映画『破戒』の感想

2022年の映画『破戒』を観ました。とても良かったです。これまで見た映画の中で相当上位なほど…色々込みで一番かもしれないくらい。賞とっててもおかしくないくらい良い作品でした。

少し前に中上健次の短編『蝸牛』を読みました。個人的にはそんなに好みではなかったのですが、感想を調べてみると、色々な方が詳しく解説されていて、理解が深まりました。調べていくうちに、中上健次の代表作『枯木灘』は被差別部落を舞台としていて、部落民を題材にした作品は明治時代に島崎藤村が『破戒』を出して以来だということを知りました。

ちなみに以下のサイトで中上健次は部落を島崎藤村と違う描き方をしているということが詳しく書かれていました。
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/week_description.php?shinbunno=3142&syosekino=6850

そういうきっかけで『破戒』を調べましたが、『破戒』は歴史かなんかの教科書などで見たことがありましたが、あらすじを初めて知って、そんな話やったんや…と思いました。題材とか関係なく、あらすじだけで惹かれるような内容でした。

明治の終わり、被差別階級出身の青年瀬川丑松が出自を隠して小学校教師として勤めていて、生徒たちからも慕われていた。生い立ちと身分を隠して生きよ、という父の戒めを頑なに守る一方で、同じく被差別部落に生まれた解放運動家、猪子蓮太郎を慕うようになり、丑松は、猪子にならば自らの出生を打ち明けたいと思いながらも苦悩する。…みたいな感じの話です!

映画を観終えて、感想を調べていると、原作の小説との相違がいくつかあるようでした。
でも、どこも良改編で、むしろそうなってて良かったと思いました。あんまりよくわかってはいないのですが、原作でここが弱いと批判されたところを補完した形だったり、現代の人に受け入れやすいような描写になっていたりするようでした。改編によって、違和感や矛盾なく話がスッと入ってきたように思います。

原作との違いについてはこのサイトに詳しく書かれています(大変参考になりました)。
https://syunju.blog.shinobi.jp/文学/全国水平社創立百周年記念映画『破戒』ネタバレ感想(※

映画はまず、キャストの演技がとても良かったです。出演されているスマイルのウーイェイよしたかさん(芸人)のnoteを事前に見ていて、凄く良いことを書かれているなと思って感動しました。また、主演の間宮祥太朗さんや石井杏奈さん、矢本悠馬さんなどどなたも景観に溶け込んでいて、本当にその時代に生きているかのような上品な佇まいでした。

特に感銘を受けたシーンがいくつかあるのですが、まず、学校の同僚の土屋銀之助との授業前に教室に向かうシーンで銀之助に「猪子先生(思想家)に感銘を受けるのはいいけど、それはそれやろ。先生とは立場が違うんやし」みたいなニュアンスのことを言われるところがなんか良かったです。こういう人いるな…と思いました。わたしも社会的弱者の擁護をすると、「自分はそういう人らと違うんやし、そんな必死にならんでいいやろ」と言われたような、言われなかったような気がします。銀之助は終始その時代の普通の人、みたいな感じで描かれます。良くも悪くも普通の人で、差別意識とかなくてもその時代に生きていたら自然にこうなるんだろうな、というような。でも銀之助はめっちゃいいやつでした。原作とは違うのですが、映画では丑松が銀之助に出自を告白するシーンがあり、言われたあとの返しが「今まで無意識に傷つけるようなこと言ってしまってて、ごめん!」みたいな感じで、めっちゃいいやつやんってなりました。以下にこうした改編を行った意義を載せてくれています。

脚本家インタビューの中で、物語の中で一番重要なのは銀之助であり、周囲に合わせて無意識のうちに当事者を差別してしまっている姿が現在の私達にも重なる部分である、と言われていたからです。
映画の中で銀之助は、周囲の教員に合わせて部落出身者を差別し友人である筈の丑松も傷つくようなことを無意識に断言してしまいます。しかし、いざ当事者が身近にいたという事実を知ると、これまでの非礼を申し訳なかったと素直に詫びるのです。これは現代人である我々が同じようなことを無意識にしていないか、もししていた場合、当事者を目の当たりにしたら素直な気持ちで接するよう教訓的な意味合いを持つシーンとなっています。これは差別を主題とした映画を描くのであれば非常に意味のあることで、心の動きでお互いを察しているという文学の在り方とは根本的に異なる表現の仕方、現代人にも通じる意味ある改編であるということができると思います。

https://syunju.blog.shinobi.jp/文学/全国水平社創立百周年記念映画『破戒』ネタバレ感想(※

お母さんにも勧めたら見てもらえて、送ってくれた感想でもこう言ってくれました。
『矢本は間宮のことを友達として接していたんやな。当時は、差別が当たり前だったし、それでも友達として思いやっていたことが⤴️⤴️なって感じたわ。今もいろいろな差別があるけど、考えていかなアカンね。同じ人間として、接していくことが大事やと思う』

