼できない。たとえ、信頼できたとしても網が船のコース上にあることは、めったにない。50メートルから100メートル位はいつもはずれている。もちろん、何が網に入ってくるのか予想もつかない。はじめての漁場では、どの船長も不安である。船長が口ぐせにしていることばがある。「網を入れても大丈夫かな。底の方はどうか。・・・これは漁獲のことを言っているのではない。投網したあとの不安である。底質が固く崖などが出てくれば、いくら強い漁具でも大破網があったりして、大きな損失がでるからだ。その損失ははかり知れないものがある。漁具経費だけではない。乗組員の漁具修復に要する時間、その間の生産の低下、鮮度低下による品質のグレードダウン。そしてクルーの志気の低下である。山をみて、網を曳けと教えられていたが、なにしろ山がないのだから。陸地の地形は砂漠。勝手がちがう。日本での漁業者としての知識が通用しない。漁業に限らず、人間は、程度の差はあるにしても、今までの知識経験が通じなければとまどうものだ。
 アメリカ東岸沖でのこと、魚群探知機に、ニシンの反応らしきものがでた。万一、間違って網を大破させたら大変なことになる。乗組員幹部を集めて、魚群探知機の反応について協議した。幹部のなかに、ニシン操業の経験者がいた。その経験者が、この反応はニシンと保証してくれたので、ひき続き曳網することとした。揚網が楽しみである。なにしろ、新漁場で新魚種の漁獲であるから、ビッグニュースになる。ところが揚網してみると、全くのから網ではなかったが、その新魚種は飛行機の翼だった。1965年頃のことである。脇道にそれた。レイチェル・カーソンにもどる。カーソンの論の進め方は、・地球の誕生・潮と引力・表層の生物・深海の生物・海底とその物質・風と海水——潮流と表層海流・中層流、湧昇流、深層海流と生物・潮と生物・海の役割——サーモスタット(自動温度調節器)となっている。海の動きを中心に生物とのかかわりあいを刻銘に叙述している。とくに、深層海流と潮汐の役割についての洞察力は鋭い。別の書『海辺』では、判明している海辺の生物すべてを扱っているようだ。地球が誕生し、海洋ができるずっと以前から太陽と月の引力で潮汐が起こり、そして大きな海洋ができ、その海洋に海洋生物が存在し、永い時間が経過したあと陸上の生物の発生をみる。海中の生物のことを知るには海洋を、そのなかで特に重要なのは、潮汐、湧昇流、深層海流だと言っているようだ。
 アメリカの大学の入門書となっている『マリン・ライフ』の展開も地球の誕生からはじまっており、多少順序がことなるが、カーソンの論の展開と酷似している。最後の章が海洋汚染だ。その水準は高い。日本の大学・高校の教科書も、ここまで踏みこんでいないとすれば学ぶべきところが多い。参考にすべきだと思っている。諸外国のよいところは吸収すべきだ。自然科学の研究については、欧米と日本では歴史がちがう。500年以上の歴史をもつ欧米と100年足らずの日本とでは、その研究の蓄積に差があってもおかしくはない。『The Wealth of Oceans』によれば「アメリカでの海の積極的な探究は第二次世界大戦中だ。船舶が航行し、潜水艦が潜行する海中の地勢についての基本的な考え方をもっと持たねばならない。潮流・海流・波の行動を予測する能力が軍事行動の成否を決することになるが、海のダイナミクスの知識が乏しい」として、なんと第二次世界大戦中に海洋調査が実施されたのである。余裕であるとともに、探究心の強さには敬服に値する。
 深層海流などについて、カーソンはその著『The Sea Around Us』で次のように述べている。
 「海洋学で、もっとも画期的なでき事は、南赤道海流の下を流れている力強い海流の発見であった。反流の核は、海面下300フィートにある。この中層海流(Subsurface Current)の幅は、およそ200マイルで、スピードは3ノット、赤道沿いに東方向へ少なくとも3,500マイル流れている。1958年スクリプス海洋研究所が、同じ調査を行い、さらに、これを証明した。海洋の深海での循環は、一般に考えられているよりも、かなり複雑で、東の方への早い流れの下には、別のものがあり、西方へ流れている。太平洋赤道海流の上層から0.5マイルの水深までのところだけでも3つの大きな河がある。それぞれが、ほかのものと独立したコースを流れている。このような調査が、海洋の底のあらゆるところで行われれば、さらに複雑な姿が明らかにされてくるだろう。
 英国とアメリカの海洋学者が湾岸流とブラジル海流の下に、北から南大西洋に流れている反流を発見した。湧昇流のエキサイティングな出現は、比較的少数の人にしか認められていないけれども、そのプロセスは多くの海岸沖や海洋での多くの場所で起きている。湧昇流の起きているところはどこでも、豊かな生物がみられる。世界の大きな漁場のなかには、湧昇流に依存しているところがある。

写真2-1

・アルジェリア沿岸——有名なイワシ漁場。
・モロッコ西岸、カナリ諸島、ケープヴェルデ諸島の反対の海域、アフリカの南西岸——大きな湧昇流、豊富な海洋生物。
・オマーンの近くのアラビア海、ケープハフンの付近のソマリ沿岸——深部からの冷たい水の湧昇。
・アセンション島の北(南赤道海流)——舌状の冷水域。
・サウス・ジョウジア島(ホーン岬の東)——世界の鯨センターのひとつ。
・アメリカ西岸——1年に10億ポンドのイワシの漁獲。

 漁業は、湧昇流をのぞいて存在しない。そこでは、古くて緊密な生物の連鎖で——塩分——珪藻類——橈脚類——ニシンが発生する。フンボルト海流では、驚くほど生物が豊かである。これも湧昇流によるもので、ガラパゴス島までの2,500マイルのコースで、海流中の水を冷たくさせているだけでなく、深層部から栄養塩を湧昇させている。湧昇流が沿岸水域で起こるのは、風、表層流、地球の自転、大陸棚の隠れたスロープの形状などのいくつかの力の相互作用である。たとえば地球の自転で偏向した影響と結合した風が表層水を沖合に運ぶ時、移送された水の跡をうめ合わせるため、深層水が上昇し、水を入れかえさせるという湧昇流が一般的に生じているが、全く異なった理由から海洋でも起こっている。二つの強く流れる海流が分散するところはどこでも、流れを分岐する場所をうずめるため下層から上昇させねばならない。このような場所は、太平洋の赤道海流の最も西の端にある。そこでは、力強い流れがかわり、その水の一部が反流の方に注きこまれる。日本の最北端もそうである。主流が地球の自転の力の影響を受け、右方向に偏向することによって北方向への強い力が生ずる。より少ない流れが、再び変わり東太平洋の方に流れることによって、大小の渦が生ずる。その流れの間のグループ(わだち)をうずめるために、下から突き上ってくる。スウェーデンの海洋学者が、これら分散する海域のもとでは、堆積層が例外的に厚く、その層は、この場所で死んだり、生息していた微小動物の数十億の残留物が構成されていたと報告している。
 表層水の深層への動きは、湧昇流と同様その発生は劇的なものだ。たぶん、その神秘は、豊かな感性をもつ人びとの心に、畏敬の念を抱かせる。いくつかの場所で、大量の水の下方への流れが、定期的に行われている。私達は、わずかな知識しか持ち合わせてはいないが、この水は深層海流のコースに入っていく。私達が知っているのは、海洋の全ての部分でバランスがとれており、他の流れで借りたものはどこかでその一部をもどすことになっている。たとえば、北大西洋は赤道海流を経由して南大西洋から毎秒600万立方メートルの表層水を受けている。その返却は、深層部からで、一部は北極海の冷たい水、また、一部は栄養分の多い暖かい水、地中海の水となっている。北極海の下降流は、二ヶ所ある。ひとつは、ラブラドル海にあり、いまひとつは、グリーンランドの南東にある。沈降する水の量は、巨大なもので毎秒200万立方メートル。地中海の深層海流は、大西洋と、地中海のベイスン(海盆)に分かれている貫入岩床の上を大西洋へ流れている。表層海流は、地中海におよそ3ノットの速力で流入している。大西洋へ流れ出ている深層海流はさらに強くなっている。外向きへの流れは非常に活発になっているので、測定するために送り出した海洋測定器具がこわされたりすることで知られている。大西洋の北極海域で沈んでいる水は、ジブラルタルの貫入岩床で流出しているのと同じように、海洋のベイスンの底部に幅広く拡がっている。大西洋を横切り、赤道をクロスし南に続く。南極海から北に向う一つの水の層の間を通過。南極海の水のいくつかは、大西洋でまじり合い南にもどる。しかし、ほかの南極の海流は、赤道を横切り、北に動きケープ・ハッテラスの緯度までたどっていくことになる。これら深層海流の流れのペースは、非常に重くゆっくりしている。氷の重い水が這っているのが測定された。しかし、その量はぼう大でありそのエリアは世界中にわたっている。このように地球をさまよっている深層海流は、深く暗い層の生物(海の動物相)を移動させる役割を演じている。深層水に住む無脊椎動物や魚の同じ種が、南アフリカ沖やグリーンランド沖で収集されたことが意義深く思えてくる。バミューダでは、ほかのどこよりも大きな変化が深海でみられる。大西洋、北極海、地中海の水がまざり合っているところだ。おそらく、太陽の光の当たらない海流のなかでゆっくりとした変化のない性質のため、深海の奇妙な動物が数世代にわたって流れ、そして生き残り増加していったのであろう。」以上が、カーソンの湧昇流、深層海流についての文章の一節である。私の謎が、少しずつ解けてくる。先に進む前に、この深層海流が定説かどうか、ほかの書で検証していく。

