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私が初めて世界を見た日。

目が覚めると世界は静かな混乱の中にあった。なぜか分からないけれど、スマホがダメになっていた。ネットがつながらないとか、アプリが立ち上がらないとかじゃなく、スマホ自体がうんともすんとも言わなかった。暗い画面に映る私の顔。寝起きの冴えない顔。
「え、どーすんのこれ」
ひとりぼっちの部屋に声が響いて消えていく。

「仕事…どうしよう」
恥ずかしながら、部屋には壁掛け時計も腕時計も無い。珍しいことではないと思う。果たして今何時なんだろう。バスや電車は動いているんだろうか。案外、ダメになったのはスマホだけで、テレビやラジオ、アナログの時計は動いていて、世界は変わらず通常運転しているのかもしれなかった。
「時計、買わなくちゃだめかなぁ…」
緊張感ゼロであくびを1つ。お腹の音がそれを追いかけてくる。

「ご飯…どうしよう」
極限まで家賃を切り詰めた結果、私の家にはキッチンが無い。そもそも料理をしないから要らないし困らない。近くにコンビニがあるし。いつもなら通勤するときに食べるから、ここまでお腹が減ることはない。つまり。
「こりゃ寝坊してるな、私…」
それを肯定するように、お腹の音がもう1つ鳴る。

「連絡…どうしよう」
小学生であっても1人1台スマホの時代。固定電話を置いている家は絶滅危惧種で、もちろん一人暮らしの私の部屋にはあるわけがない。上司の声が脳内再生される。怒ってるかなぁ。そもそも壊れているのが私のスマホだけだったら、確定で世界は私抜きで動いていることだろう。いや、そっか。
「私1人いなくても困らないよね。大した仕事もしてないし」
自嘲するように、ふははははと笑う。ここでようやく私はベッドを出た。

「なにしようかなー」
幸いシャワーは出たので、汗を流して服を着替える。外はそこそこ良い天気らしい。私の部屋は激安なので、窓から直に外が見えない。雨の音は聞こえないし、明るい光が隙間から漏れているのが見えるから、多分晴れているけれど、日陰の物件だから、暑いかどうかも分からない。

「海行きたいなー。お散歩、お散歩」
ちょっと元気が出てきた。お腹の減りもやり過ごせた。食費が浮くぞ、へへへ。お気に入りのワンピースを着て、お気に入りの靴をはく。お出かけなんて久しぶり。いつもは寝ているうちに休日が終わっちゃうから、ここ数年、昼間にお散歩なんて健康的な生活をしたことがなかった。部屋の外に出て振り返り、ドアにスマホをかざす。反応なし。
「鍵、かからないじゃん」
子供みたいに大袈裟に言って、1人で大笑いしてしまう。こんなこと久しぶり。ツボってしまって、私はドアの外でひーひー言いながら、しばらく笑う。
「ってことは、コンビニも自販機も使えないな!」
謎元気のまま、大声で言って、また笑う。熱中症不可避。ウケる。
「ま、大したもの無いし。こんなとこに盗みは入らないよね」
オッケーオッケー行ってきます、なんて元気に歌いながら私は鍵をかけずにお出かけ再開。無駄に、謎の解放感。これはカナダ人が少し羨ましいかもしれない。ノー施錠デー、ちょっとハマっちゃいそう。

通りに出ると、人は歩いてるけれど何か違和感。歩きながら考える。うーん、なんだろう。あ、そうか。今日は人とよく目が合う。目が合ったおじさんに微笑み返したところで気付いた。そう言えばいつもスマホで何か見ながら歩いてるもんなぁ。小学校のときからそうだったから、それが普通だと思ってた。なるほど、これがbeforeスマホというやつか。そわそわ落ち着かない人もいる。手には真っ黒画面のスマホ。分かる分かる。the手持ち無沙汰って感じ。不安だよねー。ん?そうか、私のスマホだけじゃないんだ。一気に気持ちが楽になる。このままだらだら、海の見える公園まで歩いても、多分誰も怒らない。何時間かかるか分からないけど、どうだっていいや。

地図アプリが無いから、記憶を引っ張りだそうとするんだけど、景色の記憶が出てこない。そりゃそうか、スマホの言う通りに歩いてたんだし。美観を高めるために道路標識が無くなっていることもニュースでは知ってたし、スマホあるから平気って思ってたけど、意外に不便だなー。詰んだ!かくなるうえはと、目が合った気の良さそうなおばさまに声をかける。
「海の見える公園って、こっちの方で合ってましたっけ?」
「えぇ、そうよー。少しかかるけど、若いから大丈夫ねぇ」
そんなふうに言葉を交わして別れる。意外とイケるもんだな、路上会話。次、イケメン見かけたらナンパしちゃおう。へへへ。地図があてにならない世界で、私は君に恋をする。なんちゃって。へへへ。

「…ュースです!流星群が地表に多数到達し、世界では大混乱が予想されます。日本でも数時間後には電子機器が―」
スマホから流れるアナウンサーの慌てた声で目が覚める。なんだ、夢か…。ちょっと面白くなりそうだったのに。さて、お仕事お仕事。今朝は何のおにぎり買おうかな。

~FIN~

私が初めて世界を見た日。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『地図があてにならない世界』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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