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育児戦争/家政夫と一緒。~2の50~

家政夫と、一緒。:前編


「あーちゃー⋯⋯っ!」
「あーちゃーさんっ!!」

 ひしと抱きついてくる二人のマスター。
 強い風の中、刃でささくれた腕が二人を傷つける事の無いように────その背中を優しく抱きとめる。


 ────タッ。


 二人を抱えたアーチャーは船首最上段、ブリッジ屋根の端に着地する。

「⋯⋯二人とも⋯⋯何故」
「あ、あーちゃー、わたし⋯⋯。
 ────ひっ!?」

 アーチャーの左腕を見た凛は、その顔を驚きに歪ませて震える。


『────っ』

 怖がる主人達を素早く屋根に降ろす。
 むごい傷跡を二人に見せないように、素早くそこから離れる。
 そうして、見下ろす船のファンネル側。
 セイバーと切嗣は何事かがあったのを察し、こちらの様子を窺っている。
 二人がマスターだと悟られては拙い。

「離れているんだ、二人とも」
「────────」

 一瞬の沈黙。
 けれど二人の気配が動くことはなく、返ってきたのは外套が引かれる感触だけだった。


 ぎゅっ⋯⋯。


 ちらりと、足元に視線を送る。
 目をうるませながら一生懸命自分を見つめる二人の姿。
 その目はなにかを訴えているようでいて⋯⋯悲しんでいるようにも見える。


 ────ズキリ。


「⋯⋯駄目だ。
 離れるんだ⋯⋯二人とも」

 離れて欲しい、これ以上辛い目に遭わないで欲しい。
 その想いを言葉に乗せて言い放つアーチャー。
 だが、外套を握る手を緩めない二人。

「────く⋯⋯」

 埒が明かない、こうなった時の二人はてこでも動かない事をアーチャーは誰よりも知っていた。
 二人を抱えて見込みの無い逃亡劇を演じるか、といよいよ覚悟を決めかけたその時。


 ────スタッ。


 突如真横に現れる何者かの気配。
 二人を守るように素早く剣を構え振り返ると、そこにはコートを翻す紳士然とした美丈夫一人。

「────っ? あなたは⋯⋯」
「あの魔術師とサーヴァントは私が牽制しよう。
 それよりも────アーチャーのサーヴァント。
 おまえには、やるべきことがあるだろう」
「⋯⋯なに?」


 そうしてアーチャーの横をすり抜け、セイバー達と対するように屋根の縁に立つコート姿の男────遠坂時臣。


「────!」

 警戒状態にあるアーチャーの間合いに入り、ただ、抜けていった。
 それだけだが────故に凄まじい。
 なんと練達され、成った歩法か。並みの功ではこうはいかない。
 時臣の言葉は誇張ではなく、彼は本当に『牽制』できる力を持っているのだ。


 だが、時臣の力を垣間見ながらも動けないアーチャー。

 今もなお胸を苛む鈍い痛み。
 自分が向き合わねばならない事、やるべき事は何だ。

 そんな彼の手を捉える、二つの小さな手。


「────っ」

 恐る恐る後ろへと振り返る。アーチャーの手を握る幼い二人。
 ────逃げられない。
 もう、捕らわれてしまった。


「⋯⋯⋯⋯」

 覚悟を決め、二人の前にしゃがみ込む。
 涙に潤む、不安げな幼い瞳。

『⋯⋯また、泣かせてしまったか』

 言いたい言葉はいくつもあった。
 けれど、アーチャーの口から出る限り、どんな言葉も恐ろしいものにしか聞こえないだろう。

 刃にささくれた異形の手を握る幼子達は、目を潤ませたままじっと見つめてくるばかりで何も言おうとしない。
 アーチャーもどうして良いかわからず、ただオロオロとするばかり。

 その姿は────この街に呼び出された頃のアーチャーによく似ていた。


「⋯⋯二人とも」

 剣を振るよりも、誰かを守って傷つくよりも。
 多大な勇気を消耗して言葉を紡ぐ。

「夜歩きは────感心しないな」

 一生懸命笑顔を作る、二人に怖がられないように笑顔を作る。
 だが、出来た笑顔は眉を顰め、口ばかりが妙な形に歪んだ、怒っているのだか困っているのだか判らない、不細工な顔だった。

 遠い昔、その笑顔に怯えた戦地の子供のように────凛と桜もまた怖がり、怯える。


『⋯⋯どうしろと、いうのだ』

 いよいよ打つ手なし。
 袋小路に嵌ったアーチャーは困窮の度をその表情にも表す。
 もはやどんな表情なのか判らないほど複雑な顔をするアーチャーを見て、凛は一歩前に出ると。

「⋯⋯⋯⋯ばか」

 その小さな両手をアーチャーの両頬に当てる。

「⋯⋯?」
「だれかをしかっているのに、なんでわらうのよ。
 そんなの、こわいにきまってるじゃない」

 握られる頬肉。
 凛は勢いをつけ、アーチャーの両頬を力いっぱい抓りあげた。


 ギリリリリリリリッ!!!


