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溶けていく、時間と私とかき氷。

5月。暦の上では春であっても、半ばともなれば、実物はたまに夏の顔をのぞかせ、容赦なく体力とやる気を削いでいく。
「っていうか、ほぼ夏じゃん!」
桜並木だった川沿いの道を歩きながら吠える。太陽の光を透かして揺れる若葉の緑が疲れた目と心に沁みる。教員会議があるとかで、今日は午前授業。炎天下に放り出された私は、力なくさまよっていたのだった。
「私のこと、放り出しすぎでしょ、シャカイ…」
強い陽射しのせいか、ストレスのせいか、片言になりながら漏れる言葉。覚悟も準備も無いままに、私は受験に放り出され、推しのいない新学期に放り出され、夢に向けて頑張れとか、希望を燃やせとか、そんなよく分からない熱血フレーズを浴びせられる生活を送っていた。
「ウゥ…スウガクキライ…ベンキョウキライ…」
獣のようにうめきながら、足は勝手に行きつけのカフェへ向いていた。

「いらっしゃい、今日は暑いわねぇ」
到着すると、店主の花ちゃんが優しく迎えてくれた。駄菓子屋がリニューアルされてできた店は、お値段、花ちゃん、雰囲気、そのすべてが優しさでできていた。
「ふえー、花ちゃん。かき氷…」
まだ時期じゃない。けれど魂はかき氷を欲していた。
「あらぁ。ハルちゃんは鼻が利くわねぇ」
楽しそうに花ちゃんが言う。
「じゃぁ…!」
「暑いから、試作も兼ねて氷注文しちゃったのよ。食べる?」
首がもげるくらいうなずき倒す私。花ちゃんはテラス席を指さして、店の奥へ消えた。

「はい、チャイミルクティーのシロップをベースに、シナモンで香りづけしたイチゴのジャムを載せた自信作よ」
数分後に運ばれてきたのは、スパイスの優しい香りがふわりと鼻腔をくすぐる、目にも鮮やかなイチゴのかき氷だった。
「おぉ…」
見とれて溜め息。写真を撮ることも忘れてひと口。
「はぁぁ…」
また溜め息。香りと甘さと酸味が私をぎゅっとしてくれる。
となりに座る花ちゃんは微笑みながら私を観察していた。
「花ちゃん…!」
言葉にならず親指を立てる。それを見て花ちゃんも自分のかき氷を口に運ぶ。…ん?花ちゃんのやつ、ワタシノトチガウヤツ…?
「花ちゃんのって…」
「こっちはレモンミルクベースで、上に載ってるのはアールグレイで風味付けした甘夏のジャム」
食べたい?と目線で問いかけてくる花ちゃん。もちろん、と訴えかける私。
「はぁぁぁぁ…」
こっちにも幸せがあった。今年の夏も生きていけそうな気がした。

「それじゃ、ごゆっくり、ハルちゃん」
自分のかき氷を持って花ちゃんは席を立つ。お客さんが来る気がしたんだろうな、と思う。花ちゃんはそういう勘がはたらく、不思議なおばあちゃんだった。

ひとりぼっちになった私は、かき氷の幸せの中で、ふと我に返る。全教科成績不振。やる気が無いわけではない、むしろそれなりに頑張っていた。しかし、視界に推しが映り込まない生活は、灰色とまでは行かずともどこか彩りに欠けていた。溜め息を吐いて、その穴を埋めるようにかき氷をひと口。じんわりとした幸せを追いかけてくる不安。
「うぅ…しゅうちゃん…」
内緒でLINEを交換したものの、よくよく考えれば、しゅうちゃんも新しい学校で新しい生徒を相手にしている。慣れない環境で頑張っているところを想像すると、負担にならないように、甘え過ぎないように、自分でやれるところまでやらなきゃいけない気がして連絡はできずにいた。きっと新しい学校でも推されてるんだろうなぁなんて考えると、同担拒否の精神がむくむくと入道雲のように湧き上がる。
「しゅうちゃんのばかぁ…」
溶けたキャラメルみたいにテーブルにへばりつく私の上から、花ちゃんの声が降ってくる。
「あらあら、ハルちゃんも、かき氷も溶けちゃってるわねぇ」
「え!?」
物思いに耽っている隙に、5月の暑さはかき氷をも手にかけていた。
「あぁぁぁぁ、花ちゃん、ごめんなさい!」
「いいのよ。それにね…?」
不気味に微笑む花ちゃんが一瞬、おとぎ話の魔女に見える。鉄の鍋をかき混ぜる挿絵のように、花ちゃんは私の器をスプーンでぐりぐりと混ぜていく。ミルクの白に、イチゴの赤が混ざり合って、色水になっていくかき氷。
「どんな形でもいいのよ」
花ちゃんが優しく囁く。
「どんな風になっても、美味しいものは美味しいのよ」
言葉が染み込んでくる。優しく撫でられている感じ。
「大丈夫よ、ちゃんとしていれば、出ない芽は無いんだから」
「でも…」
「かき氷を一気に食べてしまえる子もいれば、そうじゃない子もいるじゃない?無理して急いで食べる子がかわいそうだったの。だから、今年は溶けちゃってもいいかき氷にしたのよ」
魔女は最後に何かを振りかけた。
「どうぞ」
「いただきます」
お抹茶のように器に口をつける。濃い目のチャイが薄まって、そこに混ざったイチゴの味。そして、ピリッとした刺激。
「黒胡椒…!」
「目は覚めたかしら」
花ちゃんの笑顔はお日様みたいで、私の心もまた、溶かされてしまうのだった。

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溶けていく、時間と私とかき氷。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛(https://note.com/hanananokoe/)
色水になっていくかき氷
本文執筆:Pawn【P&Q】

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