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【賭博黙示録カイジ】利根川の嘘「金は命より重い」に騙されるな

新年あけましておめでとうございます。2023年となりました。
さて早速ですがお正月と言えば里帰り、おせち、駅伝と色々ございますが一番最初に思い浮かぶ事といえばなんでしょうか?
そうですね。カイジです。

賭博黙示録カイジ (c) 福本伸行/highstone, Inc.

実家に帰って懐かしの自室。何となく目についた背の焼けた単行本『賭博黙示録カイジ』を手に取ればエスポワール編で安藤にキレ散らかし、鉄骨渡りで石田さんの雄姿に涙し、気が付けば日が暮れる。母の「ちょっとアンタ手伝って」の声に屁で返す。皆さんそういう正月をお過ごしかと存じます。

今作品は1996年、週刊ヤングマガジンにて連載を開始し、のちにテレビアニメや実写映画化など映像メディアにても人気を博した名作となっております。特に実写映画版では人気俳優の藤原竜也さんが主人公カイジ役を演じた事もあり、普段こういったダーティな作風に触れてこなかったフレッシュな層にも大変な知名度を誇るヒット作となりました。そのため、今作品はあらゆる角度から語りつくされ手垢が何層にもついておりますから今更お前が何を語るんだとお思いでしょうが、中でも一番擦りつくされた利根川演説の中の一節について果敢にも切り込んでいこうかと思います。実は結構真面目なお話です。

「金は命より重い」

賭博黙示録カイジ (c) 福本伸行/highstone, Inc.

カイジを読んだ事、見た事がない方でも一度は聞いた事があるくらい有名なセリフですね。この世の真理且つタブーに踏み込んだ金言として読者に衝撃を与えました。カイジを語る上でまず間違いなく採用されるこの名言。一応説明いたしますと、知り合いの借金の連帯保証人として取り立てに追われるカイジは、その借金を返済するため闇金業者【帝愛グループ】が斡旋する数々の違法ギャンブルに身を投じていきます。そのギャンブルの中の一つ、地上74メートルに設置された高圧電流の流れる鉄骨を命綱無しで渡るという【ブレイブメンロード】へ挑む事になりますが、あまりに狂気じみたその内容にカイジ達債務者は口々に不満を述べます。そんな債務者達に対して主催の帝愛グループ幹部『利根川幸雄』の放った言葉がこの「金は命より重い」になります。

安くないんだ!2千万1千万という金は!
勘違いするなガキめらが!
金はなぁ.......命より重いんだ!
好む好まざるとに関わらず人はカネを得るため人生の多くの時間を、その為に使っている
言い換えれば自分の存在、命を削っている
存在そのものを金に換えているんだ
サラリーマンだろうが役人だろうが、みんな命懸けで金を得ている。
想像してみろ、エリートと言われている連中の人生を
小学、中学と塾通いをし、常に成績はトップクラス
有名中学、有名進学校、一流大学と受験戦争に勝って、やっと一流企業に入っても、待っているのは出世競争
仕事第一と考え、上司にへつらい、取引先にはおべっか
毎日律儀に会社に通い、残業をし、そんな生活を10年余り続けて、30代半ば、40、そういう歳になってやっと蓄えられる金額が1千万、2千万という金なんだ
わかるか!1千万は大金!大金なんだ!
それに比べてお前らは何だ!
必死に勉強した訳でもなく懸命に働いた訳でもない
何も築かず、何も絶えず、何も乗り越えず、ダラダラ過ごし、やったことと言えば、ほんの十数分の余興!
ナメるな!
あんなもんで2千万という大金が手に入るか!
それでも手に入れたい
どうしても手に入れたい
となったらこれはもう、命を張る以外にない!

集められた債務者はそれぞれ理由はありますがギャンブル等で借金を作った者も少なくないでしょう。カイジ自身も他人の借金を背負わされた事が切っ掛けとはいえ、そもそもがギャンブル好きの無職。負けた腹いせにベンツのエンブレムを折ってコレクションするようなクズ野郎です。

賭博黙示録カイジ (c) 福本伸行/highstone, Inc.

そんな社会の底辺とも言える集団に向けて発せられたこの演説はカタルシスとも言える熱を帯びて読者へ届きました。
また、金がないがために人並みの生活が送れずに社会がそれを助ける事もしない。時には命が失われる事もある。高額医療を受けられずに亡くなる貧乏人と金にものを言わせて助かる資産家なんてのもよく聞く話です。そういった事例をまるで無視するような「金なんかよりも命ある事が一番」という価値観に対するカウンターとして捉えた方もいるでしょう。綺麗事で体裁を繕う社会の歪みへの強烈な一撃として受け入れられたのがこの利根川演説でした。
ここまで聞くと「あれ?利根川の言ってる事って意外と正しいんじゃね?」と思ってしまいますよね。事実そう思った方が大勢いたからこそカイジの名言をまとめたサイトなんかでは必ずと言っていい程肯定的に取り上げられますし、利根川幸雄をクローズアップしたビジネス記事が乱造された時期もありました。
でもこの演説。これ嘘です。(西村ひろゆき調)

