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育児戦争/家政夫と一緒。~2の41~

Answer.:後編


 ────何を、言っているのだろうか。

 少年の言葉はあまりにも意外で────アーチャーはその意味を理解できない。


「⋯⋯ぜんぶ、わかったわけじゃない。
 ううん、きっとおじさんにしかわからないことなんだとおもう。
 その、くるしさは。
 でも、それでもおじさんは────だれかを、たすけていたじゃないか」

「それ、は⋯⋯」

「デパートでおじさんとわかれたあとな。
 おんなのこをおぶって、かいだんをおりたんだ。
 そしたらたくさんのひとが、てあてされてるとこにでた。
 おんなのこのおとうさんもそこにいてな。
 ずっとさがしてたらしくて⋯⋯おんなのことあえて、よろこんでた。
 たすかってよかったって⋯⋯ないてたよ」


 少年は話す、一生懸命話す。


「いっぱいのヒトが、いたんだ。
 コドモも、オニーサンもオネーサンも、オカーサンもオバアチャンも、オジイサンもオトウサンも。
 ⋯⋯しってる?
 おれのとうさんと、かあさんも、おじさんがたすけてくれたんだよ?」


 その理想が、その夢が。
 なにから始まろうとしているのか。
 何処から走りだそうとしているのか。


「みんなみんな、かんしゃしてた。
 いのちがたすかってうれしいって、よろこんでた。
 シロウがブジでよかったって。よろこんでくれたよっ⋯⋯?
 おれ、おれ、とうさんとかあさんがブジで、すげーうれしかったんだっ!」


 ────その気持ちを⋯⋯伝えるために。


「みんなっ、たすけてくれたヒトにかんしゃしてたんだ。
 おじさんにありがとうって、つたえたかったんだよ」


「⋯⋯⋯⋯っ」


「⋯⋯すごいなって、おもった。おれもそんなふうになりたいって。
 だいじなヒトも、だれかのシアワセも、まもれるひとになりたいって。
 だってかっこいいもん! なまえもつげずに、なんのみかえりももとめずに。
 だれかをたすけることだけ、かんがえて」



「それって────せいぎのみかたじゃないか」


「────────!!」



 それは、偽善なのではなかったか。
 己につながらぬ、見返りを求めぬ救済など愚かで先の見えぬ、救いようの無い行いなのではなかったか。
 ────けれど、なんだろう。

 この胸を暖かくする思いは。


「だから。くるしくっても────そんなふうにいきられたら。
 かっこいいよ」
「⋯⋯それ、は⋯⋯」
「おじさんは、くるしいのはやなの?」
「────────」


 そんな事は、どうでも良かった。
 誰かが救われるならどうでも良かった。
 それが、苦しい事の何倍も────嬉しかったからだ。


「おじさんは、ないているひとがいたらほうっておくの?
 くるしいから?」


 ────嫌だ。
 それが、それだけが⋯⋯きっと。
 この心に残った最後の矜持。

 この手で、この意思で。
 そんな事を許してたまるものか。


「おれは、いやだ。
 おれは⋯⋯おじさんみたいに、ないてるひとをたすけたい。
 だれかのえがおをまもりたい。
 みんなのシアワセでおなかいっぱいになれたら⋯⋯きっときっと、シアワセだよ」



「────────ああ」



『そうか』

 私は────二人の、凛と桜の笑顔で気付けたから。
 人を救う事で得られるはずだった、笑顔(求めたモノ)を思い出すことが出来たから。
 だから────。


 目の前の少年を、殺せるわけが無い。
 二人の笑顔を、忘れられるはずが無い。
 この理想を、捨てられるわけが無い。
 無かった。



「────私の、負けだ」

「⋯⋯へ? なんかしょうぶしてたっけ?」
「私にとっては一世一代⋯⋯そんな大勝負だった」
「なんかけいひんでる?」


「たわけ」


 苦笑し、少年の頭を撫でる。とてもとても柔かい、笑顔。
 何日ぶりだろうか。
 何を思うことも無い────ただただ重いものを感じさせない⋯⋯笑顔だった。



 家政夫と一緒編第二部その41。Answer.:後編。
 ────けれど、ソレは失われたわけではなかった。
 どんな地獄に落ちても、どんな茨に触れても。
 消えはしなかった。手放してはいなかった。

 茨の中────男は呼ばれ、振り返る。
 奇跡の様に現れた優しい一年間。
 与え、与えられ、歩いてきた優しい一年間。

 小さな笑顔がくれたのは、希望の光。
 暗い茨の道を、歩いていくための確かな灯火。
 この灯火を消して、何がある?
 この暖かさを失って、何がある?
 ────何も、無い。

 だったらこの灯火だけをもって進んでいく。
 絶望しかなくても、それだけを信じて歩んでいく。
 その想いを捨てない限り、何処までだって歩いていける。

 ────この理想は、間違ってはいないのだから。

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