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ミッドナイトアロマ〜 未練だらけの甘いシャンプー 〜


パンドラの箱だった。


もう大丈夫かな、
なんて思っていたのに
シャンプーボトルを押した瞬間、
ジャスミンの甘ったるい香りが
広がった。

そうだ、この香りだ。

忘れかけていた感覚が
蘇ってくる。

ちゃんと目を開いているのに
自宅のお風呂の中の私の目の前には

昨年付き合っていた彼の家の、
お風呂場の光景が広がった。



あと半月くらいすると、
ちょうどその香りと出会って
1年経つ。


昨年の10月、
当時付き合っていた恋人が、
暮らしている家に、初めて行った。

初日に、お風呂に一緒に入った時
私はこの香りに出会った。


彼の家のお風呂場には
シャンプーもトリートメントも
ボディーソープもそれぞれ
何種類かおいてあって

シャワーがふたつ並んでいた。

彼に「どれ使ってもいいよ」
と言われた私は、

眼鏡を外した全く見えない目に、
ぶつかるくらいにシャンプーの背を
近づけて文字を読んだ。

ラックス ルミニーク
ミッドナイトアロマ

これLUXなんだ〜、
初めてみた!

そう思いながら
シャンプーであることを確認して
ポンプを押した。


ふわっと甘い香りが漂って、
「え〜!こんないい香りのシャンプーあったんだ〜!!」なんて思いながら、泡立てて髪の毛にのせた。


これが、
私とこのシャンプーとの出会い。

彼の家には6日ほど泊まっていて、
その間にずっと、
それを使わせてもらった。

すっかり、虜になった。



当時私はまだ、
DHCさんに頂いた、
ピーターラビットの絵が
描かれている、Mild Pureという
シャンプーをあけたばかりで、
それもノンシリコンなのだけれど
個人的にはシャンプーの香りは
好きだけどコンディショナーの香りが気に入らなくて、

えー、はやくこれ、
なくならないかなぁ、
と思っていて、

そのMild Pureを使い終わっても、
今度は
3月に頂いてまだ開けていない
ユニリーバさんに頂いた
金色のLUXを持っていた。

(金色のLUXも、とても良いですよ)




ー 東京に戻ったら
このシャンプー探そうー





「このシャンプー、
とってもいい香りするね」


先にお湯に浸かってる彼の元へ
いって一緒に湯船に入ってから
私は彼にそう言った。

ーLUXの青いやつー

忘れないように心の中で呟いて、
そのボトルを目に焼き付けて。




東京に戻ってから、
その、LUXを探した。

なかなか売っていなかった。
どうやら店舗限定品らしい。

ちゃんと
名前を覚えていなかったので

LUXの青いボトルのいい香りのやつ!

なんて曖昧な記憶を頼りに

薬局に行く度に探した。

なかなか売っていなかった。


やっとそれを見つけたのは、
彼と別れて、年も明けてしばらく
してからだったと思う。

その時には既に、
ピーターラビットは使い終わって、
金色のLUXを使っていた。



地元の薬局のひとつで、
今まで見つけたことの無い、
その見覚えのある青いボトルを
見つけた私は、これ……
だよね、たしかこれのはず、
と手に取った。


しかし、彼の家でそれを使ってから
3ヶ月以上たっており、
またその彼とも別れていたので
「どのLUX?」なんて
聞くことも出来ない。

香りの見本置いてないかしら……
と探したけれど残念ながらなく、
シャンプーとトリートメントが
セットになって袋に入っているそれの
袋の隙間から香りが出ていないものか……と鼻を近づけた。

これ……だ。
間違いなくこれだ。
本当に、微かに、
すぐにわからなくなる程度に感じる
香りは確かに、甘ったるい、
あの香りだった。


私は、まだ開けたばかりの
金色のLUXを頭に思い出しながら、
そのシャンプーと
トリートメントのセットを
カゴに入れた。

忘れないうちに
手元に置いておきたかった。


金色のLUXがなくなったら
使おうと思って買ったのだけれど

実際、買ってからこれを開けるまでに
半年以上かかった。

金色のLUXがなくなったのは
ゴールデンウィーク明けか
5月中くらい。

にもかかわらず、そこから
4ヶ月以上、LUXを開けることが
できなかった。

理由のひとつは、
これを開けたら彼を思い出してしまう
と思ったから。

でも、
それが嫌だったわけじゃない。

むしろ、思い出したかった。

そう、私はまだ、
吹っ切れていなかった。

自分から別れを告げたのに、
半年経っても
思い出すと泣いていた。


コロナの自粛の間に、
思い出す時間が減り、
自粛が開けると今度は、
仕事がなくなるとわかって、
アルバイトを探して、
転職活動も再開して、
死にたくなるほどになって
転職活動を中断して、
他にもやることはたくさんあった。

