育児戦争/家政夫と一緒。~2の22~
猟場
「あ⋯⋯あああ⋯⋯」
目から涙を落とす桜を刃の海の外に下ろすと、アーチャーはなんでもないかのようにアサシンと対峙する。
距離を測る。この距離ならば、まだ放てまい。
「さて、アサシンのサーヴァントよ。決着をつけようか」
「────」
アサシンは動かない。
アーチャーが自らの武具で大ダメージを負ったのは見て確か。
けれど、次から次に手を変え品を変え繰り出してきた武具の数々。
真っ向から相対するにはあまりに情報不足だ。
────彼はそう判断するだろう。
「────キ」
傷ついた足をかばうようにして暗闇の中へ跳躍するアサシン。
退いたのだ。
『⋯⋯⋯⋯』
本来ならば、アーチャーも退くべきなのだろう。
だが、アサシンはマスターの顔を見た。
無力な、幼いマスターの存在を知った。
気配無き暗殺者は、影に忍び、いつか二人を────殺すだろう。
逃がすわけにはいかない。
ここで────殺す。
「凛。桜を連れて、家に帰るんだ。
ここからなら安全に遠坂の領地に入れる。道はわかるな?」
「あ⋯⋯で、でも⋯⋯」
「────家で、待っていてくれ」
「あ────」
ダンッ!
呆然と佇むマスターに一言投げかけると、長靴を鳴らしてアサシンの追撃に移る。
一歩踏み出すごとに体に走る激痛。だがソレを気にすれば敵の気配を見失う。
アレはアサシンのサーヴァントだ。視界から見失えばたちどころに気配を消し、追跡することは出来なくなる。
この時、この場所。こちらの状況、奴の知らない『奥の手』。
いまが、チャンスなのだ。
視界の端で小さくなってゆく子供たちは、ゆっくりと立ち上がる。
泣いている桜の手をとって抱える凛。
そうだ、それでいい。
後は、アサシンを倒すだけ。私の仕事だ。
さっさと片付けて、
三人であの家に帰ろう────。
────ギュンッ!
山林に入ると間髪おかず、先を行くアサシンからダガーが飛んでくる。
カッ!
ギリギリで見切り、木の幹を盾にやり過ごす。
続いて頭部、鳩尾を狙った一投。
ヒュン、キンッ!
身をかがめ頭部の一撃をすかしつつ、莫耶を盾に鳩尾の一撃を防ぐ。
だが。
────ズキリ。
『────く』
投擲攻撃を弾いただけで走る激痛、受けの多様は出来ない。
一瞬ブレた上体を悟られたのか、今度は真横からの足を狙った投擲。
防げばダメージが大きい。ならば跳ぶか────?
「────」
だがアーチャーはあえて跳ばずに聖骸布で短剣を振り払う。
────ヒュヒュンッ!
時間差で頭上を行き過ぎる短剣二射。
跳んでいたらアレの餌食だっただろう。
「────ち」
このままではいいように体力を奪われるだけだろう。
攻め手も必要か────?
思案するアーチャーの眼前にまたも放たれる投剣。
それはなんのひねりも無い一投。
だが、それゆえに。アーチャーはその一投の意味を把握する。
これは、罠だ。
「────ふっ!」
追い足に急な制動をかけて眼前に迫る一投をやり過ごす。
途端に、ダガーの回避ルート先から発せられる強い呪力。
『⋯⋯禁戒か、束縛か⋯⋯どちらにしろ性質の良くない魔術だな。
セイバーのサーヴァントには効かんだろうが、私程度の抗魔力ならばこの状況────致命的だ』
受けてもかわしても追い続けていれば引っかかっていただろう魔術による罠である。
ここはアサシンの狩場、気は抜けない。
再び追跡に移行するアーチャー、稼がれた距離を詰めなければならない。
だが。
アサシンとアーチャーの彼我の距離は静止する以前のそれと変わっていない。
『待っていた、か』
顔の無い感情を写さぬその白い面が、心なしか笑っているように見える。
計っているのだ、こちらの能力、状態を。
アーチャーを、仕留める為に。
『⋯⋯⋯⋯』
苦痛の一切を表には出していないが、アーチャーの体は限界が近い。
赤い外套は自身の血でどす黒く汚れ始め、足元に滴り落ちる血は落ち葉の地面に赤い足跡を残している。
長期戦になれば勝ち目は無い。
だが。
その状況を押してなお、アーチャーの顔に暗い影はなかった────。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
暗殺者はなおも高速移動を続け弓兵の体力を奪う。
時に攻撃、時に罠。
山々に仕掛けられた数々の鍔が弓兵の体を食い抉り、彼を追い詰めてゆく。
「────キ」
見るからに鈍くなっていく弓兵の動き。
コース取りは的確で、あいも変わらず致命傷だけは避け続けているが、いまの弓兵の状態では────宝具による一撃は防げない。
狩り時である。
ブアッ────!
暗殺者は進路を定める。
目指すは山の牢獄。
彼が作り出した彼のための狩場。
家政夫と一緒編第二部その22。
VSアサシン。
”山の翁”と呼ばれた彼にとって、山中は彼のフィールドである。
陰に潜む罠の数々は侵入する全てを喰らい尽くす。
だが、弓兵の顔に絶望は無い。
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