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育児戦争/家政夫と一緒。~2の51~

家政夫と、一緒。:後編


 頼もしくて、暖かく広い胸の感触をもう二度と離すまいと、二人の幼子は懸命にしがみつく。
 そうしてもらえる事、その身を預かれる僥倖を噛みしめながら、アーチャーも二人の背中を優しく、ぽんぽんと叩く。
 必ず守ると────安心させるかのように。

「凛、桜。心配をかけた」
「ぐすっ、ぐすっ⋯⋯ばかぁ⋯⋯!」
「あーちゃーさぁん⋯⋯っ」
「ああ、それから」
「ぐすっ⋯⋯?」「⋯⋯⋯⋯?」


「ありがとう、二人とも。
 限りない────感謝を」


「⋯⋯えへへ。
 わたしも⋯⋯いっぱい、ありがとうですよっ!」
「ば、ばかっ⋯⋯せわやかせてっ!
 おひめさまがきしをむかえにくるはなしなんて、きいたことないのっ!
 ふできなサーヴァントをもつと、マスターはたいへんなんだからっ!」

 涙を拭きながら嬉しそうに話す凛と桜。

「────クク。
 では不出来なサーヴァントがどれ程の力を持つのか────見せてやろう」

 そうして、立ち上がる。
 後方船首デッキ────難しい表情のセイバーと、物憂げな表情の切嗣。
 二人を睥睨する。


「────アーチャー。その傷は大丈夫なのかね?」

 並ぶ遠坂時臣が静かな瞳で問いかけてくる。
 どうやら戦闘にはならずに済んだらしい。
 仕掛ける機を外されたのか、切嗣たちにも動く気配は見えない。

「大丈夫、とはいえないがね。
 とはいえあの二人が黙ってここから逃がしてくれるとは思えない。
 遠坂時臣、かなり出来る様だが────セイバーは強い」
「⋯⋯ああ。手の内を知られていない初手ならば翻弄も出来ようが、私(魔術師)ではアレとは戦えまい。
 私がすべきは、あちらの男、”魔術師殺し”の介入を防ぐことだろう。
 とはいえ。
 その状態でセイバーと渡り合えるのかね? アーチャー」

 言葉に詰まる。気力だけならば十分だが無謀も良いところだろう。
 状況は限りなく劣勢、万全の状態でも白兵戦でセイバーを上回るのは至難の業だ。
 さて、どうするか。


「あーちゃー」
「あーちゃーさん」

 二人の男の会話が耳に入ったのか、不安そうな顔で外套の裾を握る二人。

「⋯⋯かてる?
 あのきれいなサーヴァントに、かてる?」

 くりくりと開いた大きな目を真っ赤にして、尋ねてくる凛。
 この幼さで、生き死にの戦場を潜り抜けねばならない苦難。
 その辛さを少しでも紛らわせてやらんと、アーチャーは皮肉げないつもの笑顔で笑いかける。

「────無論だ。
 勝てる、ではない。勝つ。
 君は自分のサーヴァントを信じていないのかね?」
「う、ううんっ!」
「⋯⋯でも、あーちゃーさん」

 そう言って、アーチャーの破壊された左腕に目を向ける桜。
 その目尻に再び涙が浮かぶ。

「⋯⋯うで、ひどいです⋯⋯っ。
 こ、こわかったですよね、つらかったですよね⋯⋯っ。
 ⋯⋯ぐすっ」
「どうという事は無いさ。
 見た目ほど酷くは無いんだぞ? 大丈夫、心配するな」
「⋯⋯あーちゃーさん」「⋯⋯あーちゃー」

 嘯くアーチャーの顔を悲しげに見つめる二人。

「⋯⋯だめ。
 ひとりでくるしいの、がまんしちゃ、だめ!
 だめ、なんだから」
「ぐすっ⋯⋯ひとりはつらいから⋯⋯くるしかったらわたしたちがいますから。
 もっと⋯⋯たよってくださいよぅ⋯⋯うう⋯⋯」

 その大きな目に涙を浮かべて、もどかしい胸の内を伝えんと一生懸命言葉を紡ぐ。
 二人の想いに困ってしまうアーチャー。
 口の端に苦笑を浮かべ、言葉を紡ぐ。

「⋯⋯やれやれ。
 ああ、確かに痛い。けれど、簡単に直るものではないんだ」
「なおせないの⋯⋯? わたしじゃ、だめ?」
「人には向き不向きがある。だから気に病むことは無い」
「あうう⋯⋯あーちゃーさん。わたし⋯⋯わたし⋯⋯っ」
「ああもう⋯⋯泣くな。
 泣かれるのが一番辛いんだ。
 だから⋯⋯笑っていてくれ。がんばれと、送り出してくれ。
 私は単純だからな。なんとそれだけで百人力がでてしまうのだ」
「うー⋯⋯」「あう⋯⋯」

