育児戦争/家政夫と一緒。~2の20~
Interlude2-3:追跡
「なんで⋯⋯っ⋯⋯いつもみたいに、いじわるなこといってよっ!
なにもいわないなんて、ずるいっ⋯⋯!」
泣きながらアーチャーさんを怒鳴る姉さん。
黙ってそれを聞いているアーチャーさん。
二人を見つめる、わたし。
強い二人は、まるで泣いてるときのわたしみたいに弱弱しくて。
とっても、苦しそう。
相手のことが大好きだから。
守りたい人だから、自分のあり方が折れてでも伝えるんだ。
だけど、そのあり方は、自分じゃないから。
姉さんもアーチャーさんも、見ているだけで辛いほど⋯⋯痛々しい。
そんな二人を前にして、こんなのは嫌だってわかってても。
なにも、できなくて⋯⋯。
そうして、わたしはベッドの中にいる。
眠ったふりをして、わたしたちを見ているアーチャーさんを、見てる。
アーチャーさんは今まで見たことが無いくらい、苦しい顔をしている。
まるで二つに裂けてしまうんじゃないかというくらいに⋯⋯悩んでる。
そうして、ずっとずっと、わたしたちの顔を眺め続けて。
首をひとつ振ると、椅子から立ち上がる。
アーチャーさんの姿が消える。
霊体化したのだろう。
わたしは半分⋯⋯ううん、三分の一くらいだけどアーチャーさんのマスターだから、アーチャーさんがまだそこにいるのがわかる。
逡巡。
戸惑うかのような、ほんの少しの沈黙の後。
「⋯⋯すまない」
小さく、そう呟いて。アーチャーさんの気配が部屋から消えた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あっ」
わたしは跳ね起きる。
重い後悔に、跳ね起きる。
なにを、してたんだろう。
なんで、なにもしなかったんだろう、動けなかったんだろう。
どうして、声をかけなかったんだろう。
鈍いわたしは今頃気付いた。
姉さんは言っていた、「どこにもいかないで」って。
姉さんは、アーチャーさんがどこかへ行ってしまうことに気がついて。
それをとめようとして⋯⋯苦しんでたんだ。
そんなの駄目だ。絶対駄目だ。
アーチャーさんは優しいから。
一人で、がんばってしまう。
一人で、傷ついてしまう。
暗い部屋で、ずっとずっと、姉さんの帰りだけを待って。
一人でうずくまっていたわたし。
一人は辛い、本当に辛い。
誰かに向けて言いたい言葉も、自分の中で反響するだけで。
自分だけを、傷つける。
姉さんも、アーチャーさんも、きっと同じだ。
一人だけで我慢して、苦しんでる。
ほんとに伝えたいこと言えなくて、苦しんでる⋯⋯っ!
わたしは、助けてもらえた。
「さくら、どうしたの?」「桜、どうしたのかね?」って。
胸の中でぐるぐるしていた言葉、全部全部。
受け止めてもらえた。
だから⋯⋯今度は。
わたしが、やらなきゃ!
「ねえさんっ⋯⋯! ねえさんっ! おきてっ!」
わたしは隣で寝ている姉さんを必死になって揺り起こす。
わたしじゃアーチャーさんを追いかけられない。
馬鹿なわたしじゃ、アーチャーさんに足りない。
一緒に、アーチャーさんに⋯⋯!
「ねえさんっ! ねえさんっ! あーちゃーさんがっ!
いなく⋯⋯なっちゃいますよぉ⋯⋯!」
「────!!」
その声に、姉さんの体が跳ね起きる。
疲れきった目でわたしを見つめる。
「⋯⋯あーちゃーが⋯⋯でてったのね?」
みたこともないほど、強い光を湛えている瞳。
まるで、お父さんみたい。
自分のすることに、迷いの無い瞳。
「⋯⋯はいっ」
「いくわよ」
「⋯⋯あ」
「ふたりで、いくのよ。
ききわけのないかせいふを、つれもどしに」
姉さんはわたしの手を握るとベッドから飛び降り、窓辺へ向かう。
────バッ!
開け放たれた窓は夜風を吸い込んでわたしたちの目を覚ます。
月光が姉さんを祝福する。
夜の世界へ、ようこそ、って。
「Es ist gros,( 軽量)、Es ist klein(重圧)⋯⋯!!」
────キン!
姉さんの左腕が輝き、見えない力がわたしたちの体を覆う。魔術だ。
「さあ、いくわよ。
あーちゃーを、おっかけるの!」
ブアッ!
窓から飛び出す姉さんとわたし。
まるで王子さまみたいに、姉さんはわたしを抱きかかえて跳んだ。
「ひゃあっ!」
すごい速さで流れていく景色。
アーチャーさんに抱きかかえられて跳んだときと、同じ景色。
「あのばか⋯⋯!
もうおこったんだからー!
わるいことしてるなら、とっちめてやるっ!」
強い風に目を白黒させながら、姉さんの胸に強く抱きつく。
胸のうちには、まだ不安がある。
だけどこうやって、別の⋯⋯ううん。
アーチャーさんのいる世界に飛び出すことで、何か変わるかもしれない。
沢山の不安と、少しの希望を胸に。
わたしたちはアーチャーさんの後を追いかけた。
────Interlude out
家政夫と一緒編第二部その20。Interlude2-3。
小さな姉妹はそうして、夜を駆ける。
一年という時の中で、昼を愛し、昼と共に生きていくことの温もりを抱いたまま。
始めに夜があった。
彼女たちは夜の世界に生きていた。
けれど、迷い悩む弓兵と同じように、得てしまった昼の温もりに二人は。
夜の恐ろしさを、見失ってしまった────。
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