写真2-2

 『マリン・ライフ』は、アメリカの大学の教科書と考えて差支えないだろう。1976年初版で現在五版となっている。執筆陣と参考文献はぼう大なものである。深層海流に関連する部分を抜粋する。
 「垂直方向の水の動きは、沈降や湧昇の過程で生ずる。密度が増大していく時沈んでいく。水がしずんでいく主なエリアは、表層水温の低い、冷たい緯度に位置している。これらの水の流れは、ゆっくりしており明確にされていない。北大西洋で沈み、南半球で再び表面に表われてくるには、数百年から数千年のタイム・スパンが必要とされる。上昇する水塊は湧昇のプロセスで発生する。その原因がどうであろうとも、すべての湧昇のプロセスが、深いところの栄養塩水を表層にもたらす。世界のもっとも重要な漁業のいくつかは、湧昇水域がベースになっている。地中海の乾燥した気候では、海の表面からの蒸発が降雨量や流出量を大幅に越える。その結果として高塩分の水が沈み、地中海のベイスン(海盆)のより深い部分をうずめることになる。流出と蒸発による損失をうずめるため、大西洋表層水のほぼ200万立方メートル(毎秒)が流入してくる。ジブラルタルの海流は、上下で二つの反対方向に流れている二つの河に例えられている。(この説明の部分には、深層海流の一般的パターンとして、海流図(1985 Broecker)が、掲載されている。)『The Wealth of Oceans』にもこの深層海流のことを「グローバル・コンベアベルト」と称し、つぎのように記している。
 「海流の最大の循環のパターンは、地球規模でコンベアベルトのように動いている。極の近くで沈む冷たくて密度の高い水ではじまる循環は、海洋の深部を通って循環し、インド洋、大西洋、太平洋で再び表面にでて、極の方へ表面を流れて沈む。水の一度の沈降が、全体の旅を終えるには、1000年を要する。海水の莫大な量を運びながら、コンベアベルトは、地球全体にぼう大な熱も運んでいる。1962年に核実験禁止条約が調印されたが、その前には多くの核実験が行われ、大気中に高い放射性物質を放出した。20年にわたる水のサンプリングが放射能追跡子の道を明らかにした。それらは水の中に入り、北大西洋深層海流の流れにのった。1964年までに放射性三重水素が、北大西洋の表層水から検出された。この水は海底に沈むのにおよそ10年かかり、沈んだあと10年経って、同じ三重水素が、フロリダ沖の深海で検出された。20年という期間で、一年に150マイルのスピード(一日に約90フィート)で3,OOOマイルの旅をしたことになる。北大西洋の深層海流は、南極海のウェデルシーから流れている同種の海流と合流するまで南を旅する。これら二つの大きな海流の遭遇は、世界中の海洋のベイスン(海盆)の中に、冷たい水を深く沈める。そして大陸の西端に当ったとき、再び上昇してくる。この水は大西洋・インド洋・太平洋での拡散を通して、その表面をゆっくり動いている。だが、湧昇流のほとんどは南極海で起こっている。地球をめぐっている水と熱のコンベアベルトの動きは、地球の生命にとって深く、幅広い影響を与えている。海岸や内陸部での天候にも影響している。冷たい深層水は、暖かい表層水よりも大量の酸素と重要な栄養分を有している。そして、このコンベアベルトが、この豊かな富の配達を手助けしている。深層水は、湧昇流を通して、太陽光の当るゾーンに酸素と栄養分を運ぶ。このように、湧昇流は海洋の生物や人間の経済的利益に、特別な重要性をもっている。というのは、 表層水のほとんどは、深層水より栄養分において貧弱である。一方植物は、栄えるために、太陽光を必要としている。湧昇流は、海洋生物にとって理想的な成長を行う諸条件を有する局限城をつくり出している。世界のもっとも豊かな漁場は、大陸の西端に沿う海域に存在している。そこでは、冷たい水が上昇している。湧昇流域は、海の表面の0.1パーセントであるけれども、世界の漁獲の半分はこの海域で行われている。」
 表現は、前二者と多少の相違はあるにしても、その大筋はかわらない。深層海流、湧昇流の重要性が明快に指摘されている。漁場形成のもっとも重要な要素が、湧昇流であることは充分理解できたと思う。
 アル・ゴアも深層海流についてふれている。その一部を前述したが、何やらぶっそうなことが起こりつつある。
 「1991年にコロンビア大学のラモント・ドハティ地理学観察所のピーター・シュロッサとその共同研究者が、1980年代を通じてメキシコ湾流に対応する冷たい深層海流という重要な海の熱ポンプが突然説明できない理由で約80パーセントも速度を落とし淀んだ海水の塊のようになったと発表。科学者達は、この海の熱ポンプが気候変化に及ぼす影響について、特に関心をよせている。それは、約10,800年前にこのポンプが突然速度を落とし、歴史上最も劇的な突発的な気候変動の一つの原因となったことが知られているからだ。」と述べている。
 なぜか日本では、これだけ大事な「海の熱ポンプ」がポピュラーになっていない。東海大学出版会発行の木村竜治著『流れの科学』(1984年3月)では、全く記されていない。共立科学ブックス出版の富永政英著『海洋・大気・人間』(昭和59年2月1日)でも、湧昇流について次の通り記されている程度だ。
 「冷水塊」——冷水の源は、深層の水を考えられるが、どのようなメカニズムで表面まで湧き昇ってくるかまだはっきりしない。・・・大気におよぼす海洋の影響の大規模、かつ長期にわたる現象は全地球的な気候の変動である。さし当たってわれわれの念頭に浮かぶのは将来地球上は寒冷なのか、温暖なのか、降水量の多寡はどうなるのかといった基本的なことである。海洋に接していてもアラビア半島は砂漠だし、オーストラリア中央から南西域も広大な砂漠である。気象と海洋の関係はまだわからないことばかりといっても過言ではない。近年の気象学は海洋ぬきには説明できない現象をかかえ込んで、その解決に向かって世界的に動きつつある。かつて海洋の利用は船舶による運輸と食料源としての漁業にのみであった。」とある。日本と欧米との海洋に関する認識、科学の差は余りにもひらきすぎている。レイチェル・カーソンの著『The Sea around Us』は、1951年に出版されている。日本の科学者が知らないことが、欧米では一般化されている。残念なことだ。湧昇流域の陸地がなぜ砂漠化されているのかも、同著では説明されている。
 私の知るかぎりでは、1991年初版、1995年第五刷、日本海洋学会編『海と地球環境』の中で、深層海流について紹介されているが、気象に対する影響まで記されていない。
 この書では、深層海流をはじめて明らかにしたのは1958年のストンメルとしている。 一方、レイチェル・カーソンの書の出版は、1951年である。この書の執筆には、3年位要したといわれている。多少気になるところであるが、そのことについては言及すまい。いずれにしても、カーソンが新しい学説をとり入れ普及させたことは確かであろう。勇気のいることである。深層海流にしても、湧昇流にしても、わが国の水産関係の書物にはほとんど記述されていない。わずかに海洋関係の専門書『海と地球環境』で紹介されているにすぎない。カーソンの書は、欧米でベストセラーになっている。欧米との海洋・海洋生物などの知識の差はひらくばかりだ。そのことだけではすまされない。海の生態系・海の環境問題・気象・食糧の問題などにも、この知識の欠如が影響を与えるのだ。アメリカ議会で「科学は誰のために」といわれ審議されたのが19世紀。どうなっているのか日本といいたい。なぜか、日本の水産関係では、世界が認知している湧昇流も深層海流も認知していない。漁場形成の根拠の主流は依然として潮目、潮境界論となっている。このことについても後述する。

2 海の熱波—エル・ニーニョ

わが国では、エル・ニーニョについての認識も一部の関係者のみで、一般国民にも余り知られていない。食糧を大きく輸入に依存する日本としては、南半球で発生する大きな自然変動についても、無関心ではいられないはずだ。フンボルト海流(寒流)の湧昇流が、赤道海流(暖流)にブロックされ発生するエル・ニーニョは『The Wealth of Oceans』に1982——83年の惨状を詳細に記述している。まさに海の熱波である。海の熱波がひき起こした陸の熱波でインカ帝国も滅亡したのではなかろうか。