「────なっ!?
 やっ、やめはまへっ!」
「う、る、さ、い、のーーーーーーーー!」

 不意の一撃は銃弾よりも鋭くアーチャーにダメージを与え、恐れに固まった心はその一発で綺麗に────砕けて消える。

「⋯⋯ぷっ」

 桜の顔からこぼれる笑み。
 困ったような、怒ったような顔でアーチャーを見つめる凛。

「⋯⋯あーちゃー」
「つつつ⋯⋯⋯⋯ん?」
「ごめんね」
「────何故、謝るのだ?
 怖がらせたのは、私だろう」
「あ⋯⋯う⋯⋯。
 ⋯⋯うん。こわかった」


 ────当たり前だ、怖くないはずが無い。
 アーチャーがやっている事は、ただの人殺し。
 二人に見せたのはそれ以外の何物でもないのだから。


「⋯⋯こわかった────こわかったの。
 しらないひとみたいだった、こわいひとみたいだった。
 あーちゃーのこと、こわくてこわくて⋯⋯だからっ!
 ⋯⋯それだけで、いっぱいになっちゃった。
 いっぱいに、なっちゃったの⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯?」


 そう言って項垂れる凛。
 小さな手がブラウスの胸元を強く握る。
 勇気を、振り絞るように。


「ほ、ほんとは⋯⋯ほんとは⋯⋯っ」
「⋯⋯ん」
「あーちゃーのこと、あーちゃーのこと、すき⋯⋯っ!
 だいすきなのっ!
 なの、に⋯⋯。
 こわいので、ぜんぶうまっちゃって⋯⋯あ、あーちゃーのこと、きずつけちゃった⋯⋯。
 かなしいかお、させちゃったから⋯⋯っ!
 だから、だから⋯⋯」


「あーちゃー、ごめんね⋯⋯っ」


「────────」


「こ、こわいのは、ほんと⋯⋯なの。
 ころしあいなんて、きっとすきになれないしっ、これからさきも、きっといやなんだとおもうっ」
「⋯⋯⋯⋯」
「でもっ⋯⋯!
 いやだってきもちばっかりになってっ、すきなひとのこと、きずつけるのっ⋯⋯やだもん!!
 あーちゃーのこと、ひとりにするのっ、やだもんっ!!
 だから、ひきだしつくって、がまんするっ!
 もっともっと、だいじなことがあるから、がまんするっ!」


 ────目の前に。


「それで、それでっ、わたしは、まえにすすむんだもんっ!!
 すきなひとのてをにぎって────まえに、すすむんだからぁっ!」


 目の前に居る、幼い少女は。
 紛れも無く────遠坂凛だった。

 本当は傷つけるのが嫌なくせに。
 心の奥にそれをしまいこんで、不器用に走り続ける────赤い魔術師。
 そんなアンバランスさだから、最後の最後でポカをやらかしてしまう────愛すべき魔術師。

 その在り方に、その優しさに、何度救われた事か。
 少女は幼くしてもう⋯⋯一人前だった。


「だから、だからぁっ、あーちゃー、だから、ね⋯⋯。
 いっしょ⋯⋯にっ⋯⋯ひぅっ⋯⋯う、ううぅ~。
 うわああああああぁぁ~~~んっ!」

 それで感情がいっぱいいっぱいになったのか、泣き出してしまう凛。

「わわ⋯⋯ぐすっ⋯⋯。
 ねーさん、よしよし⋯⋯」
「うわあああ~~~~~~~~~んっ!」
「────く。
 全く⋯⋯本当に、詰めが甘い。
 だから、放っておけないんだ」


 アーチャーの変わり果てた手が、二人の背中を優しく撫でる。


 ────誰かを傷つける事しか出来ないはずの、化物の手。
 けれど幼子たちは、その手が誰よりも暖かく自分たちを守り続けてくれた事を知っていた。

 剣にだって心はあるのだ。
 道具にだって想いはあるのだ。

 たとえ刃として生を受けたとしても、誰かを思う気持ちが、嘘であるわけがない。


「うぐっ、ひぐっ⋯⋯。
 あーちゃ~!
 ばかぁー! ばかばかばかー!
 さびしかったんだからー! ばかー!」
「う⋯⋯あーちゃーさん⋯⋯っ。
 しんぱい、したんですからぁ⋯⋯っ!」



 刃であろうと化物であろうと、大好きな人に変わりは無いのだから────。




 家政夫と一緒編第二部その50。
 答えは己の裡にある。
 どんな災禍が訪れようとも、どんな苦難が降りかかろうとも、過ごしてきた日々が嘘であるはずが無い。

 誰よりも誰かを想い、暮らしてきた一年。
 それが間違っているわけが無い。

 その想いは、どんな怖れよりも、どんな悲しみよりも強く。
 大好きな人の下へ。

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