あと、猪子先生が選挙で弁護士の人を擁立していて、応援演説をする際に、対立する候補者に雇われた妨害の人に野次られて、「昼間から酒飲みやがって、公民権運動のときのお前らの情熱はどこいってん!」と言ったり、「我は穢多なり、されど我は穢多を恥じず」と自分の本の一節を語るシーンなども良かったです。

あと、教師でライバルの勝野と喧嘩するシーンもめちゃくちゃよかったです。勝野が猪子先生のことを「あの人のやってることって研究でも文学でもない、思想家なんかカスやんな、もはや狂人と言っていいほど…笑」と取り巻きとバカにしていたところ、丑松が(はっきりとは覚えていないのですが)「自分の私利私欲に走る腐った政治家ばっかの中であの人は社会のために色々やってる。それを狂人と言うなら進んで狂人になろう。」とブチギレるシーンが良かったです。

あとは、丑松が生徒に帳簿あげるところとか、生徒抱きしめるところとか、お志保(ヒロイン)の名前なんて呼ぼうかなって一人で反芻してるところとか、最後に勝野が完敗するところとか…。

丑松が生徒みんなの前で出自を告白するところは泣きました。丑松は新しい価値観を持っていて(それが校長にやっかまれるのですが)、勝野か校長か市長か忘れましたが、その人に対して学校を兵隊の養成所みたいに語りやがってと思うシーンがあります。生徒の何人かは兵隊になりたいと元気よく言うのですが、生徒の一人は人を殺すなんて嫌すぎる。殺される方がましだ。と言います。それに対して丑松は(ここもあまり覚えていないのですが)今はロシアと日本が喧嘩している状況で、みんなで仲良くできれば云々と誰も否定しないようなことを言います。そういうことを教えていく中で最後に自分の出自を告白することとなり、「先生は今までみんなに何が正しいか、また正しい行動をとるにはどうすればいいか教えてきたつもりでしたが、その先生がごまかしをしていました。今まで遠足に行ったことなどとても楽しかったです。(出自がばれて)学校にはもういられませんが、小学校のときこの教室で丑松に教えてもらっていたことを良ければ思い出して下さい。そして、差別されているような人も、自分と同じ人間だということを覚えておいてください。」と泣きます。めちゃくちゃいいシーンでした。

まだまだ思ったことを書ききれてはいないかもしれませんが、最後に、猪子先生と丑松が2人で話した内容について触れます。
丑松の下宿先で猪子先生と部落差別について語っていて、(ここも申し訳ないのですがはっきりとは覚えていませんが)いつかはなくなるんですかね?と聞くと猪子先生が「また似たような差別が出てくる」と言っていた気がします。
映画を見る前に、解説を見ていて、そこでは「『破戒』は当初、差別を助長する表現があるとして叩かれていた。その背景には寝た子を起こすな(被差別部落のことを知らなければ差別も生まれない)という思想があった。そういう考え方は被差別者に対して我慢して生きることを強いることとなり、根本的な解決にはならない。のちにそういったことは批判されるようになり、差別について正しい知識を身に着け、適切な行動をとるべきだという考え方が一般的になり、『破戒』は同和教育で使われるようにもなった」ということが書かれていました。
わたしも小学校などで部落差別を習ったときに、これを教えずに風化させたほうが人々の記憶からも消えてなくなると思いましたが、差別の何が悪いのか・された人も自分たちと同じ普通の人であってつらい思いをするとかの本質を理解してないと、(今でもジェンダーの差別などかありますが)似たようなことがまた起こるでしょう。なので、差別についての適切な教育を行うことは大事だと思いました。

この映画では、社会悪と戦う思想家とか、弱い部分に向き合って生きる主人公がすごくかっこよく描かれていて、感情移入もしやすく、反対に差別をする方の人(勝野とか)は最後かっこ悪い感じになります。なので教育に使うにもぴったりだと思いました。

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