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育児戦争/家政夫と一緒。~2の19~

Interlude2-2:我慢


 パタパタパタ。

 夕日が差し込む遠坂邸の二階通路。
 わたしはネコさんスリッパを鳴らして廊下を歩く。
 手に持ったお盆の上には、あったかいココア。
 廊下で姉さんのことを待つ、アーチャーさんに持っていくものです。

「────む」
 足音に気がついて、顔を上げるアーチャーさん。
 寒さのためか、いまの状況を思ってか。とっても難しい顔。
「あの、ココア、もってきました」
 手近にあったサイドボードにお盆を載せるとココアのカップを手に取る。
 まだあっつい。
「ああ、私に持ってきてくれたのかね? ありがとう。
 ────桜?」
 いつまでもココアを渡さないわたしに訝ったのか、怪訝そうな表情でこっちをみてくるアーチャーさん。
「あの⋯⋯」
「⋯⋯?」
「ふーふーいりますか?」


 ────ゴン。


 何故だかアーチャーさんは背にしたドアに後頭部をぶつける。
「わわっ、だいじょーぶですか?」
 わたわたしながら慌てるわたしに、アーチャーさんは苦笑ひとつ浮かべると、
「────全く、君たちは本当に。
 ああ、ふーふーはいらんよ。ありがとう、桜」
 ココアを受け取って優しく微笑みました。


 窓から見える茜色の空を、わたしはアーチャーさんの膝の上から眺めます。
 久しぶりにみた真っ赤な夕日はとっても綺麗で⋯⋯姉さんと一緒に見られたら良かったのにな。

「ねぇ、あーちゃーさん」
 背をそらして頭上にあるアーチャーさんの顔を眺めます。
「ねえさん、なんでおこってるんでしょう?」
「────怒っている、か」
 その問いに、悲しそうな色を浮かべるアーチャーさんの瞳。
「普段小言ばかりを言っているからな。
 いいかげん腹に据えかねたのだろう。
 大丈夫、凛は賢い子だ。話し合えば機嫌をなおすさ」
「⋯⋯」
 そう言って、やっぱり悲しい瞳のままアーチャーさんは笑います。

 大事なことを、隠して。

 アーチャーさんは優しいから、きっとわたしに心配かけないためにいろんなことを黙ってる。
 誰にも気付かれることなく解決して、そしてみんなで笑えるようになれれば、それでいいって。
 きっと一人で苦しんでる。

 ねえさんも、きっとそう。
 わたしの為に、わたしに話さないんだ。

 ────なんて。
 わたしは無力なんだろう。
 強い二人の為に、なんにも出来ない。

『う⋯⋯』
 こぼれそうになる涙を、必死で隠して。
 歯を食いしばる。がまんする。

 アーチャーさんも姉さんも、誰かの為に、強くあろうとしてる。
 泣き顔を見せないようにしている。
 だったら、私もがんばらなきゃ。

 誰かのために、泣くのを我慢しなきゃ。


「────桜?」

 急に黙ってしまったわたしを訝しむアーチャーさん。
 私はがんばって笑顔を作るとなんでもないかのように、

「そうですね!」

 そう言って、笑った。



 家政夫と一緒編第二部その19。Interlude2-2。
 どうして、おとうさんはわたしのこと見てくれないんだろう。
 何か、悪いことをしたのかな?
 謝れば許してもらえるのかな?

 伝えたい言葉の多くは少女自身を傷つけ、寂しい思いは募るばかり。
 振り向いてほしいと見つめ続けた背中から答えが返る事は無く、いつしか少女は「自分は、いらない子なんだ」と、思うに至る。

 泣いてばかりの遠坂桜。
 寂しい思いをうちに秘めて、一歩も前に進めない。
 暗闇の中で一人ぼっち。

 けれどその手を掴んで、ついてきなさいと、光の中へ連れ出す人がいた。
 遠坂凛。
 ────この世界で、一番大切な人。

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