備忘録

そろそろ30才の節目の年を迎えるにあたって、これまでのライフイベントを整理をしてどういった行動原理で何が得られたかを書き記すことにします。年数で言えば25才よりサラリーマン人生をスタートし、現在会社員5年目、結婚4年目、父親0年目となります。留学に伴う留年と、大学院(理系)を修了しているため会社員人生で言うと1年、また育児休暇をこれより1年取得の計画なので就労期間で言えば普通よりも経験が少なくなってしまいます。

学生時代の当初は企業の研究部署で基礎研究や論文作成をしたいという思いがあって大学・大学院に進学しました。しかし年次が進むにつれ日本に限らず海外の様々な場所で過ごしたい、働きたいという別の欲求が生まれました。同級生に対して刺激を受けたのだと思います。留学という選択に至りました。留学後に博士課程に進むという思いも抱いていました。留学先のヨーロッパでは幸い似たような分野で勉強できたことや、半年~1年の短い期間ではありましたが2つの研究グループで研究活動に携わったりと、その後の在り方を考える機会がありました。同時に研究自体が資金や環境、人の関係づくり、そして成果の大小・有無に臆さない気力、時間を費やす気力があるかどうかを実感し、中途半端な期間を環境を変えて飛び回っている自分に対し、職業選択が間違っていたのではないかと不安がよぎりました。

留学を終え日本に帰った後、上記の経験もあり、研究を職業にする憧れや大きな研究成果を掴むという憧れよりも、自分の力で信頼を一から作り上げ大きな仕事を成し遂げるかという考えに変わってきました。当初考えていた博士課程に進むという選択は、修了年限が限られていることから研究テーマ・成果が既にパッケージ化されたものを取り組んでいる感覚があり選択肢から外れてしまいました。社会に出るにあたって、業種や職務に関して強いこだわりが無かったため、長く住むイメージのできた出身地の企業に就職することにしました。また留学先で出会った現在の妻を呼び寄せ、結婚生活を始めるイメージもあったからです。

振り返って書いてみたのはいいものの、準備期間を設けていたものの結婚生活が上手く行かず破局を迎える危機があったこと、業務のギャップに馴染むことに時間が掛かったこと、それなりに苦しい期間がありました。家族の関係づくり、会社で顔を覚えてもらうという地盤づくりに終始していたと思います。妊娠に関しても身体に関する理解から始め、幸いにも授かりました。
妻も日本語の言葉を借りた”Ikigai”という言葉を使いますが、生き甲斐、遣り甲斐をもがきながら掴む20代でした。


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