ikuji_3_top_完成

育児戦争/家政夫と一緒。~3の48~

天分


 冬木の夜を弾丸のように駆ける赤い外套。
 屋根を蹴り、電線を伝い、路上を駆けながら一路遠坂邸へとひた走る。

「凛⋯⋯桜⋯⋯!」

 夜を見通す鷹の目は、霧に隠された遠坂邸が火の手を上げる様を捉えていた。
 一刻も早く二人の下へたどり着かなければならない。



 ────ザッ。



 そうして、鉄の長靴が庭を踏む。
 目前には火を噴き燃え崩れていこうとする屋敷。

「凛、桜ぁー!」

 恐れることなく火の中に飛び込むと、一路地下室へと向かう。
 この屋敷で一番防御力が高いのはあそこだ。二人を隠すとするならば間違いなく地下室だろう。
 だが、扉の開いた地下室の中に人の気配はなく、防御魔術によって火の手から守られていたためか、冷たい夜気とかび臭い匂いしか感じられない。

「⋯⋯⋯⋯!」


 まさか────もう。


 最悪の予想がアーチャーの背筋を震わせる。
 守れなかったたくさんの人々の姿が脳裏に浮かぶ。
 その風景が、その小さな姿が────凛と桜に重なる。

「⋯⋯まだだっ!!」

 絶望に心を囚われるな。
 諦めるのはまだ早い。精神集中を開始すると凛と桜の気配を追う。
 先程から“遠坂邸周辺にいる”程度のぼんやりとした気配感知しか行えなかったが、魔力供給距離まで迫れれば捉えられるはずだ。
 だが。

「⋯⋯っ、なんだ⋯⋯酷いノイズが⋯⋯」

 探知に放った糸が乱され、二人の気配を追えない。
 遠坂邸の霊脈が活性状態にあるため、放出される太源がチャフ代わりになり、探知を阻害しているのだろう。
 一度ここから離れなければ。



 火と煙に包まれたエントランスを駆け抜け玄関に到着すると、屋敷の外に何者かの気配を感じ、足を止める。
 この気配は⋯⋯。
 左手の干将を握りなおし、意を決して外に躍り出るアーチャー。

「────────!」

 そこには、銃を構えた切嗣の姿があった。
 元より止まるつもりはなく、外に出た勢いのまま林の中に飛び込むと、その軌跡を追うかのように次々と打ち込まれる銃弾。
 切嗣の銃撃を木を盾に防御しながら間合いを取る。

「⋯⋯切嗣⋯⋯!」
「遅い到着だったな、アーチャー」
「こんなところを一人でうろついている所を見ると、目的を果たせていないようだな。安心した」
「⋯⋯目的。
 ああ、これのことかい?」

 風切り音一つ。
 アーチャーの足元に投げ込まれる何か。
 それは革靴、丸い何かを入れられた小さな革靴。

「────────!?」

 それが手榴弾だと気付くと全力で横っ飛びをするアーチャー。
 直後────爆発。飛来する数多の破片。
 そのうちのいくつかが身に抉りこむが、切嗣相手に足を止めるわけには行かない。

「────は、さすがに判っているじゃないか」

 唐突に、真横から聞こえる切嗣の声。
 声と同時に放たれた銃撃を、地を蹴り加速することでかわすと、手近な木の幹を蹴り空中に飛び上がる。


 ────タタンッ!!


 アーチャーを追う様に放たれる2発の銃弾。
 だが、固有時制御後の反動を身に受けて、サーヴァントの立体移動を捉えきれるものではあるまい。
 切嗣の頭上を跳び越すように跳んだアーチャーは彼の背後へと降り立つ。

「ふっ!」

 即座に斬撃を浴びせようと踏み込むアーチャーだが、肩越しにこちらを狙う銃口に気付くと急いで身を伏せる。


 タタンッ!


 見るともなく放たれる2発の銃弾、対する切嗣はアーチャーが身を伏せた一瞬の隙に片足を支点に半回転、アーチャーに正対し二丁拳銃を連射する。


 タタタタタタンッ!!


 嵐のような連射。
 間合いを開ければ切嗣のペースになることを理解したアーチャーは、銃弾が放たれる寸前、地を這うような低姿勢で前に踏み込み、銃撃射角の内側に入り込む。

「────────!」

 互いの息がかかりそうな超接近間合い。
 切り上げるように放たれた干将の一撃を切嗣は身を引いて回避し、二丁拳銃を連射する。
 この間合いで────避けられた?
 ボディアーマーに食い込む3発の銃弾。胸郭を抉るその一撃を歯を食いしばって耐え、返す刀で切嗣に切りつける。


「おおおおおお!」
「────っああ!」


 そのまま舞うように超接近戦を開始するアーチャーと切嗣。
 高速で踏み交わされる死の舞踏。火花と硝煙が乾いた大気を熱し、互いの戦意を煽り立てる。



 サーヴァントと生身の人間。
 戦いは一方的なものになると思われたが、恐るべきことに衛宮切嗣はサーヴァントの斬撃の速さに反応している。

『この速度を見切る超知覚と反射────固有時制御か?』

 切嗣の皮下で瞬く魔力の輝き。脳内の情報伝達を行う活動電位に固有時制御で干渉し、知覚速度を高速化する。
 虹色に輝き続ける魔術刻印は、それらの魔術行使をオートメーション化させることにより起きる現象なのだろう。
 理論的には可能だろうが────尋常な魔術行使ではない。
 どれだけの負荷軽減が為されれば可能なのか。例えるならばニトロを打ち火を噴き走る自転車のようなものだ。
 セイバーに右腕を落とされたアーチャーは左手一本。
 超高速で繰り出される銃撃の防御に追われ、攻めに転じることが出来ない。



「⋯⋯く」
「どうしたアーチャー、主が心配か?」
「たわけ、靴の一つで手が鈍るとでも?
 その手の対応経験は望まぬ事に豊富でね」
「────はっ、修羅場は潜っているというわけか」

 喋りながらもアームマウントから新たなマガジンを逆手に放ち、恐るべき速度で再装填を行う切嗣。
 そうして何事もなかったかのように戦闘を続行する。
 超高速かつ正確で滑らかな動作。再装填自体が次の戦闘行動と連結していて妨害の手を入れられない。



 ────キンッ、タタンッ、キン、タタンッ!!



『────まさか、ここまでの化け物だったとは』

 そうして超人的な戦闘を続ける二人。
 衛宮切嗣は間違いなく“魔術師殺し”の二つ名を体現する戦闘の天才だった。




 家政夫と一緒編第三部その48。
 セイバーとの戦闘で受けた傷の為、まともな防御が出来ないアーチャー。
 サーヴァントに抗いうる恐るべき戦闘技術の前に次第に追い詰められてゆく────。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?