利根川の詭弁

まあ、普通に考えて「死んだら金持ってても使えねーじゃん」ってめちゃくちゃ単純な理由で片付いてしまうんですが、それでは皆さん納得されませんよね。なのでもう少し深堀りしましょう。
利根川はこの「金は命より~」の演説より以前に行われたギャンブルの会場『豪華客船エスポワール号』でも似たような演説を行いました。少し長いですが以下に全文引用します。

勝ちもせず生きようとすることが そもそも論外なのだ
負けた時の処遇なんて そんな話はもうやめろ
それが無意味なことは もう話した
これ以上は泣きごとに等しい 泣きごとで人生が開けるか・・・!
そうじゃない おまえらが今することは そうじゃないだろ・・・!
語ってどうする・・・?
いくら語ったって状況は何も変わらない
今言葉は不要だ
今おまえらが成すべき事は、ただ勝つ事、勝つ事だ!
おまえらは負けてばかりいるから勝つ事の本当の意味がわかっていない。
勝ったらいいな・・ぐらいにしか考えてこなかった、だから今、クズとしてここにいる
勝ったらいいな・・じゃない!
勝たなきゃダメなんだ!
ドジャースの野茂、将棋の羽生、イチロー・・
彼らが今脚光を浴び、誰もが賞賛を惜しまないのは言うまでもなく、ただ彼らが勝っただけなのだ・・・!
勘違いするな!よく闘ったからじゃない!
彼らは勝った、ゆえに今その全て 人格まで肯定されている。
もし彼らが負けていたらどうか・・?
負け続けの人生だったらどうか・・?
これもいうまでもない。
おそらく 、野茂はウスノロ、羽生は根暗、イチローはいけすかないマイペース野郎。
誰も相手にさえしない。わかりきったことだ。
翻って言おう
おまえたちは 負け続けてきたから
今誰からも愛されることなく
貧窮し・・・ウジウジと・・・
人生の底辺を・・・這って
這って這って 這っているのだ・・・!
なぜか・・・?
それはおまえらが・・・・
ただ負け続けてきたからだ
他に理由は一切ない
おまえらはもう20歳を越えて
何年もたつのだから もう気が付かなきゃいけない
もう心に刻まなきゃいけない・・・!
勝つことが全てだと・・・
勝たなきゃゴミ・・・
勝たなければ・・・ 勝たなければ・・・
勝たなければ・・・!

要するに勝ったという結果が伴って初めて評価されるという事ですね。
いくら才能があっても結果が伴わなければ世間には見向きもされないどころか攻撃の的にすらされかねない。逆に結果さえ出せば欠点すらもプラスに捉えられる。結果を出すという事は何事にも勝るのだと利根川は債務者達に発破をかけました。確かにこの言葉だけを聞けば決して間違った事は言っていませんし、作中においてもこれを聞いた債務者の一部は涙を流して感動します。
しかし考えてみてください。この言葉は債務者達を救うという方便の元に行われる悪魔のギャンブルへ誘うため、その主催側が発した言葉です。状況が明らかに異常です。
勝ち負けの価値とは正当なルールが定められた環境において始めて効力を持つものであって野茂も羽生もイチローも、大勢の人間が協議を重ね、長年改良を重ねたルール上にて勝利を収めたからこそ価値があるし認められたわけです。違法な金利、違法な取り立てを行う闇金業者が一方的にルールを決めた違法なギャンブル会場という歪んだ状況下では全く意味が異なります。これを踏まえて上記の「勝たなければ」を要約するとこうなります。

四の五の言わずに養分になれ

闇金業者の利根川及び帝愛グループのやるべき事は何でしょうか。債務者からできるだけ金を搾り取る事です。口では勝つ事の重要性を説いていますがその実、債務者達の勝ちを望んでいるはずがありません。おいしい餌をぶら下げて債務者達を集めますが、命を落とすであろう異常なギャンブルを提示されたら怖気づく者、疑問を呈する者も当然あらわれます。そういったある意味正常な感覚を持った人間を丸め込むのが利根川の仕事というわけです。そしてこの構造をかの名言「金は命より重い」に当てはめるとこうなります。

(帝愛グループの利益となる)金は(お前ら債務者の)命より重い」

『命は金より重い』

鉄骨渡りに話を戻しますが、この先は重要なネタバレを含むのでご注意ください。

ブレイブメンロードは高さ74メートル、長さ25メートルの高圧電流が流れる鉄骨であり、ゴム製の靴で上を歩く分には問題ないものの手で触れればたちまちバランスを崩して落下。高所という事もあり風は強く、進むにつれて鉄骨の幅が狭まるというオマケつき。さらに渡り切った先の扉を開くとビル内部との気圧差にて生じた突風によって吹き飛ばされるという二重三重のデストラップが仕掛けられています。到底ギャンブルとは言えない処刑装置です。当然挑戦者達は次々と落下していきますが、ここで重要なのがエスポワール号の生き残りである石田さんです。

賭博黙示録カイジ (c) 福本伸行/highstone, Inc.

