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育児戦争/家政夫と一緒。~2の6~

交差路


「いたいよぉ⋯⋯」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
ほら、これですこしはいたくなくなったろ?」

 涙を流し痛みを訴える少女の頭をなでながら
 赤毛の少年は足に板切れを巻き応急処置を終える。
「どうだ? まだいたいか?」
「いたいよ~! ままぁ、ぱぱぁ~!」
 なんとか慰めようとする少年の努力と裏腹に、少女の鳴き声はますます大きくなる。
 いよいよ困り果てた少年はおろおろと手を振るばかり。

「助けに来たぞ、少年少女」
「わわっ!?」
 そうしていよいよ泣き出しそうになっていた少年の背後からアーチャーは声をかけた。
 急な呼びかけにびっくりして5センチほど床から飛び上がる少年。
「お、おじさん、だれっ!?」
「おじさん⋯⋯。
 まあいい、消防のものだ。君たちを助けに来たぞ」
 そういって安心させるように穏やかに笑うアーチャー。
 それを聞くと少年と少女二人の瞳に希望の輝きが戻る。


「あ⋯⋯。
 ぱぱにあえるっ?」
「ん? ⋯⋯ああ。大丈夫。パパにもちゃんと会える。
 パパも君の事を探しているはずだ」
 怪我人は多いが死人がいないことを確認しているアーチャーは自信を持ってそう答える。
 それを聞くとまるで糸が切れるように少女は倒れてしまった。

「う、うわっ! だ、だいじょうぶかっ?」
「⋯⋯ふむ」
 しゃがみ込んだアーチャーは少女の身体状況を軽く調べる。
「大丈夫。極度の緊張状態から開放されたので気を失っただけだ」
「⋯⋯そっか。よかったぁぁ⋯⋯」
それを聞くと少年もへたり込んでしまった。

 アーチャーは念の為、少年の体にも視線を走らせる。
 少女の足の応急手当に使ったのか上着は破れてひどい有様だが、特に外傷の類は見当たらない。


「ふむ、この処置は君が?」
 少女の折れた左足は予想以上にきちんと応急処置が成されていた。
 たいしたものである。
「え? ああ、おれむかしっからなんていうのか⋯⋯わるいところとかみつけたり、なおしたりするのうまくてさ。
 ともだちがけがしたりするの、なおしたりしてるうちにきょうみがでてきて、ほんとかよんだり、ボーイスカウトのせんせいとかにならってべんきょうしたんだ」
 少年は自慢げに鼻の下をこする。
「ほう、えらいな少年」
 実際たいしたものである。年のころは凛と同じくらい。
 やんちゃさが顔に残るがどこか大人びた雰囲気を持つ不思議な少年だった。
「へへ⋯⋯たいしたことないよっ。
 それよりこのこはやくパパとママにあわせてやりたいからさ。
 おれがつれてくよ」
 少年は掛け声ひとつ、ぴょんと立ち上がると眠った少女の体を背中に負ぶう。
「む、私が連れて行ってもいいのだぞ?」
「おじさんしょーぼーたいいんのひとでしょ?
 ⋯⋯あれ? でもぼうかふくとかきてないね。ほんとにしょーぼーのひと?」
「む」
 なかなかの洞察力、というより指摘されてしかるべき内容の質問である。
 今までは行動で有無を言わせず納得させていたのだが、一見すると一般人なのだ。
「まあ似たようなものだ」
 苦笑いひとつで答えると少年はまあいっか、と納得し、
「だったらおれがこのこをはこぶよ。
 おじさんはおれよりうまくやれるから、おじさんはそのあいだにもっとたくさんのひとをたすけてよ。
 おれができなかったこと、おじさんにはできるみたいだから。
 おんなのこ、なきやませたりあんしんさせたり⋯⋯」
 少女の寝顔を苦笑しながら眺めると少年は多少自嘲を含めて言う。
「だから、おじさんはまだいるかもしれないひとたちをたすけてあげてよ。
 おれはおれのできることやるからさ。
 ⋯⋯な?」


「⋯⋯なんとまあ」
 少々あっけにとられて少年の顔を見る。にっかりと笑う少年の顔はその年齢以上にたくましい力を備えていた。
「判った。私は私に出来ることをやろう」
「おっし、じゃあがんばれよおじさん!」
「⋯⋯おじさんはやめてほしいのだが。
 了解した」
「ははっ!」
 二人顔を見合わせ笑いあった。


 アーチャーと、少年。
 お互いに成すべきことを成すために、進むべき道へと走り出す。



「あ」
 途中、足を止め少年の去った方向へ視線をめぐらす。
 名前を、聞いていなかった。
「⋯⋯まあいいか」
 印象深い少年のことを頭の片隅に留め、アーチャーはレストランフロアを駆け抜ける。
 助けを求める人を、探して。


家政夫と一緒編第二部その6。
赤毛の少年。
妙に大人びた不思議な少年は強い印象を残して弓兵と別れた。
今はまだ交わらない、二人の道。

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