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育児戦争/家政夫と一緒。~3の45~

宝具



 聖人の槍は見事目標を捕らえ、罪人を磔にした。
 宝具が起こす事象が“奇跡”である以上、アスカロンが的を外すわけがない────。



 そも宝具とはなんだろうか。
 そのどれもが魔術礼装の規定概念を大幅に超えた魔力を秘めているが、それだけでは質の良い限定礼装となんら変わらない。
 では何を以って宝具は宝具と呼ばれるのだろうか。


 それは“物語の再現性”。


 天と地を切り離す鋸ならば、空間を断絶するように。
 必ず心臓を貫く槍ならば、心臓を貫く結果を再現するように。

 全ての宝具は出自となる記述が如何に荒唐無稽なものであっても、それを叶える奇跡を持ち合わせている。
 出自を支える物語と、それをかなえる奇跡。この二つを以ってして魔術礼装は宝具と定義されることになる。


 ゲオルギウスの槍(アスカロン)もその例に漏れず、“神に委ねて投げ放てば、必ず命中する”能力を持っている。
 これは聖ゲオルギウスの技能というよりも槍に秘められた能力だ。
 時臣は槍のシステムを解き明かそうと研究し、その秘奥の再現にたどり着いたのである。


 ────だが。
 神秘は人の身に余るもの、知識の果実はアダムには過ぎたもの。
 “奇跡”は求めるものではなく与えられるものであり、それ故に奇跡をなす人間は英雄と呼ばれる。
 では、英雄ではない人間がそれに触れれば────どうなるのか。



「⋯⋯く」

 ただの魔術師であり英雄ではない人間、遠坂時臣。
 人の身でありながら奇跡を解放した時臣の髪は、生命エネルギーを奪われ真っ白に染まっていた。

 全身を苛む疲労感。動けないわけではないが、今まで満ち溢れていた覇気と言うものを残らず持っていかれたような強い虚脱感が体を蝕んでいる。
 だが、立ち止まっている暇は無い。自分のことは二の次でいい。
 娘達を守るため、敵に止めを刺さなければ。

「Es ist gros,(軽量) Es ist klein(重圧)⋯⋯」

 呪文を唱えて重力を軽減すると、焼け落ちそうな遠坂邸の屋根から地面へと飛び降りる。
 敵が待つ霧の中へと向かう前に、子供達が待っている遠坂邸を振り返る。

『⋯⋯怖い敵はもうすぐいなくなる。
 少しだけ我慢していてくれ』

 調息をして内存勁力の確認をすると、踵を返し林へと向かう。
 敵を片付けて、早く二人の下へ戻ろう。




 そして着弾点に到着する時臣。
 アスカロンによって胸郭から脇腹を吹き飛ばされた衛宮切嗣は、そのまま背後の木に磔にされており、銃を引っ掛けた両腕をだらんと下げ、後方の木に身を預けるようにして脱力している。
 その様はどう見ても終わっていた。

『念を押すに越したことは無い』 

 詰めが甘いのは遠坂の遺伝的呪い、後始末はきちんとやるべきだろう。
 木の陰から敵の様子を観察していた時臣はコートのポケットから魔弾を取り出しチョイスする。
 取り出したのは3つの宝石。
 遠坂時臣が所有する宝石魔弾のうち、上位に存在する11番、12番、13番である。


「死者を嬲るつもりは無い、終わりにしよう。
 ────Anfang(セット)


 宝石を握る腕が赤く輝く。
 チョイスされた三つの宝石は主の魔力を受けて開放の時を待つ。


「滅べ、”魔術師殺し”。
 Elf,Zwolf,Dreizehn⋯⋯Vier Stil Erschiesung────!



 ────シャッ!



 時臣の手を離れ放たれた魔弾。
 呪文に込められた攻撃の意思が宝石に眠る魔力を反応させ、炎の魔術と化す────その寸前。



 タタタンッ────ゴワアアアアアアンッ!



「────ぬ⋯⋯あっ⋯⋯!!!

 予想地点よりも早く発生した爆発に巻き込まれ、時臣は吹き飛ばされた。


 ダンッ、ダダンッ!!


 枯れ葉の上を二回転、受身を取ると素早く立ち上がり、磔になった衛宮切嗣のほうに視線を向ける。
 そこには────折れた槍が一本、木に突き刺さっていた。

「────な」
『⋯⋯はは、ははははははは⋯⋯!』

 折れた槍を呆然と見つめる時臣の耳に笑い声が届く。

『まさかそんなものを用意しているとはね。
 魔術師が宝具を振るう────伝承保菌を続ける家系も未だ北のほうに残っているらしいが、それをこの目で拝むことが出来るとは思わなかった。
 今後の参考にさせてもらうよ』
「────っ⋯⋯姿を現したまえ!」
「ここだ」

 旋風巻く一陣の風と共に背後から聞こえる声。
 気配は一瞬でそこに現れた。必死になって体を逃がそうとするが、敵の速さに反応仕切れない────!



 ガドオンッ!!



「────っが⋯⋯」

 体を吹き飛ばすような強烈な衝撃。
 否────それは“ような”というものではない。
 実際、打ち抜かれた時臣の左肩は根こそぎ吹き飛び、その腕を落としていた。

 走る激痛に歯を食いしばり耐えると、第二射を横っ飛びでかわし、霧にまぎれて手近な木の陰に飛び込む。
 衛宮切嗣の手には人が扱えるのかと疑うような巨大で黒い銃身と、ジェリコ941。
 胸には大きな穴が開いており、その傷跡は既に塞がりつつある。

「────な⋯⋯!?」
「来ると思っていたよ、遠坂時臣。
 目標の認識に感応するこの霧では、意識の無い者に止めはさせない。
 ────そうだな?」
「⋯⋯っ」
「銃撃に対する危機意識もさることながら、詰めの宝具攻撃も回避不能。貴方の戦略は完璧といってもいい。
 けれど⋯⋯一つだけ誤算があったな、遠坂時臣。
 あの程度の宝具で僕は殺せない」


 塞がりつつあった穴はやがて⋯⋯完全に見えなくなった。


「⋯⋯馬鹿な⋯⋯」
「く⋯⋯ご尤もだが、馬鹿なことは無いさ。
 宝具(デタラメ)はより強い宝具(デタラメ)により駆逐される。
 貴方はつまらないパワーゲームに敗北した。それだけのことだ」
「⋯⋯っ」

 強く歯を噛み締める。
 槍を防がれ重傷を負った以上、時臣に勝ち目は無いだろう。
 だが、それでも。大切な人の為に退くわけには行かない。
 調息によりわずかな勁力を回復させた時臣は、切嗣の脳に干渉し、もう一人の自分を嗾ける。

「────化け物め、まだ抗うのか」

 皮肉げな笑いを一つ、衛宮切嗣は二丁拳銃を構える。
 時臣は降りかかる絶望を必死に払いのけ、戦いへと身を投じた。




 家政夫と一緒編第三部その45。
 その宝具はかつて、持ち主に不死を与え、一切の血を流させない事を主に約束したという。
 宝具とは奇跡を再現する魔術礼装。
 ならば、どちらがより出鱈目な幻想を持ち合わせるのか、それこそが宝具同士の戦いにおける最大のファクター。
 この戦いは戦術でも技巧でもなく、そんな場所で既に決していた────。

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