新しいアルバイトになると、
覚えることもたくさんあったし、
前の仕事より長時間働くことになって
彼を思い出す時間は減っていた。


いやもっと前、自粛中に、
アニメやテレビドラマや映画を
観ていた時間は、
確かに、彼の存在は頭の容量では
最小になっていた。


そうして時間が経って、少しずつ
彼の顔や雰囲気や
どのくらいの背丈とか香りとか
わからなくなっていった。

でも、私は知っていた。
このシャンプーを開ければ、
彼の香りになることを。

あの時、使った光景を、
彼の家に泊まった時の
一緒にお風呂に入った時の香りを
絶対に思い出すことを。

ちゃんと分かっていた。

分かっていて、使えなかったのは
思い出したくなかったからではない。

開けて使い始めたら、
このシャンプーが無くなった時に
その思い出ごと喪失してしまう
気がして怖かったからだ。

だから、替えを買うまで開けない、

そう決めていた。


そして、ついに、この9月末、
詰め替えの
シャンプーとトリートメントを
とりあえず2つずつ買った。

それでも開けることができなかった。

開けてしまえば
このシャンプーが、どんどん
無くなっていくことを

仮に詰め替えをもっていても、
1本目が確実に消えることを
分かっていて、
それを私は恐れていた。


そう、
気持ち悪いくらいに
未練タラタラのままだった。



しかし、詰め替えを買って
3日と経たずパンドラの箱が
開く時がきたのだ。

金のLUXがなくなってからは、
母のピンクのジュレームを
極たまに拝借したり、家族兼用の
パンテーンを使っていたのだが、
母に「勝手にジュレーム使わないで」
といわれ、
パンテーンもトリートメントのほうが
なくなった。

9月27日、日付変わって28日。


父がお風呂から出て、
ついに私の順番が来た。

私はパジャマと洗顔料などを用意して


そしてついに、

今まで開かなかった

LUX LUMINIQUE
midnight aroma


のシャンプーとトリートメントの
セットになっている封を切った。

封を開けたら思い出すかと思ったのに

未開封のボトルからは香りがせず、
そのままお風呂場へ持っていく。





やっと開けた記念に写真を撮って、

そしてついに、準備がおわり、
シャンプーとトリートメントを手に
お風呂のドアをしめた。

未開封のボトルを
くるっとまわして、
シャンプーとトリートメントの
ボトルの頭が飛び出した。

心臓の鼓動が
少しずつはやくなっていく。

左手を添えて、
右手でシャンプーボトルのヘッドを
ゆっくりと押した。


甘い、懐かしい香りが
お風呂場いっぱいに漂った。

彼の家のお風呂場が、
目の前に広がった。

涙が出そうだな、
なんて思ったけれど
1粒もでなかった。


そうだ、こんな香りだった。

浮かび上がる彼の家の光景、
彼とお風呂に入った時の光景。




私はこうなることを分かっていた。
分かっていて、だからこそ、
このシャンプーを捜し求めていた。


そして買ってなお、
無くなってしまったら
味わえなくなるから、と
詰め替えを買うまで開けることが
できなかった。
未練だらけだった。




でも、やっとこのシャンプーを
開けることができた。


過去、なんだな。

はっきりと、そう思った。


洗い終えて
湯船につかった瞬間、
目に少量の涙が溜まった。


少しだけ胸が苦しくなって

でも、はっきりと過去だった。

開けてはいけないのが
パンドラの箱。

「傷をえぐる」

ほんとにその通りだったと思う。




開けてもいないのに
部屋にずっと、買ったままの
ルミニークが置いてあって
私はその存在だけで、
胸がギュッと痛かった。

パンドラの箱は、急いで
閉められたから最後に
「未来が全てわかってしまう災禍」
だけは飛び出なかったため、
パンドラの箱の最後に残ったのは
希望だ、と言われている。

閉じることの出来ない箱を
開けてしまった私には、
このLUX LUMINIQUEの
シャンプーから連なって思い出す
彼との記憶は、
すべて飛び出ていって、
箱の中には何も残らないんだろう。



ふわっと甘ったるい香りになった
髪の毛の香りを感じながら、
やっぱりまだ心がキュッと鳴った。




もうあの時の私じゃない。
きっとあの時の彼でもない。
だから、元に戻るなんて
思わない。

でも、あの時の、
まだ付き合っていた時の、
彼のことを好きだと思った時の彼を、
私は未だ好きだったままだ。



そうはいっても最近は、
彼自身のことを思い出すのではなくて
頭の中に友人を描いて
その頭の中に描いた友人に、
「彼のこと、好きだったんだよ。
ちゃんと好きだったんだよ、
まだ、会いたいよ。」
とつぶやいている。



シャンプーを、未練がましく
最初にお店で手にした時よりずっと
気持ちは進んでいた。



ベッドの中で
ミッドナイトアロマの
ふわっと甘い香りに
包まれたまま、
涙は横に流れていった。

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