育児戦争/家政夫と一緒。~2の29~
Interlude3-4:二つの手・前編
そうして、どのくらいの時間が流れたのか。
気がつくとお部屋は真っ暗。もう真夜中だ。
「────ねぇ、ねえさん?」
そんな暗い部屋の中。
窓際の丸テーブルのほうから桜の声が聞こえる。
私はうつ伏せたままに小さく返事を返す。
「⋯⋯なあに?」
「わたしがピーマンおいしくたべられるようになったのって、しってます?」
「⋯⋯え?」
上半身を起こして振り向く。
そこには、なんとなく得意そうな顔の桜が、微笑んでた。
「ピーマンって、たてにほそぎりしてよくいためるとあんまりにがくなくって、すこしあまいんですよ? チンジャオロースとかそうですよね」
「⋯⋯へー。え? じゃあ⋯⋯あたしのおさらにでるピーマンがにがいのなんで?」
「くすくす⋯⋯もしかしたら、あーちゃーさんがいじわるしてたのかもしれません」
「え⋯⋯。ちょっとまって、さくらもだいどころにたってるでしょ?」
「だってわたしのぶん、あーちゃーさんにおねがいしてじぶんでやってますもん」
「え、ええー!? わ、わたしのもやってよ!」
「“りんがきづくまでほうっておきたまえよ。
げんじょうをかえようとどりょくするもののうえに、けっかはまいおりるべきだからな”とかなんとか。
えへへ、ほめられちゃいましたよ?」
そう言って悪戯っぽく舌を出す桜。
時たま意地が悪いのよね、桜。私に恨みでもあるのかしら。
「⋯⋯あのね、ねえさん」
「なによー、ぶーぶー」
「わたしたち、どれくらいあいてのことしらなくて⋯⋯どれくらい、むねのなかのことば、つたえられてないのかな」
「⋯⋯え?」
そう言って寂しそうな顔をする。
桜⋯⋯?
「さっきね⋯⋯おとうさんにてをつないでもらったんですよ」
「あ⋯⋯うん。そういえばそうね」
「ねーさん、わたしね⋯⋯」
「おとうさんにてをつないでもらうの⋯⋯はじめてだったんですよ」
「────え?」
「あったかくって、おおきくて。すこしだけごつごつしてる⋯⋯すてきなてでした」
そういうと桜は⋯⋯ちっちゃな左手を大事そうに胸の中に抱える。
「わたしね。
いつもいつもないてばっかりで、わずらわしいこだから。
おとうさんはてもつないでくれないし、あたまもなでてくれないし、はなしかけてもくれないのかなって⋯⋯おもってました」
「⋯⋯なっ!
そんなわけっ⋯⋯!」
「でもね⋯⋯。
さっきつないでくれたおとうさんのては、そんなふうにおもってたわたしのきもちなんて、どっかにやっちゃうくらい⋯⋯すごくすごくやさしくて。
たいせつに、つつんでくれて⋯⋯。
だからうれしくて、わたし、すこしだけつよくにぎってみたんです。
そうしたら、そうしたらね⋯⋯っ」
桜の目が、涙で潤む。
いままで溜め込んでいた伝わらない思いを表に出すかのように、ぽろぽろと涙をこぼす。
「お、おとうさんも⋯⋯ぎゅって。にぎりかえして⋯⋯くれ⋯⋯ました。
わたしうれしくて、なんどもなんども、ぎゅっ、ぎゅって⋯⋯。
そうしたらおとうさんもね、ぎゅっ、ぎゅって⋯⋯」
胸に抱えたてのひらを、そこに残った温もりを離すまいとするかのように、強く抱きしめる。
「わたし、わたし⋯⋯うれしくてっ⋯⋯なんで、わたしのこと、むししたり、はなしてくれないのかなんて⋯⋯もうどうでも、よく⋯⋯なってっ⋯⋯!」
「さ⋯⋯さくら⋯⋯」
「いいたいことっ⋯⋯いっぱいあったんです⋯⋯っ!
ききたいことっ⋯⋯いっぱい、いっぱい⋯⋯!
ほんとはね、おとうさんと、いっぱいおはなししたかったの⋯⋯!
だから、だから⋯⋯ねーさん、だからね⋯⋯」
────あ。
私は⋯⋯桜を無理やり⋯⋯連れてきてしまった。
「さ、さくら⋯⋯ごめん。
わたし⋯⋯」
「ち、ちがいますっ⋯⋯! そ、そうじゃ⋯⋯ないんですっ」
そういうと慌てて首を振って、伏せた瞳を上げて私に据える。
いつもは誰かを頼って泣くだけだった涙を湛えるその瞳は────強い何かを信じてる。
その思いで、輝いてた。
家政夫と一緒編第二部その29。Interlude3-4。
どれだけ思っても叶わない事はある。
どれだけ信じても叶わない事はある。
けれど、その想いの全ては⋯⋯本当に誰かに伝わったのか。
自らの願いは、思いは。
伝えたい人に伝わったのか。
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