見出し画像

恋せよ乙女、湯船の中で

歩いていても、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、君のことが気になってしまう。今、君は何してるんだろう。明日、何着ていこうかな。どんなことを話すのかな。君とのことを考えると、恥ずかしくてぶくぶくと湯船に沈んでしまう。

「うーん、なんていうか、全体的に昭和っぽいですねー。今の子は何しててもスマホいじってますし、気になったら即聞いちゃうって子もいますよね。いちいち胸の内に秘めないっていうか。あと、お風呂派の子も減ってますし。でもなー。僕ですら既に若くないっていうか、話題によっては1学年下でも全然文化が違うみたいなこともありますからねー。どうなんですかねー、現役の子って。」
担当編集はネームやセリフのメモを見ながら、真顔でズバズバと私のライフを削っていく。結局お前も分からないのかよ!と毒づく言葉は喉のあたりから顔をのぞかせているものの、しかしそこから先に出てくる気配は無い。
「ねぇ、やっぱり無理だよ。読者さんと歳の差ありすぎだよ。」
「編集長が、そのギャップが当たる!って聞かないんですよー。ギリギリを攻めろ!先生が必死に若作りするのが見たい!って。」
おい、誰が年増だ。そういうのを優しくオブラートに包むのもお前の仕事だぞ。だいたいそのギャップとやらを今しがた全否定したのもお前だぞ。…あれ、そもそもオブラートって今使われてるのかしら。ジェネレーションギャップを指摘されてしまうと、自分では当たり前だと思っていたすべてが時代遅れの遺物に見えて不安になる。
「とにかく、よろしくお願いしますよ、先生。」
担当の笑顔が私の胸とお腹の中間辺りをきゅぅっと締め付ける。もちろん恋なんて色っぽいやつじゃない。プレッシャーに対してのストレスだ。

ぶくぶくぶくぶく…。
恋愛に限らず、お風呂に半分沈むのは私が考え事をするときのクセだった。口が水中にあるのを忘れて独り言を言おうとして口に水が入って慌てることも多々あるし、うっかり鼻呼吸したら水を吸い上げてしまって咽ることも日常茶飯事だった。
「今の子って、お風呂場にもスマホ持ち込むんだっけ…」
ぶくぶくモードを解除して、溜め息まじりに呟く。確かに半身浴するんだったら動画見れる方が良いのかもしれないし、暇なこともある。私は風呂でも外でも、好きなときに所かまわず妄想に浸ってしまえるから良いけれど、普通の人は暇つぶしするのも一苦労なのかもしれないし、そのための道具がスマホだとしたら、なるほど、納得せざるを得なかった。
「そう言えば私、妄想が捗ったときにすごい顔するからマスクあって助かってるんだよね…」
好きな人のことを考えているとき、今の子もやばい顔するのかな…。頭の中の好きな人を直視できない!って感じで、変な声出ちゃうのかな…。今の子は秘めないんだっけ…。じゃぁ、独り言も大きくて、暴れるのかな…。結局、恋する女子の生態って、根っこのところは変わらないのかも…。…うん、暑い。アイス食べたい。

何しててもアイツのことが気になっちゃう。腹立つ、何も手につかない!あー、明日、何着てけばいいの!共通の話題とか全然思い浮かばないし!なんか恥ずかしいし!腹立つ!

「えー、なんでこの子、逆ギレしてるんですかー」
あー、面白い、死にそうなんて言いながら、担当編集が呼吸困難になっている。結局、土台にある感情はそのまんまで表現だけを変えてみたら、私の案はすんなり彼のツボに入ったようだった。
「水面叩いて顔に水ばっしゃーんって、いいなー。ありそうありそう。」
ひーひー言っている。なんだ、こんなんで良かったんだ。ほっと胸を撫で下ろす。喜んでくれている。ダメ出ししてくれる顔も良いけど、こうやって自分の案がウケたり、刺さって泣いたりしてくれる顔も、やっぱりとても良い。
「あの後、現役JKの姪に聞いたんですよー。そしたらめっちゃ叩かれました。お風呂もぶくぶくもする!誰が昭和だ!って。すみません、昭和なんて言って。」
読んだあと、あらたまって昭和を連呼する担当編集に、しかし悪気は無いのだろう。真摯な表情を見れば明らかだった。担当編集が最初の読者で、最高のファンで、最強のダメ出し屋でいてくれて、さらに自分の間違いをしっかりと認める度量がある。これが、とてもありがたーいことなのを、私は知っている。
「やっぱり、先生で良かったです。ギャップも時代遅れもズレも全部ひっくるめて、好きなように描いてくださいね。イマ風を探り探り描く先生の困ってる感じが一番のスパイスになりますから。編集長は僕が何とかしますよ。」
そこでにっこりする辺り、コイツはドSなんだよなー。有能で優しくてカッコよくてドS。あー、腹立つ。

「そういえば、なんで私?他の先生って案は無かったの?」
「無いですよ。僕は先生のことが大好きですから。」
「え?」
「大好きな先生と、また仕事したくて立ち上げた企画ですから。」
はー!?なんなのコイツ!!

ーーーーーーーーーー
恋せよ乙女、湯船の中で(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛(https://note.com/hanananokoe/
君とのことを考えると、恥ずかしくてぶくぶくと湯船に沈んでしまう
本文執筆:Pawn【P&Q】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?