見出し画像

#38:グレーな人生の行方

 この仕事を頼まれたとき、ヤバイなって思ったんだ。克也は、今までグレーゾーンの仕事をしてきたが、今回はきっと完全にブラックだ。だが、今更引き返せない。

  ***
 克也は、高校の頃にグレて、親から勘当され、グレーの世界で働く、という良くテレビや小説にありそうな設定の人生を歩んできた。そして、今後は怖い人たちに脅されて、ヤバイ仕事をさせられて、警察に捕まるという三流ドラマの予想通りの展開になるんだろうな、とため息をつく。
 どうして、俺はグレたんだろうな。思い出そうとするが、何も思い浮かばない。きっと理由はないんだ。ただ甘えていただけだ。引き返せるタイミングはあったはずなのに、ズルズルときてしまい、もう引き返せない。

  ***
 今回頼まれたのは、写真に写っている子供を連れてきてほしい、という依頼だ。これって誘拐だよな……今回は何度も助けてもらった恩がある先輩に頼まれたため、断ることは出来なかった。その先輩が誘拐なんてするわけがない。きっと誰かに頼まれたのだろう。克也の失敗は、その先輩の失敗となる。恩を仇で返すわけにはいかない。しかし、この子誰かに似ている気がするな……

  ***
 克也は諦めて、その写真の子供がいる幼稚園を覗く。克也は慌てて、体を隠す。
 今見覚えのある顔があった。気のせいか、と思いもう一度顔だけ出して、覗く。数年会っていないが、どうみても親父だ。なぜこんなところにいるのだ?しかも強面に似合わない可愛いエプロンをしている。親父は普通の会社員だったはずだ。転職したのか?
 いや、そんなことよりもどうやって子供を連れて行こう。幼稚園の前をうろついていると、不審者に思われるだろう。克也は幼稚園が見えるカフェに入った。幼稚園内はセキュリティーが高い。かと言って帰りはお迎えが来るだろう。とりあえず今日は尾行して家を突き止め、1人になるときを待つべきか……

  ***
 幼稚園が終わったようで、子供たちが園から出ていく。克也は写真の子供を見逃さないようにしっかり見張る。
 その子が出てきた。克也は慌てて、尾行をする。おかしいな、1人だ。克也は悩む。もう少し様子を見るか、1人のうちに声をかけて、連れていくか……幼稚園も見えなくなり、その子は小さな路地に入った。人通りはない。チャンスだ。
「お嬢ちゃん、迷子になってしまったから、道を教えてくれないかな?」
と、言った瞬間、後ろから羽交い締めにされた。
「お前だな、ストーカーは。親御さんからストーカーを捕まえてほしいと依頼があったんだ。」
親父だ。まだ親父は俺と気付いていない。それよりストーカー?どういうことだ?話すにも声で自分とバレるかもしれない……克也がアタフタしていると正面から先輩が歩いてきた。その子は「パパー」と先輩にとびつく。どうなっているんだ?後ろに親父、前には連れてきてくれといった、パパと呼ばれる先輩。克也はパニックになる。

  ***
「佐々木さん、そいつはストーカーじゃないですよ。俺が迎えに頼んだんです。だから、離してやってください。」
先輩が親父に向かって言う。
「おぉ、そうですか。これは失礼しました。怪しい動きをしているものだから。」
親父は俺を離す。俺は腰を抜かし、へたり込んでしまう。克也は先輩に尋ねる。
「先輩、どういうことですか?」
「俺の子供、このみ。可愛いだろう?お前さ、今なら引き返せる。間に合う。逃げるなら、明るい方に逃げろよ。このままだと人生詰むぞ。お前が今のままなら、俺にはこのみがいるから、もうお前とは関わらない。優柔不断で流されまくりのお前に最後のチャンスだ。」
先輩は克也に言う。そして今度は親父に向かい、
「佐々木さん、いつもこのみがお世話になってます。余計なお世話ですが、園児たちも大事ですが、そこの大きな園児も相手にしてあげてください。それでは、今後ともよろしくお願いします。」
そう言って、先輩は去っていく。

  ***
 親父が俺の顔を覗き込む。
「克也か?」
「あぁ。親父、何やっているんだよ。そんな可愛いエプロンをして、職務質問うけるぞ。」
克也は顔をあげられず、素直に話せない。先輩がチャンスをくれたのに。
「うむ、確かに園の外では外した方が良いな。克也はダメなやつだと思っていたが、良い友人に恵まれたようだな。さぁ、どうする?このみちゃんパパの優しさを受け入れられないなら、どうしようもないな。」
「先輩は俺の恩人だ。先輩の言うことは絶対だ。俺だって、もういい加減にしないとと分かっていたんだ……」
「そうか、じゃぁとりあえず一緒に帰って、お互い冷静に話し合おう。」
親父が言う。克也はやっと親父の顔を見る。久しぶりにみた親父の顔は皺が増え、老けているが、目が穏やかだ。克也は泣きそうになる。必死に堪えて、憎まれ口を叩く。
「でもなんで幼稚園で働いているんだよ。強面の親父じゃ、子供たちが怖がるんじゃないか?」
「ボランティアで、仕事の休みの日に働いているんだ。人は見た目で判断してはいけない、という教訓になるだろう。それに自分の子供の教育を失敗したからな。うまく言えないが、いろいろ取り戻したかったんだよ。」
「幼稚園児に教訓なんて早すぎるだろう。」
親父に見られないように、克也は一歩後ろに下がり、泣いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?