育児戦争/家政夫と一緒。~2の3~
戦鐘
「ねえねえあーちゃー、おようふく、おようふくー!」
子供服売り場の前を足早に通り過ぎようとしたアーチャーの手を捕まえる凛。
「⋯⋯家にたくさんあるだろう」
期待に満ちた瞳で見上げる凛を断固拒否の姿勢で迎え撃つアーチャー。
両者の間に火花が飛ぶ。
「⋯⋯きれいにもらったおようふくのこと?
あーちゃー、てれびにでてくるアイドルがおなじふくをきてるのみたことある?」
「⋯⋯ないな」
「でしょでしょ?
きれいったらまいとしまいとし、おんなじふくしかよこさないんだよ?
みんなのあいどるたるりんちゃんがそれじゃだめじゃない!
せかいのためにも!」
「何処の世界かね」
「まあそういうわけで、ひとつみつくろってくれたまえ」
「⋯⋯」
「あはは⋯⋯」
呆れて黙り込むアーチャーの横で苦笑して頬をかく桜。
だが、アーチャーを見上げるその目に僅かな期待を乗せている。
「⋯⋯まったく。今日は外食だけの予定だろう?
それだけならマウント深山商店街でも良かったというのに、わざわざ新都まででてこさせた理由はソレか?」
呆れた顔で二人を見るアーチャー。
「ば、ばかいわないでよ! げきからマーボーなんてまっぴらごめんだもん!」
「うう、やですー⋯⋯」
思い出したのかげんなりした顔になる二人。
「そらそら、こんなところで時間を食うと昼が過ぎて、夜が食べられなくなるぞ」
追い立てるように二人の背中を押して、小走りにエスカレーターに向かう。
「あっ! やー!」
「わわっ! ころんじゃいますよぉ!」
あわてて走り出す二人を、苦笑しながら追い立てるアーチャーだった。
冬木デパート。
冬木っ子御用達の地元デパートである。
その歴史は古く、明治に開業した由緒正しい呉服屋を母体にもち、都市の開発にあわせ百貨店に模様替えして今に至る。
だが、此度の新都再開発の流れで冬には取り壊しが決定し、閉店セール中の冬木デパートは連日大盛況らしい。
今日は休日。その為もあってかデパートは人波でごった返していた。
「はわー⋯⋯」
雑踏の人いきれに、ふらふらとしだす桜。
「大丈夫かね?」
あわてて桜を抱き上げるアーチャー。
「さくらったらひとごみによわいんだから。
⋯⋯だいじょうぶ?」
心配そうに桜を見上げる凛。
「あはは、ちょっとあてられちゃいました。
すこしおやすみすればだいじょうぶですよ」
「それじゃちょっとそこのベンチでやすんでいこうか」
エスカレーターを途中で降りて階段横に設置されているベンチに腰掛ける一行。
「あうー、すいません⋯⋯」
「あやまらないの、しょうがないんだから」
くすくす笑いながら横になる桜の頭をなでる凛。
そんな姉妹の様子を目を細めて見つめるとアーチャーは席を立つ。
「どっかいくの? といれ?」
「サーヴァントにそういった行為は必要ない。
飲み物でも買ってこようと思ってね」
「それじゃわたしコーラ!」
「わたしイチゴジュースがいいです~」
「了解。少し待っていろ」
二人の注文を聞くと自動販売機を探して階段を下りる。
────コツコツ。
館内地図に目を走らせ階段を下りてゆくアーチャーの背に、姉妹の楽しそうな会話が聞こえる。
好きだの嫌いだのと飛び交う、少女達の会話。
「なにを話しているのやら⋯⋯」
その声を苦笑交じりに聞き流すと、アーチャーは思考の海に潜っていく。
なんて、平和で幸せな時間なのだろうか。
自分の人生ではありえないほどの────幸福な時間。
誰かを殺して、笑顔を守る。
泣く人の為に誰かを殺す。
百を生かして一を切る。
万を生かして百を切る。
ソレだけが、自分に出来る全てだった。誰かの幸せを守る唯一だった。
けれども、そうして切った一には呪われて。
生かした百には誹られる。
それでもそれが一番なのだと、必死になって生きてきた。いつだってこの手を血で真っ赤に汚してきた。誰かの返り血を浴びない日など無かった。
泣く人がいない日など無くて、目に付くのは慟哭ばかりだった。
────そんな自分が。
ただ二人の少女を守るために、一年以上も血に汚れない暖かい日々を送ることが出来た。
優しい笑顔と信頼の微笑みに囲まれて日々を送ることが出来た。
だから────アーチャーは最近、ふと考えてしまう。
もう自分には十分なのではないだろうか────?
と。
「む、あったあった」
公衆電話が幾つか並ぶ階段横のフロアに、カップタイプの自動販売機が設置されていた。
注文の品があるか確認すると、お金を投入する為にサイフ口を開ける。
────────その時。
ドッ⋯⋯! ガシャアアアアアアアン! ⋯⋯ズズン!
それは、彼”本来の”日常にとって、あまりに慣れすぎた、音。
爆発、その衝撃でガラスが割れる音、爆風により壁が崩落する音────。
平和な日常の中で聴くことの無かった、それは争いの戦鐘(チャイム)。
「────────」
スイッチが、入る。
やるべきこと、成すべきこと。己が理想。
錆付き始めていた心眼が目を覚ます。
────状況推定:ビル上階フロアにおける爆発。
救助ルート:逃走経路、避難経路、緊急通路、消火栓等の位置は把握済み。
優先行動:────────。
「凛、桜────!」
────マスターの救助!
そして聞こえてくる悲鳴と絶叫、逃げ惑う足音。
そんな阿鼻叫喚の中アーチャーは走り出す。
守るべき二人の下へ。
家政夫と一緒編第二部その3。
チャイム。
平和な時を引き裂く争いの鐘。
その音は弓兵に自分のいるべき場所を思い出させる。
さあ走れ、オマエはその為に生きているのだろう?と。
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