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Potto リリースです!


【Potto】
Style:Swedish House Porter
ABV:2.5%

低めの度数でありながら麦芽由来の香ばしいかおりや、ほのかな甘やかさも。
煮沸をしない製法により、酸味のあるパンのような味わいの、北欧の農家にルーツをもつ黒いビールです。




ビールつくりの起源を辿ると紀元前4000年頃のメソポタミア文明まで遡ることができます。
諸説ありますが、当時のパンのようなものを甕に入れて保管していたところに水が入り自然の酵母が取り付くことでビールのようなものが出来上がったそうです。

その後技術の確立と、人類の大移動に伴い世界各地へと広がっていったようです。

ヨーロッパ大陸は特にビールの歴史が奥深く、現代にもつながる伝統的なビールが各地で生まれました。

現代のようにビール作りが商業化される前はビール作りは各家庭で盛んに行われていたようです。
今回は北欧の農家にルーツをもつビールの文献を発端に、同じようなビールがヨーロッパ各地で作られていたのではないかという憶測も含め、昔ながらの技法を駆使してビールをつくってみました。

ファームハウスエール、つまり農家の酒というと農家だけが作っていたように思いますが、そもそも昔はほとんどの家庭が農家のようなものだったのでしょう。
自分達の畑でできた穀類、それは大麦以外にも小麦やライ麦、果ては雑穀など色々なものがあったと思われます。
ありあわせの穀類を粗野な道具で麦芽にしてビールを作っていたようで、現代のように淡色の麦芽を作るのは難しく、濃い色の麦芽が多かったとか。
当然地域ごとで様々なビールがあったようですが、大きく分けると祭事用の贅沢なものと、水代わりに飲む日常用の質素なものがあり、前者は度数が8〜10%程度、後者は2〜4%程度のものが多かったようです。

また麦汁を煮込む大きな鍋がなかった家庭もあるようで、ありあわせの設備、例えば木製の桶や小さな鍋、時には焼き石(!)を用いてビールを作っていたようです。

パシフィックには当然麦汁を煮込むための大きな釜がありますが、今回は敢えてその釜は役目を果たさず、代わりに熱湯をマッシュに注ぎ続ける手法で仕込みをしました。

煮沸をしない製法のため、タンパク質が特によく残りモルト由来の干草のような香りがより顕著になります。
口に含むとパンのような穀物感や柔らかさがあり、特に濃色麦芽とほのかな酸味からドイツ系の黒いパンを連想させます。

このビールに関しては、はっきり言って誰もが飲んで「美味しい〜!」とはならないと思います。
ですが、食べ物との組み合わせや飲むシチュエーション次第では、他に変わるもののない存在になる気もしていて、また歴史に思いを馳せるには十分すぎるくらい、古典的なビールでもあります。


果たしてこれは、名作か、迷作か?


おまけ

今回のビール「Potto」はとても古典的なビールの作り方を参考ににしました。
そこに至った経緯の話を少し。

ここ数年「Kveik」という北欧の農家にルーツを持つ酵母が注目を浴び、様々なビール作りに応用されています。

もちろん僕もとても興味を持っていまして、酵母が生まれた背景や、そもそも北欧の農家がどうやって、どんなビールをつくっていたのかということも気になっていました。

幸いにも、北欧のビール文化について書かれた本があり、それが上記のLars Marius Garshol著の「Historical Brewing Techniques」です。


北欧のビールの歴史についてもよくまとめられているのですが、実際に今でもビールを作る農家を何軒も周り、一緒にビールを作りながらその様子もまとめるなど、とても濃く貴重な内容となっています。
英語の書籍なのでコツコツと翻訳しながら一冊を読み終える頃には、本書に書かれているビールを作りたくてしかたなくなった、という次第です。

北欧の農家のビールと言っても当然一種類だけではなく、地域によって様々で本書で紹介されている中でもたくさの種類があります。
ですが、日本でいうところのどぶろくにも近いようなものなので、現地以外ではほぼ全くと言っていいほど飲む機会がありません。