写真2-4

・ 南米沖の生産量が通常の四分の一から五分の一となる。
・ 東太平洋一帯でサンゴ礁の生態系を大破壊——コスタリカ・パナマ・コロンビアでサンゴは70パーセントから90パーセント死滅。
・ ガラパゴスでサンゴの死亡率は95パーセントをこえた。
・ 一方、いくつかの種はエル・ニーニョから恩恵を受けた。暖かい水域の拡がりにより、カツオ、イルカのような種が増加。
・ 帆立のようないくつかの種の爆発的増加をもたらした。
・ 海底へ沈んでいく暖かい水の動きは、底にとけない酸素の増加をひきおこし、新しい環境条件が設定された。
・ 沿岸地方のみではおさまらず、内陸部にも影響を与え、各地でかんばつをひき起こし、他方では大雨をもたらした。
・ パナマは広範囲なかんばつを経験し、熱帯林はしおれ死滅するものもあった。
・ 厳しいかんばつは、インドネシア・オーストラリア・アメリカ・アフリカの一部、南米でも発生した。
・ インドネシアのかんばつは、穀物とくに米の生産高を減じた。山林火災が起こり、多くの森に損害を与えた。森林分野で60億ドルの損失。このダメージにより飢餓、病気の発生、数百人の死亡者を出した。
・ オーストラリアもかんばつにより穀物と家畜の損失を出す。ブッシュの火災がその損害を複雑にし、大麦・小麦・オート麦の収穫は半分までに落ちた。数百万頭の羊と牛も失われ、数十億ドルの経済的損失となった。
・ ブラジルを襲ったかんばつも、農業生産の減少をひき起こす。南部だけでも、かんばつによる農業被害は、92,400万ドル。2,500万トンの表土の損失。数十万人のホームレスが出る。
・ インドでは、かんばつが全国の3分の1に影響を与えた。ジンバブエ・セネガル・モーリタニア・南アフリカへと拡がっていった。
・ アメリカ中心部のかんばつは、トウモロコシで30億ドル、綿花で48,000万ドル、大豆で67,000万ドルの損失におよんだ。
・ 極端な例では、アタカマ・ペルー砂漠に大雨。エクアドルの降雨は1984年で通常の四倍。ペルー・エクアドルの豪雨は農業に損失を与えた。カリフォルニアの洪水は2億ドルの損失。
・ 暖かい海の表面は、多くの熱帯の嵐をひき起こし、ハリケーンIWAは、ハワイに23,400万ドルの被害を与えた。フランス領ポリネシアでは、1982年12月から1983年4月までに、6つのハリケーンが発生。
・ アメリカ東岸では、25年間で最も暖かい冬となり、エネルギー節約が5億ドルとなった。

 さらに続く。「最近の研究が示唆しているのは、エル・ニーニョの海洋への影響は非常に長く続くということである。1982-83年のエル・ニーニョの後の10年間は、その波動が太平洋を横断し、日本の近くの黒潮海流と合流し、そのコースを偏向させ、北西太平洋で表面水温を上昇させている。科学者達は、最も強いエル・ニーニョによって生じた海洋のかずかずの変化は、1983年以降続いている10年間の北米大陸の天候のパターンに影響を与えているのではないかと言っている。」フンボルト海流の消長による影響は広範囲にわたる。人類に自然変動のおそろしさを知らしめる。食糧を輸入に頼っている日本国民も強いエル・ニーニョが、一旦発生すれば世界の食糧庫が破壊され、買いたくても買えない状態が起こるということを知らなければならない。決して誇張して言っているのではない。エル・ニーニョは次にいつ発生するかはわからないが、その時は少なくとも人口はさらに増加し、後進国や発展途上国も経済発展し、食糧輸入国が増加し、輸入競争も激化することが予測される。さらに悪いことには、地球の環境汚染や温暖化が進むことである。オゾン層の破壊の影響については、「カリフォルニア大学の研究者は、オゾンホールの下では紫外線が植物プランクトンの増加を6〜12パーセントは低下させ、南極の食物連鎖と生物ポンプへの寄与を妨げてしまう。海面付近の幼生体やサンゴなどの海洋生物も上昇する紫外線レベルに苦しめられる。オゾン層破壊が進めば、こうした被害は等比級数的に増えるかもしれない。」(地球白書1994-95)ということも、我が国ではあまり知られていない。ただ、大きな自然変動は人類に大打撃を与えることになるが、海の生物はリプレイス(代わる)される。専門用語で魚種交代といわれている。
 「もっとも有名なドラマティックなエル・ニーニョで関連する魚資源の減少は、アンチョビである。1972年のエル・ニーニョの初期では、アンチョビは沿岸に沿って冷たい水域の狭い帯の方に集まることを余儀なくされる。魚が濃密になってくるので通常(群れがバラバラ)よりも多くのアンチョビを漁獲する。アンチョビが減少するにつれて、イワシの資源はアンチョビにリプレイスしていく。しかしながら、イワシはアンチョビほど決して豊かにならなかった。そしてアンチョビ資源がゆっくり回復してきた。」(The Wealth of Oceans)この文章は、日本近海の「イワシ」にそのまま当てはめてもよいのではなかろうか。
 日本では、湧昇流についても深層海流と同じように認知していないのではなかろうかと先述した。しかし、川崎健は、湧昇流について記述している。『魚と環境』の「種と環境」の項の一部を抜粋する。
 「一次生産によってつくられた植物プランクトンは、食べられて動物プランクトンや小魚のからだを構成する。これを二次生産という。一般に一次生産力が高くなる条件として、海の表面の冷却による鉛直混合をあげた。しかし栄養塩が表層に運ばれる機構はこれだけではない。生産力の高い水域として沿岸域があげられる。これは、陸地からの栄養分が河川によって流出するためである。とくに揚子江とかアマゾン河のような大きな河の出口では生産力が高い。生産力のきわめて高い水域として湧昇流をあげることができる。湧昇というのは下層の水が表面に上昇してくるような海水の鉛直運動の過程をいう。湧昇はいろいろなところで起こるが、大陸の西岸沿いにふつうにみられる。もっともいちじるしい湧昇は、アメリカ西岸、ペルー、モロッコ、南アフリカ、オーストラリア西岸沖でみられる。大陸の西側で赤道に向かって風が吹き続けると沿岸の水は地球の自転の偏向力によって、北半球では右に偏向し、南半球では左に偏向し、いずれも離岸流となる。このため表層の水が沖へ移動したのを補うために下層から水が上昇するのである。・・・ペルー沖のカタクチイワシの場合は、もっとも顕著な例であるが、要するに一次生産力の高いところは二次生産力も高く、したがって魚も多い。ということは一般にいうことができる。しかし一般論が強調されすぎるとさまざまな弊害が生じてくる。その弊害の一つのあらわれを著者は”生物学における生産力理論”とよんでいる。この生産力理論は、魚にたいして環境のもつ意義の重要性は強調するが、一次生産が一方的に魚の分布や変動を規定するのだとして、種や発育段階、生活周期による魚の環境にたいする適応性のちがいを無視してしまうのである。この実例を太平洋におけるカツオ、マグロ類の研究でみよう。・・・しかし、一次生産力の高い暖水域には、必ずマグロ類が豊富に分布しているか、あるいはマグロが多いところは、必ず一次生産力が高いかといえば、必ずしもそうとはいえないのである。」以上の通りだ。述べている意味は理解できる。問題は、傍線部分である。「一般論」とか「さまざまな弊害」という言葉である。湧昇流域は海の表面の0.1パーセントであるけれども世界の漁獲の半分はこの海域で行われている。湧昇流は海洋の生物や人間の経済的利益に特別な重要性をもっていると世界の科学者は認めている。「さまざまな弊害」の意味のひとつが、たとえば人工魚礁だとすれば私もそう思う。Upwellingsを私は湧昇流と訳している。英々辞典も「upward currents」または「current of waters」となっている。日本では湧昇流という用語が曖昧だ。明確に定義されていないのではないだろうか。
 宇田道隆著『海と魚』では、「魚とプランクトンとをそれぞれ牧場での牛や羊や馬と牧草とに見立て栄養塩類すなわち隣酸塩、硝酸塩、球酸塩などは、その牧草を育てる肥料だという風にたとえることが出来るのである。・・・そこで、こんどは、その海の肥料はどういうところに豊富にあるのかが問題になる。海の深いところは、栄養塩類を豊富に蓄えている倉庫のようなものである。何故深いところがそのように栄養塩類を豊富に持っているかといえば、海の上層の方で死んだプランクトンや魚の尻体などがとけて下へ沈み蓄えられているからである。しかし、いかほど栄養分があっても、それが上の方へあがって来なければ、プランクトン繁殖のためには役立たないのであるから、深いところの水が上層へ上がって来るということが絶対に必要な条件である。それでは深いところの水はどういう場合に上へのほって来るのか。海底にひとところの山のようにもち上がったところがあって、下の方の流れがそれに当り、上へ昇る流れを起こすことがある。それが一つの場合である。沿岸で沖へ向かって吹く風のために上層の水が払い出されて、そのあとを補うために下層の水が湧き上がって来るという場合がある。それが一つである。また、栄養塩類が表層に上がるところは、暖かい方の海に少なく、寒い方の海に多い。同じ海でも季節によってちがう。夏に少なくて冬に多いのである。上層の水と下層の水の温度の差が多いところでは、つまり暖かい海では、密度の大きい水すなわち重い水は下へ止まっている。密度の小さい水、すなわち軽い水は上にのっている。それだから上下の水の混合が行われていない。ところが寒い方の海では、特に冬の海では、上の方も下の方も温度はだいたい同じである。したがって密度のちがいがない。時には表層の方が冷たいことすらある。その時には、上層の水が重いのでつり合いが悪い。そこで割合によく上下の水がまじり合うようになるのである。このようなときには、深いところの栄養塩類は豊富に上層に上がって来てその中にまじって、そのまま春をまっている。」
 以上が、宇田道隆の湧昇流についての記述だ。まず、傍線の部分「魚とプランクトンとを、それぞれの牧場での牛や羊や馬と牧草とに見立て・・・」が気になる。よいたとえではない。川崎健は海を原野といっている。私も数億年前から存在しているジャングルと理解している。魚はどう猛なけだものである。陸地では、植物が光合成するには土壌が必要だ。それも質の高い土があった方がよい。数千年以上堆積している腐葉土がもっともよいに決まっている。海ではそれが深層にある堆積物だ。河川からの栄養塩類は、決して質のよいものではない。深層からの栄養塩類には、たぶん薬の成分もふくまれているだろう。その栄養分を摂取するためには、陸上の植物の場合は根を深く張って吸収していくが、海の植物プランクトンは数百メートル以上も根を張らなければならない。そんなことは不可能だ。そこで上昇する流れをつくりださねばならない。それが湧昇流(上昇する流れ)だ。カーソンは海に浪費するものはないといっている。最近、高知県の研究機関だったか養殖に深層水を使ったら、発育もよく天然魚に近くなったといった記事を読んだ。リッチな栄養塩を使ったということだ。そのように考えていったら暖かい海でも湧昇流はないとおかしい。実際に暖かい海にも発生しているし、カーソンも記述している。自然界の仕組みはよくできている。最も大事なカレントである湧昇流の研究が日本で進んでいないのは、なぜかわからない。『マリン・ライフ』では数ページをさいている。潮目、潮境が漁場形成に重要な役割を果たすという論が、日本で主流をしめているようだが、経験からしても納得できがたい部分が多い。潮目はナギのときしかわからないはずだ。ところが、ナギの日なんかは外洋では、あまり出くわさない。漁は時化はじめた時の方がよくなる傾向があるから、私達はほとんど気にしない。そう考えていくと潮目はナギの時にのみ漁をする船に限定されてくる。小型船で、対象も表層魚のごく一部に絞られてくることになる。暖流と寒流とが衝突して不連続線ができ、水塊ができていく過程の理論は理解できるが、その後に続く漁場形成論は限定して考えるべきと思っている。「そして最後にちぎれた水の塊は、暖かい方の塊は冷たい水の流れの中へ、冷たい方のちぎれた水の塊は暖かい方から水の流れのなかへ、おのおの自分の流れからはなれて入ることになる。その時その塊は図で見るように渦巻になる。・・・このちぎれて、はなれた水の塊の直径は時には100カイリにもおよぶことがあるのだから、その水がなかなかまじってしまわないということも、うなずくことが出来るであろう。このようにして、日本の近海にはいろいろな水の塊がありそこに潮境がある。・・・そして潮境の動きを見ると漁の予報をすることが出来るのである。」(宇田道隆著『海と魚』)となっている。

