華麗なる色の仕事 (海外で色の指定は骨が折れる)
ポーポーが経験した色彩と色彩心理の仕事を紹介させていただき、色に関わる仕事の世界はどうなっているのか、そんなことを紹介したいと思います。色の仕事に興味がある人に色の世界をお伝えしたり、これからの色の可能性などを感じてもらえたら幸いです。
色の仕事の起源は、新卒で入った洋服メーカーの企画室、洋服のデザインに触れていたときに遡ります。その会社では私は洋服のデザインなどを学ばせていただきながら、企画系の仕事や色に関する仕事をしていました。ある日、「ちょっと中国まで色を見てきてくれ」というデザイン室長に言われました。「え? 中国」と戸惑ったものです。
コンビニで売っているオマケ付き雑誌というものがあると思いますが、ある雑誌に付けるトートバックの制作を請け負っていたようで、そのバックの緑色の一色刷、描かれたキャラクターが指示通りの色で量産されてこない。お客さまからクレームが上がっているので、現地で状況を見てきてほしい。そんな内容でした。数万という量とコストの関係から、製造を海外に振っていましたようなのです。緑1色で描かれたキャラなので、ちょっと顔色が悪く見えたりするのがご愛嬌です。
この仕事は最初から関わっていた仕事ではありません。私はややこしい問題が生じるとそこに連れて行かれて、問題解決に使われるということが多くありました。企画室にいる服飾のデザイナーは良い意味でプライドが高く、評価をいつも気にしているので、洋服以外の仕事を積極的にやろうとはしません。そんな中で私は都合が良いのです。『鎌倉殿の13人』だったなら「善児か!」という立ち位置です。
色々なものを経験したいと思っても、今回は正直、気が乗りません。状況もよくわからないし、それも急遽、海外に行ってくれという指示。断りたい仕事ですが、会社員としては偉い人からの仕事は断りにくいものです。それもフライトの日はクリスマスイブ。断る理由としてありもない予定を作り、「クリスマスなので予定があります」と言って室長にニヤニヤされるのも嫌だし、デザイナーは私を除いて全員女性なので、何を言われるか分かりません。「毎年、クリスマスには家族でチキンを食べるので無理です」と言おうとしましたが、実際は翌日のセールでしてか買ったことがないので、そんな嘘をつくのは良心の呵責にやられそうです。素直に「実はクリスマスケーキをスーバーの前で売るバイトがあります」と言ってしまおうかと思ったほどでした。断るということはとても難しい行為です。
仕方なく渋々と準備をしてクリスマスの日に中国に向かいました。それも室長と2人。ちなみに室長はお孫さんがいるような女性です。お話が好きで、横に座っているとずっと話を聞いていないといけません。家では母が同じタイプで、仕事でも室長の話を聞いている。ほぼ強制的に傾聴が身についてしまう環境でした。傾聴をする以外、私に生きる道はないのです。
空港を飛び立つときに窓から下を眺めると、暗闇の中で滑走路の横に飛行機の白い残骸が目に入ります。そういえばしばらく前に飛行機事故があったことを思い出しました。「あー残骸ー」と思いながら、なんとも複雑な思いで日本を離れたのでした。
夜遅く上海に着いた私たちはその場で宿泊かと思いきや、さらに国内線で青島に飛ぶといいます。たまたま飛行機が遅れていて乗れることになったようです。その飛行機がまた小型で、横からではなくて後ろから乗り込むようなタイプでした。水が飛行機ポタポタ垂れているところを避けながら入るような感じした。
「輸送機か!」
急遽取った飛行機なので、室長とは席がバラバラ、私の右隣は仰々しい正装の制服を着た軍人さん、左もそう。気がつくと前も後ろもみんな制服の軍人さん。将棋だったら私は「詰んでる」と思いました。
しばらくすると機内食ということで箱をひとつ渡されました。中はくるくると巻いてある三角形のチョコパンがひとつと乾燥したバナナのチップが2、3枚。日本の機内食とは随分違うと感じました。もう少し良い機内食を期待しましたが、項垂れる私の横で、前後左右の軍人さんはチョコパンを見て、「やったーチョコパンだー」と絶叫してガッツポーズをしていました。
青島についた私たちはまたどこかに移動しなくていけないのですが、青島ではホテルをとってくれました。チェックインが深夜の1:30頃、翌日は4:00には出発するそうです。それホテルいらないんじゃない?と思いましたが、シャワーとか浴びられるのでありがたいと思いました。もしかしたら2時間ぐらい寝られます。しかしながら室長は起きられないかもしれないから、3:30に部屋に電話してほしいと言われました。