そんな状況の中記憶を辿ると、2017年に出店したオランダのビアフェスで隣のブースだったスウェーデンのブルワリー「narke」が休憩用に持ってきていた2%台のブラウンカラーのビールが思いだされました。
低い度数ながら、モルトの味わいが豊かでとても美味しかったのです。
残念なことに写真を撮っておらず、なんというビールだったか定かではないのですが、かすかな記憶(スウェーデンの伝統的なビールスタイルと言っていたような)とインターネットを駆使して行き着いたのが「Svagdricka」というビールです。


「Svagricka」

スヴァドリッカはスウェーデン語で「弱い飲み物」を意味し、甘くて濃い低アルコール(アルコール度数2.25%以下)の麦芽飲料またはスモールエールの一種である。20世紀初頭にはスウェーデン全土にスヴァグドリッカの生産者がいたが、ここ数十年で人気が低下している[1]。 上面発酵、未殺菌で、ロシアのクワスに似ている。現在では生産者も少なく、生産量も季節によって大きく変動し、クリスマスやイースターなどスウェーデンの伝統的な料理と一緒に食べられる時期にピークを迎えるが[3]、人気はユルムストに追い越されている。

Wikipedia

確証はないですが、「narke」のビールもこの「Svagdricka」にルーツを持つものだったかと思います。
「Historical Brewing Techniques」の中にもこの「Svagdricka」にも似たビールが登場していたので、「度数が低くて濃い色のビール」に北欧の農家の製法を組み合わせてビールをつくってみようというのが「Potto」を仕込むに至った経緯でもあります。

今回の、北欧農家的製法で肝になるのが“麦汁を煮沸しない“ところです。

本文でも触れましたが、麦汁を煮込めるような大きな金属製の鍋が当たり前のように手に入る用になったのは比較的近代のこと。
それまでは土器や焼き石を使ってビール作りをしてたのが想像できます。

現代では麦汁を煮ることはごく当たり前のことですが、それによって得られることは
・殺菌作用
・不要なタンパク質を減らせる(熱凝固を利用し分離させられます)
・不快な香りの成分(DMS)を揮発
・ホップから苦味成分を抽出
・香味の向上(カラメル化やメイラード反応など)

難しいことは抜きにすると要は煮沸という工程は“何かと都合が良い”のです。

では煮沸をしない製法を選んだ今回のビール、その古典的な製法の弱点?を下記のようにクリアしました。

・殺菌→高温のお湯でスパージングして麦汁の温度を上げる(75度-80度)
・不要なタンパク質を減らせる(熱凝固を利用し分離させられます)→タンパク質が残るのはポジティブに捉え、パンのような風味を引き出す
・不快な香りの成分(DMS)を減らせる→SMM to DMSの変換が85度近辺で起こるので、逆にその温度まで上げない
・ホップから苦味成分を抽出→ホップをお湯で煮る(通称ホップティー)ことでイソ化を行いこれらをスパージングウォーターとする。
・香味の向上(カラメル化やメイラード反応など)→カラメル化したモルトを使うことで複雑な味わいを目指す。

酵母はノルウェーの「Voss」地域にルーツを持つ「Kveik」系のものを使用。
高い温度(30℃以上)での発酵でありながら雑味がなく、オレンジ系の香りを出す特徴があります。

本文でも書きましたが、仕上がりは「口に含むとパンのような穀物感や柔らかさがあり、特に濃色麦芽とほのかな酸味からドイツ系の黒いパンを連想させます。」と言った具合です。
これまでにない独特の雰囲気があり、面白いビールになったのではないかと思います。

化学技術が発達した今の時代、大抵のことはわかっていて、それによる効率化が進んでいますが、定番のビール「Passific Lager」で行っている「デコクション」のように、一見無駄とも思われるような伝統的な製法の中に理屈を超えた美味しいビールを作るヒントが隠れているのではないかと思っています。


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