図2-1.

 英語では「潮境」を「Current boundaries」と訳している。『Marine Climate, Weather And Fisheries』の著者、Taivo Laevastuも潮境を分析し、長く持続する潮境は、回遊魚の集中する位置として使用することができるとしているが、漁場形成する重要な要素として断定しているようではない。もちろん浮魚に限定している。もうひとつこの文章で気になる表現がある。「水の卵の直径は時には100カイリにもおよぶことがある。」というところだ。これを水塊という言葉で断定してよいのだろうか。潮境は表層流の収れんである。カーソンは、二つの強く流れる海流が分岐するところはどこでも流れが分岐する場所をうずめるために下層から上昇させねばならない。・・・日本の最北端もそうであるとしている。日本では、潮境論が主流となっているため、湧昇流・中層流・深層海流の研究が遅れているのではなかろうかと冒頭述べた。
 「日本海、放射性廃棄物投棄、影響なしとの結論」という記事が報道された。アメリカでは、20年後に三重水素が浮上してきたということを先に述べた。黒潮海流にしても親潮海流にしても、その解明が遅れている段階で、その結論は大丈夫かなと疑いたくなる。自然界というのはよくできていて人類が自然界を傷めつければ、その代償を払わねばならない仕組みになっているのだ。湧昇流が強くなってきているとすれば、魚種交代も起こるだろうし、漁場としての見直しも検討する必要性もでてくる。日本では、漁具漁法の制約が強すぎるため、中層および深海の魚種をつかみきっていないのではないかと考えている。大型トロール船で中層・深海の調査を行ってみる価値はある。土佐から紀州沖にかけては、鯨やイルカが旅をしているのだから、餌の魚がいないわけがない。それもゆったり泳いでいるところをみると豊富な魚やイカがいることになる。
 へミングウェイの『老人と海』につぎのような一節がある。「ふと見ると水中の藻が隣光を放っている。このあたりを漁師たちは、大井戸と呼んでいる。そこは急に700尋(ひろ)の深さに落ちこんでいて潮がその海底の急な傾斜にぶつかって生じる渦巻のため、あらゆる種類の魚がそこに集まってくるようだ。小海老や餌魚がいるかとおもうと、深い穴のなかにやりいかの一群が見つかったりする。それらは夜になると海面に浮きあがってきて来あわせた魚たちの餌食になってしまうのだ。」もちろん、ここに出てくる「潮」は「Current」である。それはさておき、ここに出てくる『大井戸』は原書では、『The great well』となっている。湧昇流は英語で「upwelling」である。そこでこの大井戸は湧昇流であるかどうかであるが、NASAによる全地球の湧昇流域図によれば、キューバ沖に湧昇流が発生している。もちろん、同図では、北海道沖の黒潮海流の転換点でも湧昇流域となっている。
 脇道にそれるが、上述の『来あわせた』をヘミングウェイは『Wandering(放浪する)』をつかっている。プランクトンはギリシャ語であるが『Wandering』の意味だそうだ。とすれば、来あわせた魚は回遊魚となる。
 黒潮海流についても親潮海流についても、日本では未解明な部分が多い。『海と地球環境』(日本海洋学会編)は次のように記している。
 「黒潮流量または流速と蛇行流路の対応が、実際の黒潮でどうなっているかは、まだよくわからない。推定方法がさまざまで不確かな上に、季節変動も海域による違いもある。流量計算、潮位資料、表面流の直接測流、係留計による直接測流、北太平洋の風の資料、熱帯で起こるエル・ニーニョの資料などを黒潮大蛇行と関係づけようとするたくさんの試みがある」要するに現段階では流路と流量とを明確に関係づける結論は得られていない。
 一方親潮については「北方海域の厳しい気象条件、また近年においては200海里体制や領土問題に関係した特殊な政治情勢に制約を受け、流速・流量あるいは流路といった親潮の海流としての具体的な特徴がいまだに十分把握されていない。親潮は黒潮とともになじみ深い海流であるのに、黒潮に比べると、未知の海流であるといってもよいほどである。」
 1982-83年のエル・ニーニョは海の熱波となり陸上の熱波をひき起こした。南阪急の穀物倉庫に壊滅的な打撃を与え、1984年の日本の異常冷水現象は、親潮海流の勢力が強くなり海の寒波が日本に厳冬をもたらした。これはエル・ニーニョと逆の現象だ。
 どうしたわけか日本では、大気が海洋に影響を与えているように論じられている。欧米では気象のを表層海流・湧昇流・深層海流の消長に求めている。「海の熱ポンプ」とか「コンペアベルト」という日本人には聞き慣れない言葉が一般的となっている。
 海は地球的平衡を維持するために、世界中の水温の分布を均一化しようとする性質をもっている。ということを、カーソンは『グローバル・サーモスタット』すなわち海は地球の自動温度調節器という表現をし、次のように述べている。「地球にとって海洋は大きな調整者であり、気温の大きなスタビライザーである。海洋がなければ、私達の世界は考えられないような厳しい極温が訪れたであろう。海洋は空気を支配している。大気の温度と湿度の影響は空気から海への小さな熱の移動に比べるとはるかに大きい。水1度(C)暖めるには、同量の空気の3,000倍の熱を必要とする。1立方メートルで1度(C)冷却するために失った熱は同量の空気3,000立方メートルの温度をひき上げることができる。空気の温度は大気圧に密接に関連する。空気が冷たいところは圧力が高くなる。暖かい空気は低気圧となる。海洋と空気の熱の移動は高気圧、低気圧帯を交代させる。」

図2-5.

 海はサーモ・スタットだから、エル・ニーニョで熱波が発生すれば、その逆の熱波が発生しても不思議なことでもなかろう。世界中の水温の分布の均一化がなければ、地球は極温となっていく。1982-83年のエル・ニーニョのあと、1984年に日本近海に寒波が発生したとすれば、エル・ニーニョと密接な関連ありとすべきと思う。ただ、日本では海洋が空気を支配しているという思想がうすいように思える。そのことにより、海洋変動と海洋資源の消長があいまいになってきている。1982年にエル・ニーニョが発生し、水温の分布の均一化のため親潮海流の勢力が強くなり、北海道・東北沖で湧昇流が発生。そのため冷夏となり農業にも影響がで、海洋資源にも被害がでた。一部には魚種交代があったかも知れない。このような論を展開する事に無理があるだろうか。地球は常にバランスを保とうとしている「EARTH IN THE BALANCE」である。日本は海洋についても、歴史が浅いからやむをえないことだが、産業に役立つ海洋の解明が急がれる。「私達は海洋よりも月の方をよく知っているのが現実だ。海の最深部だけでなく、神秘な海洋の5,000〜6,000メートルのところもわからない。深さ60メートルから90メートルの浅いところもわかっていない。」と言っているのはアメリカの海洋生物学者だ。
 ある本を読んでいたら「Gyres」という単語がでてきた。どの辞書をひいてもでてこない。もちろん、ジャイロコンパスの「Gyro」ではない。海洋のところを読んでいたのだから海洋の新しい用語であることはわかる。まさかと思ってアメリカの大学の入門書『マリン・ライフ』を調べてみると「大陸との境界を流れる南北の海流は大きな循環流(Gyres)を発生させる東西の海流と結びつく。同様な海流のパターンはほかの大きな海洋のベイスンでみられる。」となっている。ジャイルス・センターで表わされており、世界で五つある。当然湧昇流は発生するだろう。

