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育児戦争/家政夫と一緒。~2の27~

Interlude3-2:遠坂


 ────遠坂家はその師祖に、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグをもつ魔道の名門である。
 魔術血統としての歴史は200年に迫り、族外の血を交えながらもその命脈を守り続けてきた。

 遠坂は自己を鍛え続けることで根源へ到ろうとした血族だ。
 遠坂であること、ソレ即ち勝利することであり、そこに例外は無い。

 ────擬似聖杯(魔力の釜)を生み出し、その果てに根源を目指す。
 遥か200年の昔、聖杯探求に取り付かれた北方の化物と、邪法に手を染めても己が理想を叶えんとやってきた異郷の魔術師に手を貸したのも、単に。
 勝利するのは遠坂である、どんな戦いであれ勝って当然、常勝遠坂の志を貫かんとしたためである。
 彼らは自分から喧嘩をふっかける事は無いが、他所から売られた喧嘩は倍返し、そしておいしいとこ総掻っ攫いなのである。

 故に聖杯戦争において勝利するのは遠坂の義務、当然の理。
 遠坂家五代目当主、遠坂時臣も当然それに従い勝利の為に旅立った。
 戦いに対する備えを得るために。

 ────まあ、どんなに準備を整えても。
 号砲に間に合わなければ何の意味も無いわけだが────。



 開いたドアの向こうから現れたのは忘れることなど無い、見知った顔。
 彫りが深くて日本人離れしたダンディフェイス。
 いつも厳しい仏頂面で、微笑んだ顔なんて見たことも無い。
 それでも、ホントは優しくて。
 私たちを思ってくれる、どうしようもないくらい不器用だけど優しい眼差しは、旅立つ前と同じように────今も私を見つめてくれた。

「⋯⋯とうさん?」

 手に持っていた魔弾を床に落とす。
 こわばっていた体から力が抜け、床に崩れ落ちそうになる。

「────ああ」

 そんな私の背中を、これでもかっていうくらいに優雅に抱きとめると、父さんは申し訳なさそうに眉を寄せて、言った。

「ただ今帰った。
 凛⋯⋯桜」



 居間のソファに向かい合わせに座り、私たちから状況を聞きだす父さん。
 とはいっても、桜は父さんが帰ってきてから一言も口をきかないので、専ら私が話しているわけだけど。

「────そうか」

 話を聞き終えると父さんは、相変わらずの仏頂面を少しだけ歪ませてから私たちを見据える。

「遠坂家当主として、おまえたちに伝えよう」

 重苦しくて、硬い声。俯いていた桜も居住まいを正す。

「おまえたちはマスターだ。聖杯戦争の魔術師として選ばれてしまった。これは動かしようの無い事実だ。
 ⋯⋯凛、桜。
 遠坂家に生まれた者として、敗北は許されない、逃走は許されない。
 また、魔道を志し、この戦いに踏み入った以上。
 いつか必ず来る根源への道程────その手段、聖杯戦争。
 そこから目を逸らす事は自らの人生を放棄するも同じことだ。
 故に────おまえたちは戦わなければならない」

 びくっ、と。
 背筋が震える。
 引き返せない戦いの中に、おまえたちはいるんだと────父さんは、言い切った。


 ────戦いの中で血に汚れ。
 全身を傷だらけにしながら、誰かを守る、赤い背中。


 手が震える。
 肩が震える。
 胃が重くなる。
 泣きたくなる。
 ────でも、我慢する。我慢、しなきゃ。


「────だが」

 父さんは、そこで苦しそうに眉根を寄せる。
 どうしようもないものを堪えるかのように、眉根を寄せる。
 それは⋯⋯はじめてみる、父さんの一面。
 弱いところなんて見せることのなかった父親が、初めて見せる、弱い顔。

 そうしてソファーから腰を上げた父さんは、私たちの目の前に来ると。
 その両腕で私と桜、二人の体を強く抱きしめた。

「あ⋯⋯」
「⋯⋯え」

 あまりのことに私も桜も言葉が無い。
 だって父さんがこんな風に⋯⋯抱きしめてくれたのなんて、初めてだったから。
 私たちを抱くその力は強すぎて苦しかったけど、震えるその肩がなんだか⋯⋯とても弱く見えて。
 何もいえない。

「────私が、守る。
 おまえたちを守る。だから心配しなくていい。
 部屋にいなさい」

 そう言って体を離すと、私たちの頭をぐわしぐわしと撫でた。
 痛いばかりの頭撫でだったけれど、その力強さは⋯⋯なんだかとても優しかった。



 家政夫と一緒編第二部その27。Interlude3-2。
 父帰還。
 遠坂家5代目当主、遠坂時臣。
 宝石魔術師として大成し、魔法使いの弟子として魔術協会に一目置かれる大魔術師でありながらも、遺伝的呪い、侮りがたし。

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