「……」
断るということはとても難しい行為です。
翌日というか当日、4:00にホテルを出た私たちは青島から海路フェリーで黄島というところに向かいしました。なぜかこのフェリー見たことがあります。東京と千葉を就航している船と同じです。その証拠に船内には使えなくなった自販機があり「100円」と書いてあり、払い下げなんだなと感じました。それから日本から来たということで、現地の商社の人に個室のような場所に促されてジャスミン茶を入れてくれます。中国の方は何しろ接待好きです。なんでもどこでもジャスミン茶です。
青島に黄島、青と黄色を足したらこれから見にいく緑の色になるではないかと、なんとも複雑な思いでした。
黄島からさらに車で2時間ぐらいの陸路でした。この距離を感じながら、値段の関係でどんどん田舎になり、内陸になったと理解しました。すでになんとなくトラブルになった理由が想像できてきました。
製造工場は大きな家の離れといった感じで、10台程度のミシンが並んでいて、そこで女性たちがバックを作り、別の場所ではシルクスクリーンの形式でプリントをペタペタやっていたのです。すごい人海戦術だと思いました。そして何しろ工場が暗い。電気がなくて窓から差し込む光だけでやっている感じです。工場長に指示したものと違うものが入ってきているので、その原因究明と改善にやってきたことを伝えます。
工場長は私たちに「大丈夫です。こうやってちゃんとできています」と言って縫ったトートバックを見せてきました。パッと見ただけでステッチの数も多いし、縫が複雑になっています。「仕様書と違いますけど、これはどうしてでしょう」と質問すると、「日本から検査に来ると聞いたので、あなたたちに見せるためだけに作りました」と率直な意見がかえってきます。現地の人は何しろピュアなのです。そうじゃなくて、量産品のクオリティを均一にすることと、仕様書を守ってほしいことを伝えます。
またなぜ違う色になるのかも直ぐに分かりました。現地の人が持っていた仕様書には色の表色指示がなく、現物として日本の印刷色見本であるDICという色のチップが貼ってあるのです。なんでDICなどで色指定をしているんだと思いましたが、現地が色見本の現物をくれと言われて、日本側(誰かわからないけど)苦し紛れにDICの色見本を送ったのではないかと思います。
カラーチップと現物の色では大きさが異なり、色の見え方が異なります。小さな色の現物の色を見て調整をしていくので、きっとムラができるのでしょう。そして色を確認しているのが先ほどの真っ暗な工場の中でしたので、工場長を庭に連れ出して、「ここで見てください」とお願いをしました。具体的なお願いをいくつかして工場を後にしました。
マンセル値や CMYKなどは万国共通というわけではありません。どう色を伝えるかはとても大事なことだと思いました。現物を見せるべきなのか、見せるならば、ただチップをつければ良いということではなく、見せ方に工夫が必要そうです。少なくても同素材に色をのせたものが必要でしょう。
中国では「使えればいいだろう」という文化があります。帰りの青島空港のお土産コーナーでヒビが入ったお皿を売っていたことからも分かります。不良品とか訳あり品ではなくても正規品としてヒビが入ったり、欠けたものを「使えるから」と売っているのです。こうした価値観の違いを否定してはいけないと思います。ものを大事に使ったり、少し壊れたからと捨てる文化のほうが良くないかもしれません。これは国によって「違うだけ」だと思うのです。ただし、日本からの依頼に本当の取引ではそれでは、いけないということを丁寧に説明し続けないといけません。海外とのやりとりはこうした価値観を合わせることが大変な作業になります。
色に関しては国と国によって使い方もイメージも大きく異なります。こうしたことを知ってうまく調整していくことが求められると思います。ちなみに青島では佐川急便がバンバン走っていて、日本の進出もすごいなと思っていました。でも実際はそうではなくて、フェリーと一緒で佐川トラックは払い下げのようでした。
日本に帰ってきたのは日曜日の夜、月曜日は会社で報告書を取締役たちが待っています。鏡を見ると緑色のキャラクターのような顔色をした自分がいました。やばい指定の緑と色が微妙に違います。
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