3 深海で起こるグレイト・タイド(大潮流)——魚種交代

 地球が誕生すれば引力がはたらく。蒸発する蒸気が水となり潮流が起こり、海流も生まれてくる。やがて生物も誕生してくる。潮流も海洋生物の間には密接な関係がある。カーソンは、その著『海辺(生命のふるさと)』に次のように記している。
 「およそ四週間の周期の満ち欠けにつれて、潮は月に引かれて増減し干潮の高さも日ごとに変化する。満月のあとと新月のあとは、海に働きかけて潮の干満をつくり出す力が最も強くなる。なぜなら満月と新月には太陽と月が地球とまったく同一線上に並び、三者の引力が一緒に働くからである。そして大潮は、天文学上の複雑な理由によって、こうした月の位置に正確には合致せず、むしろ満月と新月の数日後に起こる。この期間中は他のいかなるときよりも満ち潮の位置は高く、引き潮は低くなる。この現象はサクソン語の sprungen に由来する Springtide(大潮)と呼ばれている。この言葉は季節とは関係がなく、溢れるばかりの大量の水から連想される「力強く、活動的」という意味である。断崖に押し寄せる新月の潮の動きを見れば、この言葉の妥当性に疑いを抱く人はいないだろう。月は上弦・下限になると太陽の引力に対して直角に引力を及ぼす。そこで二者の力は互いに妨害しあって潮の干満の動きはゆるやかになる。そのときの水位は大潮のときほど高くもなく低くもない。そのような穏やかな潮は neaps(小潮)と呼ばれている。この言葉は「やっと届く」とか「ほどほどに」を意味するスカンジナビアの古語に由来している。北米の大西洋岸には潮は半日に一回のリズムで動く。つまり24時間50分という潮の干満の一日の間に満潮と干潮が二回ずつあり、地方によって多少の違いはあるが、干潮と干潮の間隔は約12時間25分で満潮についてもまったく同じである。——さらに不可思議でとらえどころのない潮の働きがある。ときには水圧の変化、静かな水と流れる水の違いに対応しているのではないかと思われるほど、産卵と潮の動きが同調している。——海の動物の中でまったく異なる種に属する多くのものが、満月・新月・半月に符合するかのように、はっきりと決まったリズムによって産卵する。しかし、それらの現象が潮の圧力の変化によるものか日の光の変化によるものかは、どうしてもわからない。——動物は潮の干満に対して反応するのか、それとも潮と同じように月の作用に反応するのかは、はっきりしていない。しかし植物については状況は違っていて、生長に対する月の光の影響について古くから、そして世界的に信じられている事実について多くの科学的裏づけがなされている。数々の証拠によって、ケイ藻やそのほかの植物プランクトンの急速な増殖が、月の形態にかかわっていることが裏づけられている。ある川のプランクトン性藻類は満月のときにその殖え方がピークに達する。・・・そのほか、動物の生殖と成長は、かれらの摂取する植物とある種の関連があることが報告されている。成育途上の若いニシンは、植物性プランクトン群のまわりに集まり、完全に成熟したニシンはそこを避けるようである。その他の海の動物についても、産卵中の魚・卵・幼生が植物性プランクトンの密集しているところにより多く見出されるという報告がある。ある日本の研究者は、アオサから採った抽出物を用いてカキに産卵させることができた。という注目すべき実験結果を発表している。アオサはケイ藻の生長と増殖を促進する物質を生産し、自分自身はケイ藻が繁茂している付近から採取した水によって成育を促進されている。
——海の中では、時間と空間のいずれにも不可思議な去来がある。その一つは回遊性生物の移動である。また次々に変わった現象が一つの同じ地域で起こり、ある種の生物がたくさん現れ、いっとき全盛をきわめると死んでしまうが、別の種がこれに代わり、さらにその次がとってかわる、それはあたかも野外劇の中で私たちの目の前を通りすぎてゆく俳優の姿に似ている。」
 「赤潮の現象は古代から知られていて、今日に至るまでくり返し起こっている。これはある微生物(ダイノフラゲータである場合が多い。)が異常に増殖するために、海の色が変わる現象である。赤潮が起こると魚や無脊椎動物の大量死という悲惨な二次的影響を伴う。またある種の魚がいつもいかないところにどっと移動したりあるいは生息区域から忽然と姿を消してしまうことがある。その行動は奇妙で何かの間違いではないかと思えるが、経済的に少なからぬ影響を与えることが多い。いわゆる「大西洋海流」がイギリスの南岸に押し寄せると、プリマス漁場内のニシンは豊漁になり、特殊な動物性プランクトンが大量に発生し、さらにある種の無脊椎動物が潮間帯で活動する。しかし「イギリス海峡海流がとってかわると、そこに登場してくる生物の配役は大幅に変わる。海水とそこに含まれるすべてのものによって演じられる生物学上の役割が見出されたことで、古くからの神秘の数々が解き明かされるのも、間近いことであろう。海の中ですべてのものが単独で生きていけないことが今や明らかとなっているからである。ある種の生物がそこにすみ、そして広範囲に影響する物質を放出したという事実によって、水自体の化学的性質や生物の生き方に影響を与える能力が変えられるのである。」一方『The Sea around Us』では、海の中で発生する内部波、異常気象をひき起こしたといわれている大潮流(グレイト・タイド)についても詳しく述べられている。
 「13世紀のサガ(北欧の物語)は、グリーンランドに向けて航海している人々が、海面の氷のためアイスランドの西に直接に行くべきでないとの最初の警告が記録されているが、新しいルートの推薦はない。しかし、14世紀の終りになって古い航海ルートが廃止され、新しいルートは氷を避けるため南西寄りのコースとなった。初期のサガは、グリーンランドで成長している優れた質の豊かな果物や放牧している多くの牛についての話を伝えている。ノルウェーの定住者は現在氷の場所になっているところに住んでいた。グリーンランドでは13世紀と14世紀に厳しい気候を経験したが、ヨーロッパでも一連の異常なでき事とともに途方もない大災害(カタストロフィー)に見舞われている。オランダの沿岸は大洪水で荒廃。アイスランドでは、1300年代の初期、冬期に狼の群れがノルウェーからデンマークへ氷の上を渡って移動したという古い記録もある。バルティック海全体が凍りつき、スウェーデンとデンマークの島々との間が凍り、固い氷の橋の役目をした。その結果、ヨーロッパの南部では、異常な嵐・穀物の大不作・飢餓・病気などが多発した。アイスランドの文学は、14世紀の間に起こった火山の爆発やほかのすさまじい自然災害の話であふれている。ピターソンはこれら昔の記録にでてくる気候変動は海洋の循環と大西洋の環境のサイクル的変動に起因していると考えている。気候に影響を与える地質学的な変質は、過去6、7世紀の間起こっていないと記されていることから、彼は洪水・大洪水・アイスブロックのようなこれらの自然現象は、海洋の循環の変動によるものだと指摘している。気候変動は、潮流を起こす内部波が極海の深層水を同様させたときに発生すると主張している。これらの海域の表面では、潮流の動きが時折弱くなるけれども、塩分の多い暖かい水の層の上に比較的塩分の薄い冷たい氷の層のある海中の境界では、強い脈動が発生する。数世紀もの間、強い潮流の力により、異常ともいえる暖かい北大西洋の水の量が、北極海の氷の下の深部に入りこんでいっている。このことにより、通常では固く凍りついたままになっている数千平方マイルの海域が部分的に凍けくだかれていくことになる。そして、ぼう大な量の漂流する氷がラブラドル海流に入っていき、大西洋の南方に運ばれていくこととなる。海洋表面の循環のパターンを変え、風・降雨と気温に緊密に関係してくる。というのは、漂流する氷がニューファンドランドのメキシコ湾流や南部にも影響を与え、さらに東寄りのコースに送られる。そして、グリーンランド・アイスランド・スピッツベルゲンや北部ヨーロッパの気候の影響をやわらげている暖かい表層流の流れを偏向させることになる。アイスランド南部に低気圧帯の位置も移動し、ヨーロッパ大陸の気候にさらに影響を与えることになる。」
 この1941年に死亡したスウェーデンの海洋学者ピターソンの話は続く。「なぜニシンが来なくなったのか。」ということについて、次のとおり述べている。
 「彼(ピターソン)は、月と太陽の潮流を起こす力が変わるにつれて、内部波(Submarine Wave)の高さと力が変わることに気づいた。天文学的な計算から彼は、中世の終わる世紀までの間、潮流は非常に大きな力があったことにちがいないことがわかった。その頃バルティックニシン漁業は栄えていた。太陽・月・地球が、海に大きな引力を与える冬至の時にこのような位置にあった。18世紀だけは、天球が特別な関係にあったと思われる。・・・ピターソンは別の特別な事実に気がついた。グレイトタイドの世紀は、自然界においても驚くべき異常なでき事の時期でもあった。極の氷は、北大西洋のかなりの部分をブロックした。北部とバルティック海の沿岸は激しい嵐や洪水によって廃棄物が流れついた。冬は説明ができないほどの厳しさとなりその結果、政治的経済的なカタストロフィーが地球上のあらゆる地域で発生した。ディープ・タイド(深海の潮流)がニシンとともに人間の生活に影響を与えたのか。・・・マキシマム・タイド(大潮流)によるもっとも厳しい気候は、直近では1433年に発生。その年の前後数世紀はその影響を受けている。ミニマム・タイド(小潮流)の影響は、A.D.550年そして次は2400年に再び起こるだろう。極の破壊的な混乱は18世紀中にのみ起こったが、ピターソンによれば変動する間隔はリズミカルとなっている。たとえば、9年、8年、36年である。これらは、ほかの潮流のサイクルとも関係しているが、短期であり、大きな自然の気候変動ではない。たとえば、次のとおり。