 アーチャーを困らせてしまった為か、自分たちにできることがそれしか無いのが悲しい為か、凛も桜も眉を悲しげに垂らしたまま傷口をじっと見つめている。


「────わたしたちに、できること」
「────わたしたちにしか、できないこと」


 そう言って、見つめる手の甲。
 顔を見合わせる二人。


「あった」
「ありました⋯⋯!」
「⋯⋯さくらっ、いいよね?」
「は、はいっ! そうしましょう!」

 そう言うが否や、アーチャーの手をとり、目を瞑る二人。
 手の甲に刻まれた聖痕が眩い光を放ち始める。

「────なに? まさか」



『────Anfang.(セット)
 Vertrag.(令呪に告げる)
 ────Ein neuer Nagel(聖杯の規律に従い)
 Ein neues Gesetz(この者、我がサーヴァントに)
 Ein neues Energie(新たな力を与え給え)────! 』



 ────ゴオオオンッ!!


 輝く令呪が魔術師の命を実行する。
 大魔術の結晶、サーヴァントを律する三つの令呪。
 その巨大な力がアーチャーの体を満たしていく。

 注がれた膨大な魔力は彼のキャパシティを振り切り、溢れんばかりにその身を鎧う。
 失われた部位は再構成され、傷ついた霊体は元に戻っていく────。


「令呪⋯⋯!」

 力は全身に遍く行き渡り、その感覚、能力、備えられた力の全てを完全に再現する。
 これならば────セイバーとも戦える。

「あーちゃー」
「あーちゃーさん」
「⋯⋯ん?」

 手を握る力を少しだけ強くして、見つめてくる小さな二人。


「わたしたち、こどもで⋯⋯。
 あーちゃーさんのこと、ささえてあげられるほど、つよくもなくって」
「まじゅつしとしても、みじゅくで⋯⋯できることなんて、なんにもないかもしれない」


「⋯⋯⋯⋯」


「でも、それでもね。
 わたしはしってるよ。
 いじわるで、くちはわるいけど⋯⋯ほんとはやさしくって。
 たたかいよりも、かじのほうがだいすきだって、しってるよ!」
「おうたもうまくって、おせんたくもおりょうりもとくいで!
 わたしたちをいっぱいしあわせにしてくれたこと⋯⋯しってます!」


「⋯⋯⋯⋯」


「だから────しんじてます。
 あーちゃーさんのこと、きっとだれよりも、しんじてますから⋯⋯!
 こわくっても、サーヴァントでも。あーちゃーさんはあーちゃーさんだって。
 やさしくってたのもしい、わたしたちのあーちゃーさんだって、しんじていますから────」


「⋯⋯ああ」


「だからマスターとして⋯⋯ううん。
 とおさかさんちの、りんちゃんとして、おねがいするよ。
 ぜったいにかって────あーちゃー!
 そんでもって、みんなでいっしょに⋯⋯おうちにかえろう!」



「────────」

 ────それは。
 なんと、暖かく、優しい命令なのだろうか。
 ああ、そのような願いならばいくらでも叶えて見せる。

 温かみを取り戻した手で二人の涙を拭う。
 くすぐったそうに、幸せそうに、はにかむ笑顔の二人。
 それは、欲しかったもの、守りたかったもの。
 この手で守れると信じた、理想のカタチだ。


 ────そう。
 この手、この力は、殺すため、傷つけるためにあるのではない。
 守るため────誰かの幸せを守るためにあるのだから。
 君たちの従者、否。
 家を守る、幸せを守る“家政夫”として────受託しよう。



「────ああ、心得た。
 家に帰ろう。皆で、一緒に!」




 家政夫と一緒編第二部その51。
 家政夫と一緒。
 守るべき者の為に、守るべき場所の為に、さあ立ち上がれ。

 我がクラスは弓兵(アーチャー)なれど、私の役割は違う。
 世話は焼けるが逞しく、未来への可能性溢れる二人の子供を守る守護者。
 ────家政夫。

 君たちと共にあった一年の答え。
 私はその場所に、戻ってきた。
 最後の最後まで、君たちの家政夫である為に────!

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