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育児戦争/家政夫と一緒。~2の24~

果て


「────投影、開始(トレース・オン)」

 丘に立つ、満身創痍の赤き騎士。
 彼を中心とした世界を埋め尽くす“構成要素”が、其の意のままに現象を形作る。
 すなわち“無限の剣製”を。


 ────ドンドンドンドンドンッ!!!


 宙を舞う幾多の剣。その一本一本がまるで矢のようにアサシンに向かって放たれる。

「────!」

 地をけり後方へと逃れるアサシンだが、生成され続ける“剣の檻”にふくらはぎを貫かれ、大地に叩きつけられる。

 そこへ。
 容赦なく降り注ぐ刃の雨────。


 ドドドドドッ!!


「ガ────グギャアアアアッ!」


 ブシッ、ブシャアアッ!


 貫かれた部位から鮮血を吹き上げるアサシン。
 哀れ、その体は昆虫標本のように地面に磔にされる。

「まだだ」

 アーチャーは5本の剣を空中に投影すると、アサシンの右腕に向け打ち下ろした。


 ドドドドドッ!


「ギャアアアアアアアッ────!!!!」

 森に響き渡る絶叫。
 異形の右腕はその一撃で粉々に吹き飛び、暗殺者は切り札を失う。

「ぐ⋯⋯。
 投影、完了(トレース・オフ)────」

 最後に干将、莫耶を両手に投影し、アーチャーはアサシンへと歩み寄る。
 鉄の長靴が地面を踏みしめるごとに、世界を覆っていた固有結界は形を失っていく。
 結界が作り出していた“デタラメ”は自然復元により調律され、窪地は復元し、生み出された刀剣は全て塵へと帰ってゆく。

 そうして『剣の丘』は消失した。
 残されたのは、切り札を失い瀕死のアサシンと。
 自身の失血と返り血で、体を真っ赤に染めた、アーチャーの姿。



 ヒュー⋯⋯ヒュー⋯⋯。


 掠れたようなアサシンの呼吸音が静寂の森に響き渡る。
 種を明かせば簡単なことだ。
 アーチャーはアサシンの“切り札”を既に見ていた。

 冬木デパートから始まった今回の聖杯戦争。その場所から辿りはじめた弓兵の偵察は、様々な調査を経てこの山────アサシンの根城にたどり着いた。
 偵察を始めて数日、この山で行われた戦いは二度。
 アーチャーが視認した”妄想心音”は二回。その間合いも性質も読めていた。
 敵地視察も綿密に行い、この場所のことも調査済みである。
 勝つのは道理。
 この時が来るのを何度もシミュレートし、それを忠実に実行しただけ。

 彼は弓兵、戦場を眺望し敵を討つモノ。
 綿密な状況設定、勝つ為の戦術設定、状況運用、そして場所取り。
 それを総じて敵を討つ者。
 前に出て戦う者ではないからこそ取り得る戦闘手段。
 それが弓兵の戦いだ。


「アサシンのサーヴァントよ、これで詰みだ」

 何の表情も無く、ただ淡々と。アーチャーは干将を突きつける。
 対するアサシンは虫の息。
 その喉の奥から漏れるのはかすれたような、喘鳴音のみ。



 敵はもう無力化している。
 ────これ以上やる必要など無い。
 これ以上傷つける必要など、無い。

 そう、心のどこかが呟く。

 けれども、この存在を生かしておけば。
 必ず────誰かの命を、脅かす。


 救われない者は必ずいる。
 人を殺すことに快楽を見出すもの。
 誰かの生を祝福できないもの。

 存在しているだけで────誰かの命を奪うもの。

 その存在が例え、自身の幸福を望んでいたとしても。
 笑顔を浮かべて暮らしていける、明日を求めていたとしても。
 正義の味方は刃を振り下ろさなければならない。

 そうして奪った命、救えなかった命、断ち続けてきたたくさんの命の、未来への願い。

 その思いの尊さを理解しているのなら。
 切り捨ててきた命の価値を、尊いと信じるのなら。

 刃を振り下ろさなくてはならない。
 殺さなくては、ならない。
 理想を、貫かなくてはならない────。


「────────」


 ────なんという偽善か、吐き気がする。
 オレがやっていることは結局。
 理想の名を借りた、殺人だ。
 勝つために見捨てたものがある。
 守るために傷つけたものがある。
 ────どこまで行っても救いが無い、概念の化物だ。


『ああ、だから。死んでしまえと、願った。
 その為に私は────ここにいる』


 もう数え切れないほど繰り返してきた煩悶。
 答えなど出尽くしている。その果てに、たどり着いている。

 なのに何故、いまさらそんなことに迷う?
 なのに何故、突きつけた剣でさっさと命を奪わない?


 浮かぶのは────凛の泣き顔。

『やさしいひと⋯⋯なんだよ⋯⋯っ?
 だれかがなくことがいやで、おこってもあいてのことちゃんとかんがえてて⋯⋯っ。
 いのちはとうといから、だ、だいじにしなきゃいけないって、いっぱいいっぱい、せなかでおしえてくれたのっ⋯⋯!』


 ────それが。
 その、言葉が。
 どれだけ────嬉しかったか。
 その、思いが。
 どれだけ────■■だったのか。


「────っ」

 浮かんだ暖かい思いを否定するように、頭を振る。
 許されないその思いを断つかのように刃を振り上げる。
 ────迷うな。

 そうして、勢いよく振り上げた干将は月光を照り返し。
 アサシンの、胸に────



 ガサッ────。



 その時、窪地の上から草のこすれあう音が聞こえた。

「────────」
 振り向き、見上げる。
 まるで、機械のような目で。

「ひっ⋯⋯」
 あがる小さな悲鳴。つく尻餅。


 ────そこには。
 二人の少女が、いた。



 家政夫と一緒編第二部その24。
 救う為にと人を殺して。
 ただ在るだけで人を殺し続ける、化物になりはてて。
 自身が切り捨ててきた、数多の救われない命と同じように────消え去るべきだと望んだ。

 だから駄目なんだ。
 失ってしまったもの、奪ってしまったものの価値を、良く知っているから。
 ────オレには、自分が許せない。


 けれど。
 そんな概念の化物を、救えない存在を、暖かい笑顔で迎えてくれる、大切な誰か。
 どこにもいかないで、と。
 引き留める、小さな手。

 彼女たちは、血に曇った禍々しい剣に何を見出したのか?
 弓兵には、それがわからない────。

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