1903年
北極海で極の氷が崩壊。スカンディナビア漁業に影響。コッド・ニシンそのほかの魚が減少。5月までパックアイスでバレンツ海はおおわれる。地球・月・太陽が、タイド・プロデューシングフォース(潮流を発生する力)の第二次最高の位置となる。
1912年
同様の位置となる。ラブラドル海で大きな氷山が発生。タイタニック号の大惨事。
1932年
世界の厳しい寒さは明らかにゆるくなっている。ニポウィッチ号が北極海を航海。
1940年
ヨーロッパ・アジアの北方沿岸は夏中解氷となる。100隻以上が北極を経由することとなる。
1912年
コッドがグリーンランドに最初にあらわれた時、エスキモーデンマーク人にとっては新しくて奇妙な魚であった。これまでアイスランドの東岸にはあらわれなかった。1930年代までに、ネイティブ(土着の漁業者)が食糧として依存するようになり、この海域で漁業が本格的となる。
グリーンランド西岸でも、1900年まではコッドはまれな状態であった。南東岸で年に500トン。1919年にはコッドがグリーンランド沿いを北上し豊富となってきた。漁業の中心が300マイル北に動く。漁獲は年に15,000トンとなる。
1930年までにグリーンランド海域で知られなかったハドック・リングなどのタラ科の魚が定期的に漁獲された。
アイスランドもまた奇妙な訪問者、暖流系の南方の魚、サメ、マンボウ、メカジキ、アジがでてきた。
北方海域の冷たさが減じられ魚が極方向に動くにつれて、アイスランドのまわりの漁業が大きく拡大し、トロールにとっても利益がでるようになる。今やコッドが年に20億ポンドとなり、世界で単一種では最大漁獲となる。
北海とノルウェー沿岸の海の温度は、1920年代以降ますます高くなった。

 それゆえ、私たちは暖かく、穏やかな天候の方向に強く動き出している。地球・太陽・月が動くにつれ、宇宙と潮流の力の盛衰により変動があるだろう。しかし、長期的な傾向は暖かい地球の方向に進む。振り子は動いている。」
 これら一連の文章の背後には、漁業の数々の謎をとく鍵が隠されている。列記してみよう。
(1)大潮は天文学上の複雑な理由によって、月の位置と正確には合致せず、むしろ満月と新月の数日後に起こる。
(2)海の動物は潮の干満に対して反応するのか、それとも潮と同じように月の作用に反応するのかは、はっきりしていない。
(3)しかし、植物については、生長にたいする月の光の影響について古くからそして世界から信じられている事実には、多くの科学的な裏づけがある。
(4)海のなかで時間と空間のいずれにも不可思議な去来がある。そのひとつは、回遊性生物の移動である。また次々に変わった現象がひとつの同じ海域で起こり、ある種の生物がたくさん現われ、いっとき全盛をきわめると死んでしまうが、次に別の種がこれに代わり、さらにその次がとってかわる。
(5)海の中ですべてのものが単独では、生きていけないことが今や明らかとなっている。
(6)ピターソンは、月と太陽の潮流を起こす力が変わるにつれて、内部波の高さと力が変わることに気づいた。ディープタイドがニシンとともに人間の生活にも影響を与えたのか。
(7)ピターソンによれば、変化する間隔はリズミカルとなっている。たとえば9年、18年、36年である。(1903年以降の自然変動)

(8)宇宙と潮流の力の盛衰により自然変動が起こるだろう。しかし長期的傾向は暖かい地球の方向に進んでいる。

以上のとおりだ。日本の研究者とアプローチの仕方が大きく異なっている。魚の変動を、海洋の自然変動から考察している。ここで、これまで出てきた主な海潮流の種類をあげてみると、●表層流●中層流●深層海流●循環流(ジャイルス)●湧昇流●内部波(サブマリン・ウェイブ)(アンダーウォータ・ウェイブ)●大潮流(グレイト・タイド)●ディープ・タイドなど日本人になじみの薄い用語がでてくる。さらに、地球・月・太陽と生物の関係と多岐にわたっている。冒頭、大潮の前になると漁獲がよくなってくると記した。これまで、私のなぜ漁獲がよくなるのかの問いに対して納得できるような答えはえられなかった。しかし前述の(1)(2)(3)でかなりの部分説明がつく。私達は大潮で魚がとれて小潮でとれないなどその判断基準を潮においていた。「動物は潮の干満に対して反応するかそれとも潮と同じように月の作用に反応するのかは、はっきりしない」「大潮の満月と新月の数日後に起こる」「海の動物の中で満月、新月、半月に符合するかのように、はっきり決まったリズムによって産卵する」などから推察すると潮でなく月に反応することになるといえよう。しかし、深いところの魚は月の光に対してどのような反応をするのだろうか。もしかすると月の光ではなく、満月に反応するのかもしれない。満月の時に魚群はなぜ集中するのか、そしてなぜ注意力が散漫になるのか、まだ謎は残る。
 (4)(6)(7)(8)で魚種の交代を説明している。その原因は自然変動であると断定的な言い方はしていないが、むしろ当然のことだとカーソンは言っている。
 川崎健著『魚と環境』によれば「資源の変動を説明するのに、二つの大きな考え方の流れがあって一つの流れは、資源の大きさは年級変動によって決まるとするもので、ある年級が発育初期にたまたまどういう環境条件に遭遇するかによって年級の大小が決定されるとするものである。もう一つの流れは、資源の大きさは人間の干渉すなわち漁獲によって決まるとするもので、前者は年級変動の研究として後者は乱獲問題の研究として知られている。」となっている。カーソンもそのことについても充分認識していたであろうし、1902年にICES(国際海洋調査委員会:本部コペンハーゲン)が設立された経緯も知っていたであろう。そういうなかにあって、敢えてピターソンの考え方をとりあげクローズアップさせたのは、海の神秘な自然変動を研究しなければ海の生物はわからないと海の研究を促しているのだと私にはそう思えてならない。日本では、魚がとれなくなると研究グループはまるで現場をみてきたかのように乱獲論で片付けていく。昭和50年代の後半、東支那漁場が漁獲低迷におちいった時、ある研究機関が乱獲によるものとマスコミに発表。以西の漁業関係者にとっては銀行からの融資に関わる問題につながることからこの研究機関に厳重に抗議した。結果乱獲論を訂正したと記憶している。資源減少の理由を直ちに乱獲とするのはまるで松本のサリン事件のようだ。資源問題で漁業だけすぐに乱獲論が表に出てくるのはどうしてだろう。森林の乱伐採、鉱物資源の乱掘、水資源の乱用などといった言葉は滅多にマスコミに出てこないのはなぜだろう。乱獲と同じくらいの頻度で出てくるのが資源枯渇。この言葉の意味を知っているのか疑いたくなる。乱獲は英語でOverfishing。ところが英語にはHeavyfishingという表現もある。強獲と訳すべきか。まだ、出くわしていないが中獲とか弱獲という英語もあるかもしれない。乱獲という言葉で漁業者をスケープ・ゴートにしても何もならない。むしろ研究者の知識の薄さを証明しているようなものだ。魚種交代という言葉を使ってはいないけれども漁業者は肌で魚が変わったな、何か流れに変化が出てきたなということがわかる。この章の冒頭北米東岸沖漁場のマツイカとヤリイカの交代の例やマツイカがパタリといなくなった例をあげた。揚網時、船が停止しているときでもアジ・サバが多獲されることを記した。資源が枯渇すれば海はどのようになるのか。海の生物は食物連鎖でなりたっているのだから、枯渇すれば、海は動植物プランクトンのみとなる。その結果その海域がすべて赤潮などになってしまうことになるが、まさかそうはなるまい。ここで述べているのは半閉鎖海域などの資源を指しているのではない。いわゆる海洋の資源について述べているのだ。いまひとつは乱獲を奨励しているのではないことも断わっておきたい。次のような例もあることを紹介しておこう。
○Fishing News(1995年7月21日)
『アザラシの増加が漁獲に脅威』
 漁業資源へのアザラシの影響が、生態系でのマンマルの役割を検証するうえで、9月に予定されている国際シンポジウムで特に意味のあるものとなろう。この会議はNAFO(北大西洋漁業委員会)とICESの共同開催。
 研究の結果が示しているのは、アザラシがカナダ海域でコッドとシシャモを100万トン以上消費している。しかし悪天候のため、アザラシは昨年186,000頭の捕獲許可数量のうち、およそ60,000頭を捕獲したにすぎない。平均して、アザラシは、1年におよそ1,4トンの魚を食べている。アザラシの数量の増加に比例して、魚の減少する量については、魚とアザラシの関係をよく理解する上においても調査を続けなければならないことが明らかになっている。スコットランドの漁業者もアザラシの増加に怒りをあらわにしている。アザラシは、英国全漁船の漁獲許可数量以上に魚を食べているのである。
○Fishing News International(1995年8月)
『アザラシ、690万トンを食べる』
 カナダ・大西洋・北極海域のアザラシは、1年に690万トンの魚とほかの餌を食べている。新しい研究によれば、1981年の消費の2倍となっている。1994年は、490万トンを消費。これらの結果、アザラシは増えつづけており、1970年代の中頃から二倍以上となってきている。大西洋カナダの人口の二倍の規模にもなる。アザラシの餌となっている690万トンの内訳は、北極海で320万トン(46パーセント)、ニューファンドランド海域で280万トン(40パーセント)、セントローレンス湾で100万トン(14パーセント)。アザラシの消費の研究は、大西洋タラとカナダ海域のシシャモをそれぞれ100万トン以上食べていることを示している。食べられているコッドの大部分は二〜三歳魚。
 日本でこのような研究が行われているかどうか、寡聞にして知らない。どうひいき目に見ても、わが国の海洋から魚の生態・行動までの調査研究は欧米に比してかなり遅れていることを指摘したい。
 資源減少が発生した場合、多角的かつ広域な調査がいる。魚には県境も国境も200海里もないのだ。犯人を乱獲に決めつければ、ほかの資源変動要因がみえてこない。むしろ、調査順序としては乱獲は最後にすべきであろう。その変動要因については、大体次のことが考えられる。

