育児戦争/家政夫と一緒。~2の44~
死闘
────躊躇いは一瞬。
されど、魔術師(彼ら)の戦いにおいてそれは大きな隙。
シャカッ────タタンッ!!
ジェリコの銃口から吐き出された9mm弾は、狙いたがわずアーチャーの眉間めがけて飛んでいく。
だがアーチャーもサーヴァント。
一瞬の予備動作から敵が頭を狙ってくる事を判断し、腕で頭を防御していた。
「────────ぐう⋯⋯!」
肉を散らし、骨を削って止まる弾丸。
物理攻撃は霊体であるサーヴァントに対し効果が薄い。通常ならば鉛の塊であるリードブレッドでは彼らにダメージを与える事は出来ない。
だが。
『────聖別弾。聖遺物を弾芯に埋め込んでいるのか』
聖別という言葉を使うのもおこがましい。
その実態は聖遺物を弾芯として加工したものをガンブレッドに使う、罰当たり極まりない銃弾である。
聖遺物はただ在るだけで霊魂に干渉する宝物だ。
ただの鉛弾を魔術と同等────それ以上のものに変える攻撃方法である。
タタタンッ!
続けて放たれる弾丸。
無論、アーチャーは既にその場にはいない。
初弾を受けると同時に左斜め前方に突進、弾丸の雨を一瞬の差でかわしながら切嗣に迫る。
人間の身体はその構造上、外側の動きに対してほんの僅かだけ反応が遅い。
一瞬のタイムラグを捉え、動作を見切る動体視力と運動能力。
サーヴァントならではの大胆な戦闘機動である。
「────チッ」
舌打ち一つ。
切嗣はコンソール上のジェラルミントランクを肩にかけると、左側に踏み出し、迫るアーチャーに対し円を描くように対峙する。
「────materia roboratio,(下肢 強化) pondus alleviation(外圧 抑制)」
切嗣の身体に走る魔力の糸。
地を蹴る推進力が瞬間的に増大し、追跡するアーチャーを引き離す。
『強化の魔術か?』
切嗣に密着するように歩を進めていたアーチャーだったが、その機動で二歩分、引き離される。
────直線は、拙い。
タタタ、タンッ!
放たれる銃弾。
その予測を済ませていたアーチャーは頭と心臓の二箇所を干将莫耶を盾に防御するが、幅広の刀身が防いだのは三発の銃弾のみ。
放たれた最後の銃弾はアーチャーのふくらはぎを撃ち抜く。
「────っ、ぐっ!」
────巧い。
殆ど連続に聞こえた銃撃音だったが、最後の一射のみ狙いを変えていたのだろう。
どれほどの膂力と経験値を持つのか。
弾丸発射の定石から行くと当たるわけが無い一発だ。
しかし、銃撃による物理衝撃はアーチャーを止めるほどのダメージを与えず、赤い巨躯は魔術師に迫る。
「沈め、魔術師(メイガス)────!」
振るわれる干将莫耶。
狙うは右腕。利き腕を断ち、無力化するのが狙い。
だが。
「────elementum tempero(因子 制御)」
ブンッ。
空を切る二刀、吹き抜ける風。
アーチャーの目前捉えるはずだった魔術師の体が、陽炎と共に忽然と消えうせた。
「────────な」
惑いは一瞬。
アーチャーは急所を覆うように干将莫耶を振るう。
────キュキュキュインガキュン!
嵐のような弾丸発射。
その全てを防ぎきれるわけも無く、身体を抉る2発の銃弾。
「があ⋯⋯っ!」
身を抉る衝撃、だがアーチャーは止まらない。
強烈な痛みに苛まれながらもその足は前進を続け、なおも魔術師を追う。
血煙の中捉えたのは、ブリッジ入り口から部屋を出ようとする切嗣の姿。
読めていたことである。
ジェリコの総弾数は16、残り弾丸は一発。
ハンドガンブレッド一発だけではサーヴァント相手に有効な反撃は出来ない。
『────逃がすか』
身体を苛む痛みに耐え、床を蹴る。
機動力で言えばサーヴァントの持つそれは人間とは比較にならない。
部屋を出、ブリッジ前の直線通路で切嗣に肉薄するアーチャー。
突進力をそのままに、肩から切嗣に体当たる。
ガドオッ!!
「がっ────!!」
その一撃に吹き飛び、床を水平に飛んでいく切嗣。
着地したアーチャーはようやく捉えた敵を見据え、愛剣を投擲する。
「────行けっ!」
ヒュオンッ!
空中を走る陰陽剣。
鋼は意思を持つかのように目標へ飛んでいく。
切嗣は地に伏せりながらも、手に持ったトランクを盾に莫耶を防ぐが。
ダンッ!
「っ────────!」
夫婦剣干将は狙いたがわず、切嗣の脛を床に縫い付ける。
これで、切嗣の動きは封じた。
『逃さん』
同時にアーチャーは地を蹴り、切嗣へと迫る。
銃弾も尽き、足を串刺しにされた魔術師。
既に詰んだかに見えた戦いだったが────。
「────di materia roboratio(銃身・弾体 強化)」
切嗣の手は再びジェリコを構え、アーチャーへと狙いをつけた。
「────?」
残り一発。
なんという事は無いはずだ。ハンドガンのパワーでは干将莫耶を貫く事は出来ない。
だが────目前の魔術師、衛宮切嗣。
魔術師殺しの異名をとる彼が、死地ともいえるこの場面で無駄な事をするものか?
「dolor tempero(反動 抑制),elementum interpono(因子 介入)」
視線がぶつかる。
銃身に走る魔力の光を収束させるが如く、トリガーに指をかける切嗣。
再び干将莫耶を投影し、切嗣へと向かうアーチャー。
「elementum tempero(因子 制御)」
そこで気がついた。
先ほど、忽然と消えうせた切嗣の移動。
あれは一体なんだったのか。
空間転移ではない。
人の魔術師が空間転移を独力だけで行おうとすれば、補助礼装や、座標の関連付けに関する長小節詠唱が必要になる。
よしんば使える才能があったとしても、人が使う以上実戦向きではないのだ。
では、あれは何か。
瞬間移動、風⋯⋯視覚できない高速移動。
────固有時制御。
「────────っ!」
それに気がついた瞬間、アーチャーは出来うる最速の投影を眼前に集中させた。
垂直に現れる5本の幅広剣(ブロードソード)、だが。
「────ira manifestatio(神威 顕現)」
────────ォッ! グシャッ!!
見えたのは砕け散る刀剣の姿のみ。
身体に襲い掛かる激しい衝撃。
「────がっ⋯⋯!!」
血を吐き、膝を折りかけるアーチャー。
みれば────脇腹が、無い。
固有時干渉による魔術、固有時制御。
その一撃に────根こそぎ持っていかれたのだ。
家政夫と一緒編第二部その44。
死闘。
どんな魔術師もその魔術を行使する際、準備が必要となる。
彼らの世界において、近代兵装で攻撃できる灰色は最も速い絶対の制圧者である。
魔術師の法になど囚われない。
ありとあらゆる手段を使い、先制を奪い、敵に何をさせることも無く────殺す。
それ故に彼は、異端者────『魔術師殺し』の異名を持つ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?