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同じ穴の狢

「あなたを理解できるのは私だけ」

 彼女は会う度に俺に言う。俺はそれが嫌だった。だが彼女はわがまま一つ言わず、俺の言うことをなんでも聞いてくれる。たった一言の言葉だけ我慢すれば良いだけ。

 人間関係が嫌いだ。だが、俺はそんな性格を微塵も見せず、社交的に振る舞う。学も金も親もない俺にとって円滑に生きていく上で必要なこと。

疲れる

 彼女がまた同じ言葉呪いを言う。その時の俺は聞き流す余裕がなかった。
「俺の何を知っているんだ?俺を理解していると思うことで安心しているんだろう?お前の生きる理由にするな。俺にとってお前はただの都合の良い女だ。」
彼女は今にも泣き出しそうな顔で出ていった。

 さすがに言い過ぎたと思い、翌日彼女に連絡したが、携帯は繋がらないどころか、使われておりません、というアナウンスが流れた。

 知らない番号からの連絡。彼女かと思い、慌ててとる。電話の相手は彼女の友人と名乗る男だった。彼女と連絡がつかない、何か知らないか、と。俺は何も知らない、彼女と連絡がついたら俺が謝っていた、連絡してほしいと伝えるようにお願いし、電話を切った。

 禁煙していた煙草に火をつけた。彼女は今、何をしているのだろうか?俺は不安定な彼女を追い詰めた。様々な不吉な予想が頭によぎる。俺のせいで……?立っていられず、俺はベランダに座り込み、結局煙草は吸うことなく灰となった。

 彼女がいなくなってから、俺は装うことを止めた。もう、いい、疲れた。1人、大衆居酒屋で安酒を飲む。

「煙草やめたんじゃなかったの?」
彼女の声に似ていた。慌ててその声の相手を見ると彼女だが、彼女じゃなかった。彼女じゃない彼女は俺の隣に座り、まともなお酒がないわねー、まぁ、良いわと独り言ち、ハイボール頼む。俺の前で彼女はお酒は飲めないと一度も飲むことはなかった。
「驚いた?実験も終わったし、会う気はなかったんだけど、あなたがあまりに酷いから上が煩くてね。死にかねない!って大袈裟よね。あなたにそんな度胸なんてないのに。」
見たことない派手な化粧に、派手な格好。誰もが振り向く美人。俺が知っている彼女とは真逆だ。
「お前は誰だ……?」
分かっているのに頭が受け付けない。彼女は妖しげに笑う。
「あなたがこっぴどく振った彼女は生きていた、それだけ分かったら十分でしょ。あとはいつものように逃げれば良いのよ。」
彼女はハイボールに口をつけ、うすっと見たことがない顔で笑う。
「実験って、なんだ……?」
「面倒だから、勝手に想像して。もう二度と会わないし。あと連絡がきた私の友人もこっちの人間だから、連絡しなくて良いわよ。じゃあね。」
彼女は俺の目を見て、微笑み、席を立つ。

「お前を理解できるのは俺だけだよ。」
立ち去る彼女の背中に向けて言う。彼女は笑う。
「なにそれ、負け犬の遠吠え?苦しい。もう終わったんだっ……て……」
彼女の顔が歪み、そのまま彼女は立ち去った。

 俺の知らない頭の良い彼女なら俺の言葉呪いを理解したはず。実験?騙されていた?どうでも良い。二度と会えなくて構わない。俺たちは同じ穴の狢だろ。彼女は死ねない。

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