見出し画像

最期が突然終わらないことの有り難さ

人が簡単にポックリとは死ねない理由って‥‥

終末期には色々な形があります。先日は老衰について学ぶ機会がありましたが、結局のところ老衰の条件って難しいわけですよね。老いてゆっくりと穏やかに死へと向かっている様という曖昧なものらしいです。
どういうわけか昨日まで変わらず元気だったのにということは極稀な気がしますよね。

よくこんな物語があります。
突然死神が現れて
あなたはあと一ヶ月の命です。
とか三日で人生が終わります。

それは流石にフィクションでしょうがでも実際に死神が余命を伝えるのは優しさな気がします。混乱してしまうのはいつか死が来るということ忘れてしまってるからでしょう。残りの時間を知れば最期に有意義に過ごせるチャンスがあるわけです。まあ、シシリー・ソンダースさんが提唱するような死の過程もあるようにそうと分かってても動揺する人が殆どでしょうが。
それが、現実は出来ないかわりに、徐々に死を受け入れられるような出来事が起きていくわけですよねって最近考えています。
だからこそ曖昧な喪失とか自殺による喪失等の悲しみの拠り所が少ないモノはきついでしょうし、ピンピンコロリ現象が起きたって最期の関わり次第では、こんなことになるならと自分を責めてしまいそうですね。

だからこそ、弱りゆく姿もしっかり向き合って目に焼き付けて、今日が最期と思いながら対応することが看取りには不可欠ですね。と私は感じております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?