(1)海洋の自然変動
 自然変動が海流によるものか、潮流によるものか。海流は表層流・中層流・湧昇流・深層海流の変化によるものかなどに分かれてくる。そして海流の変化が大変動・中変動・小変動かということになる。
(2)共喰いによるものか捕食によるものか
 最近では、鯨にしてもイルカなどのマンマルにしても、わが世の天下になっている。繁殖しすぎであれば、間引きも考慮しなければならない。それには、しっかりしたデータがいる。
(3)海洋汚染
 これには、工業廃水、埋立てなどによる汚染物質、農薬、生活廃水、船舶によるビルジなどの廃液によるものなどがあげられる。欧米工業先進国でも深刻になってきている。浜辺が少ない我が国も例外ではあるまい。
(4)養殖、栽培漁業
 生態系の破壊や海の環境汚染が指摘されはじめてきている。このことについては後述する。
(5)漁獲強度
 浮魚と底魚とによって異なる。瀬戸内海のような半閉鎖海域とオープン・シーとでも異なっている。

 古代から発生している赤潮、かなり昔からいわれている磯焼けの研究を続けていくことは結構なことだが、近年になって汚染などの新たな要因が加わっているとすれば、警告も発しないのはどうかと思う。河川からの富栄養ということがよく言われたりするが、河川からのものはリッチではなく、プアーである。さらに有害がつく時代に入ってきている。リッチなものは、何千年、何万年以上もねかせた深層からの堆積物であり、陸地でいえば腐葉土である。資源変動の要因を漁獲強度にのみ直結させるのは、海洋汚染、海洋の生物の生産系の破壊ならびに気候の温暖化が進んできている今日では単純としかいいようがない。多角的広域調査を必要としている由縁である。
 海洋汚染についても、工業先進国すなわち汚染先進国にならい研究し、急速に発展しているアジア諸国に範を示し、指導していくことが必要な時代に入ってきている。日本近海に海洋汚染物質が来ないと思ったら大間違いであり、表層流で浮遊しなくても、中層流、深層海流、湧昇流で運ばれて、ある日ぼっかり顔を出してくることになる。
 魚種交代に類似した現象を陸上で視認したことがある。東京都内の最高峰雲取山を縦走している時のことで標高1,800メートルから1,900メートルのところだったと思う。その南面がたしか伊勢湾台風で大きく破壊されたが、その後白樺その他の樹が生まれてきたと案内板に記されていた。また、八ヶ岳連峰の中に縞枯山という山がある。その山を裏側からみるとまるで酸性雨で樹林が枯れているようにみえる。酸性雨の被害もひどくなったものだと思いながら、表側にまわると次のように記された立札があった。自然の神秘である。

『編枯山学術参考林』
・標高 2,250メートル〜2,400メートル。
・面積 3,174ha。
・設定 昭和43年4月。
・目的 全国的に希に見る現象で、シラベ・アオモリトドマツ等の亜高山帯樹種が、おおむね100年間を周期として植生の年次交代により、生立木帯と枯立木帯が交互に縞状に現われるさまは植物学上特殊な現象であるのでこの地域を学術参考林として保存する。 諏訪営林署

 生物の交代は何も魚だけではあるまい。自然変動があれば、地球上の動植物は、すべて対象となろう。河井智康著『イワシと逢えなくなる日』を読んでみたが、なぜか説得力にとぼしい。漁業者として知りたいことは、いつ頃から減少が始まり、どの程度まで落ちこみ、交代の魚が何でどの位の量が、いつ頃からいつ頃まで続き、そしてマイワシは、いつ頃またもどってくるのかなどだ。ある程度の見通しがつけば、高い船を建造することもなくなり、企業倒産も少なくなるというものだ。イワシの後に続くものが、マアジかサンマそしてマサバと予想しているがそれだったら、減船する必要もあるまい。問題は量である。結果論であるが、マイワシ最大漁獲量を、400万トン台におかず300万トン台におき、その変動をみることもひとつの方法であった。何十年経って、また減船廃船などの同じあやまちをしなければよいと願っている。ただ、両海流の解明なくして魚種交代を論じて大丈夫ですかとも言いたい。
 魚種交代について、海外の文献をみてみることとする。『The Wealth of Oceans』は「1972年のエル・ニーニョの初期では、アンチョビは沿岸に沿って冷たい水域の狭い帯の方に集まることを余儀なくされる。魚が濃密になってくるので、通常よりも多くのアンチョビを漁獲。アンチョビが減少するにつれて、イワシがアンチョビに代わっていく。しかし、イワシはアンチョビほど豊かにならなかった。そして、アンチョビの資源がゆっくり回復してきた。」とある。Taivo Laevatsuは「明らかに多くの魚種交代が、世界のいろいろな海域で起こってきている。(Dean.1980)ひとつの支配的な魚種が衰退すると別の生態学的に似た種が支配的となってきた。これらの交代の例ではカルフォルニア沖のマイワシとアンチョビ、北大西洋のニシンとブルーホワイティングがある。これらの交代の原因の主要な役割が、索餌の競争によるものか、海洋の状態の変化によるものかそれとも漁獲によるものか決定することは難しい。交代は生態系の通常の変動と考えることができる。このような交代現象は底魚と浮魚の間にも起こる。また交代はリイクルとなっている。例えばバルティック海のコッドとニシン(北海の一部も)ではコッドの沈性卵がニシンによってかなり捕食されているのが観察された。そして、このことは明らかに浮魚と底魚の種の交代の主要な原因のひとつでもあるかもしれない。」
 実は、私はTaivo Laevatsuの本を先に読んだ。底魚と浮魚の魚種交代については、信じられない思いだったが、読んでいくうちに納得できてきた。300冊くらいの参考文献を駆使しているのだから、説得力はある。その後カーソンの本を読み、ピターソンのサブマリン・ウェイプのことを知った。大きな自然変動により、ニシンが減少するにつれて一方コッドの増加の様子が見事に描かれている。北海道沖からニシンが消えていったのと関連性があるのではなかろうか。北部太平洋のスケソウは、ずっと以前から今の資源量を有していたのだろうか。残念ながら、Laevatsuの指摘どおり、北太平洋は歴史が浅い。北太平洋のニシンについても、1804年〜1818年頃から豊漁期に入り、1890年前後がそのピークとなり、その後次第に漁況が低調となり、1955年以降潰滅的状態となったと言われている。北太平洋と北大西洋の水温の違い、漁法(定置網と刺網)などの相道を考慮すれば、多少の時間差はあるにしても、ピターソンの理論があてはまっていると言ってよいのではなかろうか。グレイト・タイドは北大西洋のみ起こるものではなかろう。普通の潮流と同じように程度の差はあっても全地球的な現象とみるべきであろう。そうでなければ、ピターソンの論は成立しなくなる。スケソウが増えたという証拠があれば立証できるのだが。