石田さんは息子の作った借金を肩代わりして帝愛の裏ギャンブルに身を投じました。非常にお人好しで他人を疑う事をしないため、エスポワール号で行われたギャンブルではまんまとハメられて破滅寸前まで追い込まれていたところをカイジに救われたという経緯があります。
しかしお人好しなだけでなく人一倍臆病な石田さんは鉄骨渡りの途中で足が竦みその場から動けなくなり、こう言ってカイジに2000万円の換金チケットを託します。

「振り返らないでくれ…
 オレが落ちるのを見たら、カイジ君は動揺する…
 そんな無駄なことをしちゃいけない…
 ただ前だけを見て、進むんだ…
 勝てよお……勝て……
 オレは敗れた…
 敗れて本当に皆、無駄な一生だった…
 そんな一生をカイジ君は送っちゃいけない…
 カイジ君は勝てる人間なんだから…!」

これに対してカイジが返した言葉こそが今作品の本質とも言える非常に重要なものです。

「違うっ…!
 無意味なんかじゃないっ…!
 石田さんは、祈れたじゃないかっ…!

 最後の時に自分以外の人間を
 心から案ずることのできた石田さんは、
 どんなに人間として上等かっ…!」

自分が死ぬかもしれない。いや、半ば死ぬ事が決まっているような状態で石田さんは残された家族のためにチケットをカイジへ託し、さらには思い遣る言葉を投げかけました。一見すると金に命を張った石田さんの行為は「金は命より重い」を体現しているように思えますが、利根川の言葉は金が主体であり、人は金によって支配されている事を暗に述べています。対して石田さんは自分の命を捨て、金を得る権利を譲渡してまで他者を救おうとしています。この行為は金(欲)による支配からの脱却であり、利根川のソレとは真逆の価値観です。これこそがカイジという作品シリーズの根底にある最も重要な倫理観であり、だからこそカイジは石田さんの行為を「どんなに人間として上等か」と涙を流して賞賛しています。
実はこの思想に繋がるエピソードが以前のエスポワール編にあり、その時のカイジの叫びが以下のものとなります。

うんざりなんだよっ…!
損だ 得だ… 金だ 資産だ……
そんな話はもうっ…!

そんなことを話せば話すほど…
オレたちは浅ましく 醜く 這い回っている……
この釜の底を……!
わかんねえのか…!その姿…
そして そんな姿を見て 主催者は喜ぶ……
オレたちが……
損得に振り回されれば振り回されるほど
血道をあげればあげるほど
結果的に そのゲス野郎の思う壺…
意のまま……!
悔しくねえかっ…!
悔しくねえのかよっ…!!

帝愛は金によって人の欲を刺激して支配します。だからこそ金に異常なほどの価値を付与して命よりも重いものとしています。しかし人こそが主体であり金による支配構造を打破したいカイジにとって【命は金より重い】のです。

何故利根川の言葉は響くのか

これは余談的な話になってしまうのですが、何だかんだ言っても利根川の言葉が多くの人の心を打ったのは事実です。非常にざっくりとした言い方をすれば【皆が何となく思っていても言いづらいタブーのような事を断定口調で言い切ってくれる】のが大きな理由かと思います。
普段は理性によって抑えられている欲求や不満を肯定する言葉は非常に魅力的です。世間体を気にして言わないようにしていた本音を「お前は正しい」と力強く言い切ってくれる言葉程甘美なものはありません。人間そのものを肯定されるようなものですから当然です。
仮想の敵を設定する】というのもテニクニックの一つでしょうか。利根川の場合は「綺麗事をいう世間」を敵として設定しました。カイジ達債務者は金がない事によって苦労してきた人間です。そんな彼らにとって「金よりも大事な事がある」とする世間の言葉はまるで響きません。そればかりか金を求める姿を浅ましいと蔑まれた経験もあるのではないでしょうか。
これは何もカイジ達に限った話ではなく、皆さんも少なからず似たような事を考えた事があるかと思います。「金持ちが徳を手に入れるため、自分の欲を隠すために綺麗事をほざいている」と。
利根川のような人物はここをうまく利用します。
「金は命よりも重い」は一見叱咤しているように見えてその実、債務者や読者の心の内にある不満を掬い取って肯定しているから支持されるのです。

どうでしょう。こういう切り口で人気を博している人物。何人か思い当たったんじゃないでしょうか。
今回は以上です。お疲れさまでした。

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