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感性とは

さをり織りを教えていて

思う

自分の感性とは?なんだろう?

頭で考える癖のある人は

さをり織りはすこし苦しいと思う

でもそれもいっとき

考えるな

感じるんだ

それは「癖」なんだ

考える癖は頭の中に「靄」みたいになって「在る」

その靄さえ取り払えば「目の前に広がる」感覚の世界

これは

子供なら誰しも練習なしで「できるんだけれど」

大人は厄介

考えるのが仕事になってしまってるから

頭を真っ白にして

織り機に向かおう

何かを作ろうとかせずにただ向かおう

ただ「織るという行為をしてみよう」

感覚だけを頼りに「糸を選び」足を動かしてみよう

そのうち

頭の中が

真っ白になるんだ

それは「空」

それは「海」

それは「宇宙」

それは「森」

それは空気かもしれない

パタパタ織ることは

感性を磨く助走みたいなもんで

そのうち飛べるよ

自分の世界はいかに広く豊かで「唯一無二の自分に気づく」

そうするとね

他人も「唯一無二の」存在だとわかる

そうするとさそこには比べようもないからさ

争いも嫉妬もないさ

別に「さをり織りをしなくても良い」

でもさをり織りが一番簡単で

その道に行きやすい

その道とは

瞑想に近い

揺るぎない

安心に

自己肯定がそこには自然にできてくる

無理したり苦しんだり

カウンセリング

受けなくても良いのよ

自分で自分が見えてくるし

OK出せるとさ

世界がまん丸に見えてくるんだ

今日も読んでくれてありがとう

例えばね「写真をうまく撮りたいとするじゃない」

なぜ「うまく撮りたいのかな?」

それは人に見せて褒めてもらいたいからだよね

でもさ

もっと

自分の奥のほうを見てみようよ

写真撮ることで「自分の存在価値」の認識とかさ

在るかもやん

それはそれで良いからさ

今ここに「自分が何を見て何を感じてシャッター押してるか」やん

それ見て

ああだこうだ

在るやん

でもさ

もっとシンプルにさ

ただ見たいものを写す

ただシャッターを押す

で良いんだよ

できない人はさ

練習

写す練習

即反応する練習

それには「カメラを絶対離さない」

自分の目ん玉の「瞳」瞼が閉じるように「押してごらん」


さをり織りもそう

真っ白な気持ちで

椅子に座り

ひたすらおれば見えてくる

感じてくる

それが「今此処を生きてる」ということなんだよ

今日も読んでてくれてありがとう

ぱたんこ屋


一人の人間が表現という世界で「満ち足りていれば世界は太陽みたいなんだわ」

ほんと





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