図2-2

 「西暦2000年の地球」(1980年)も魚種交代についてふれている。
 「現在の生産量を維持するためには、種々の生産性には、周期的変化がつきまとうし、あるいは保護的管理施策の実行などもうまく利用できるよう、広くいろいろな魚種の市場の拡大をはからねばならない。現在の漁業生産はそのかなりの部分を以前は利用されていなかった魚種、たとえば北大西洋のシシャモやスプラット(ニシンの仲間)、あるいは北太平洋のスケソウダラの開発によって維持してきた。今後25年間の新しい漁業は、減っていく伝統的な資源に代わる種をさがして発展をつづけるだろう。そういう種類は小型で寿命の短いものとなろう。これらの漁業は単位面積当たりの生産性は増大するかもしれないが、市場、とくに人間が直接食用とするには新たな問題が生ずるであろう。また、そういった新しい漁業が発展すると生態的な交互作用のため、伝統的な種の資源の回復を妨げるだろう。」ここでは、魚種交代は小型で寿命の短いものといっている。マイワシ400万トンがゼロとなる日が近づいている。その交代魚種はなにか、本格的な調査をしなければ、またわからなくなる。想像や推測では納得できるものではない。今がチャンスである。ただ、マイワシ400万トンがゼロになるとしたら、交代の魚は、最低で別途100万トン台の漁獲量がなければ立証したことにはならない。さらにこの報告書は続く。
 「ハダカイワシ類など中層深海魚は、各国の規制水域の外に分布する種類でもあり、これらを対象とする漁業が発展する可能性もある。オキアミにしてもハダカイワシにしても、発展の可能性を制限するものとして、加工と経済性の問題がある。」この書はアメリカ国務省編である。アメリカは21世紀の食糧不足時代に備えているということだ。
 現在の日本でも、浮魚資源の資源量については把握できていないのが事実だろう。プランクトンが、Wandering(放浪)であるならば、それを餌とする魚もWanderingであろう。浮魚やイカは表層だけの旅をしているのではなかろう。水深200メートル以深だとしたら、別の海流、中層流にものることも考えられる。これらを把握していくにはかなり思いきった曳網調査が必要となってくる。トロール漁法を不用意に略奪漁業とかいう表現を使う人がいるが、中層や深層の漁業資源を捕捉していくには、この漁法が最も効率的だ。その証拠にヨーロッパをはじめとした各国の資源調査のためのリサーチ・シップはトロール船が主力となっている。それも風力7〜8位まで操業できる船型だ。厳しい海況にならなければ、魚の集中が起こらないケースが多いのだから、小さな船では役に立たない場合が多い。200マイル内外の本格的な資源調査をするには、ヨーロッパ並みの優秀なトローラが是非とも必要だ。でないと交代した魚が、浮魚か底魚かもわからずじまいになる。それも365日昼夜わかたず、浅いところから深海まで時間をかけて、じっくりと調査しなければ魚の動きはつかめない。定点観測方式の調査だったら魚と逆まわりすればいつまでたってもゼロが続くことになる。
 トロール漁法が略奪漁法などといった誤った認識も改めなければならない。日本では魚の行動と漁具漁法の分野の研究については、進歩の跡がみられない。たとえば、大きなエンジン音とオッターボードの着地抵抗によって発生する音は、警笛を鳴らしながら曳網しているという側面もある。浮魚を対象とした中層曳操業は、飛行中のジャンボジェット機の後部から網を曳いているようなものだ。わが国の漁業技術は、伝統的技術に依存しすぎている。もちろん多目的漁法になっていない。そして、北は北海道から南は沖縄まで漁業用語が多種多様となっている。漁業者間えの技術交流の機会もほとんどないといえるのではなかろうか。技術用語が、まちまちで技術交流が少なければ、技術の進歩もおぼつかない。一方英語を語源とした海洋および水産の専門用語は難解な日本語となっている。Upwellingは湧昇流だが、なぜ上昇流としなかったかなど例をあげればきりがない。
 いずれにしても、日本の漁船漁業の技術は、漁船をふくめ全面的に見直さなければならない。非効率で高コスト構造になっている。
 平成7年7月6日の海上保安新聞に「海上保安庁水路部が行ってきた四国南方の海底地形調査が完了。・・・今回の調査で長さ約1,000キロメートルにもおよぶ巨大海底崖や富士山級の大型海山が多く確認されたほか、小型の海丘群が発見されるなど海底の詳細な様子が明らかになり、海底資源調査や海底地震研究など地球科学の研究に役立つことが期待される。調査したのは、北緯24〜30度、東経130度〜140度の深さ90〜6,000メートルの海域・・・」で終わっている。残念ながら、魚群のことも湧昇流などの海流の動きについてもふれていない。アメリカでは、原子力潜水艦をつかって多くの科学者が乗船し、北極海の海底を数ヶ月にわたって調査したというのに、日本では、海の所轄官庁が多く、それぞれが別々の仕事をしているのだから、いつまでたっても、海洋研究の進歩がみられない。
 深層海流の問題については、人類にとって、極めて重要だ。重複する部分もあるが、次項で整理して述べる。

4 深層海流と気候変動と漁業

海洋(深層海流)の大きな役割は次のとおりだ。
(1)海の温度ならびに大気の温度を調整する。
(2)塩分濃度を均一化する。
(3)海の栄養分(堆積物)を上昇させる。
(4)海洋生物に栄養分を与え、その海洋生物を人類に供給する。
 ところが、その人類にとって最も重要な深層海流の大循環の調子がおかしくなってきているといわれてきた。報道によると、世界の科学者で組織する気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球の温暖化が始まりその一因は公害にあるとの見解で一致としながらも、こうした地球全体の温暖化が進む一方この2年間、猛暑と温暖な冬が続いた英国や北欧地域では、今後逆に急速に寒冷化が始まると予測。その原因としてメキシコ湾流の変化をあげている。
 ここで、いろいろな疑問が生じてくる。
(1)メキシコ湾流の変化とは。
(2)寒冷化の北太平洋への影響は。
(3)寒冷化の程度とその期間。
(4)漁業および農業への影響。
などだ。
 まず(2)の北太平洋への影響については、カルフオルニア大学の研究陣が「サンターバーバラ海盆を掘削して得た長さ196メートルのコアを分析し、過去2万年の北太平洋における海洋循環と気候の変化の詳細なデータが記録されていることを示した。この高精度のデータから、北太平洋でも北大西洋とほとんど同じ変化が起こっていたことがわかった。」との研究結果を発表した。
 このことからして、北大西洋で発生しつつある寒冷化は北太平洋にもおよんでくると考えるべきだろう。
 (5)の漁業および農業への影響は当然でてくる。野生魚の場合寒冷化すれば、いずれ魚種交代が起こり被害は少なくてすむだろうが、温度変化に敏感な養殖魚の被害と農業の冷害が予測される
 (1)のメキシコ湾流の変化とは前述したとおり深層海流の変化である。
 ここでもう一度わかりやすく説明しよう。
・大西洋のメキシコ湾流の暖い表層の水は、北方に流れグリーンランド近くに到着する。そこで北極の冷たい大気により冷却され表層の水の沈降が始まる。この沈降するプロセスを熱ポンプとよんでいる。沈降した水は海洋の深層部分を大循環していく。
・グレイト・コンペアといわれているこの表層から深層への大循環は南極の近くまで流れていく。深層の水は南下中暖められ、極寒の南極では表層の水より低密度となっているので上昇する。深層のリッチな栄養分をともなって上昇するので、プランクトンも多くクジラも多い。
・ところが上昇した深層の水はただちに冷却され、また深渕の方に沈んでいき、大西洋、太平洋、インド洋に向けて北方に向かう。途中で暖められた深層水の一部が各海洋で、リッチな栄養分をともなって上昇する。潮昇流域では大きな漁場が形成される。太平洋とインド洋についていえば、表層の北方への流れは、表層の南方向の流れとバランスがとれている。
・この深層水の流れの出発点は太平洋にはなく、北大西洋だけとなっているのは、大西洋の表層水の塩分濃度が高いためだ。その理由は大西洋を囲んでいるアメリカ、ヨーロッパ、アフリカにある大きな連山に関係があるといわれている。この塩分濃度の高い水が北大西洋で降下し、世界の海洋にその塩分を効果的に再配分する地球循環バターンを形成している。
・その深層の流れは、アマゾン河の100倍に相当するもので、大西洋のコンベア循環が結果的に莫大な熱を北方に運んでいることになる。北方へ流れる水は南へ流れる冷たい水よりも平均して八度暖かい。この熱の移動が北ヨーロッパに暖い気候をもたらしている。
・ところが、このパターンは北大西洋への過剰な淡水の流入により破壊されるもろさをもっている。降雨と大陸の水の流出が、高緯度で蒸発量を超えることになれば、北大西洋の表層水の塩分濃度が薄くなり、このコンベアが止まることになる。
 コンベアが止まれば北大西洋とそのまわりの陸地の気温は5度以上も低下するといわれている。
 以上が、ブルーカーの「深層海洋大循環の一般的パターン」といわれるものだ。
 次に寒冷化の程度とその期間であるが、ブルーカーは「コンベアベルトの閉鎖に相当する劇的な変化までには至らないだろう。」と述べている。ここでいう劇的な変化とは氷河時代を指している。しかし、その可能性は今から50年から150年の間が最も高いとも予測している。そして「その時地球上は人間でふくれ上っており、飢餓、病気、拡がる環境悪化で野生生物の維持も脅威にさらされることになる。私達はこの可能性を厳しく受け止め、グローバルな気候システムの混池とした現象をよく理解するための努力を怠るべきでない。」と警告している。だが、ここで勘ちがいされては困ることは、英国や北欧地域で急速に寒冷化が始まると予測されていることだ。それが小氷河時代といわれた14世紀の気候に相当するのか18世紀、19世紀程度になるのか、述べられていない。南半球への影響についても同様だ。いずれにしても、北大西洋が寒冷化すれば多少のタイム・ラグと程度の差があっても、北太平洋に影響がでてくることは、科学者が指摘している。これらのことは無視するわけにはいくまい。ことが食糧だ。漁業、農業問題をふくめた食糧問題の対応が急がれる。
 それにしても地球はうまくできている。グレイト・コンベアで海のサーモスタットを行い、塩分の再配分をはかっている。そのうえ海のリッチな栄養分を海洋の各地域で湧昇させている。その仕組みは神秘的だ。
 そして興味深いことは、人類が人工的に温暖化をすれば、サーモスタットが働き冷却することになる。
 温暖化が行き過ぎれば、氷河時代が到来することになる。

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