育児戦争/家政夫と一緒。~2の2~
異物
ブウウウウ⋯⋯ン⋯⋯プシュー⋯⋯。
坂道を登ってきたバスが停留所へと滑り込み、三人の前でとまる。
新都駅前~深山旧家前を循環する冬木循環バス。
ここは片方の終点、深山旧家前だ。
アイドリングに震えるバスは午後の日差しを受けて美しくきらめいている。
「はわ⋯⋯。バスさんきれいになりましたねー⋯⋯」
桜は目をまん丸にして輝く白いボディを眺めていた。
未だクラシックな町並みが残る深山町と、ようやく都市開発が始まったばかりの新都。
古い時代を色濃く残していた冬木の街は、新世紀を前にしてようやくその古い皮を脱ぎ捨て、未来へと歩き出そうとしていた。
冬木循環バスの輝く新しいボディは新都開発の一部ともいえるだろう。
古い町並みを走る白く美しいバスは、やがて来る発展した新都の姿を住民に予感させた。
「いちばーーーん!」
バスに乗り込みと眺めのいい席を確保しようと走っていく凛。
それを苦笑いで見送りつつ、アーチャーは運賃箱に三人分の料金を入れる。
「娘さんですか? 元気ですね」
その様を見ていた老境の運転士が微笑みながら尋ねてくる。
「⋯⋯親戚の子です。
私が親ならもう少し淑やかになるように育てたいところですがね」
苦笑しながら答えるアーチャーをみて笑う運転士。
「フフ、子供は元気が一番ですよ。お嬢ちゃんも行ってらっしゃい」
手を振る運転士にアーチャーの後ろに隠れていた桜ははにかみながら頭を下げる。基本的に人見知りなのである。
「ほらほらー、とくとうせきかくほしたからはやくおいでーー!」
車内に誰もいないのをいいことに、はしゃいで手を振る凛を苦笑しつつ眺めると、アーチャーは桜の手をとって後部座席へと移動した。
出発したバスは深山の古い町並みを車窓に移しながら、ゆっくりと坂道を降りていく。
やがて見えてくる大きな川────未遠川である。
深山と新都を隔てる大きな川で、その上にはアーチ状の大橋”冬木大橋”が泰然と座している。
二つの街をつなぐ唯一の移動路であり、冬木の大動脈ともいえた。
バスは海風を受けて冬木大橋へと差し掛かる。
「うわぁーー。うみ、きれいだねぇー」
窓から顔を出して輝く水面を眺める凛。
「そうですねー」
頭上を飛んでいるカモメを目で追いながら、桜も美しい光景に目を細める。
「そら、顔を出すと危ないし、もういい加減寒い時期だ。窓を閉めるぞ」
脇の下に手を入れて凛の体をひょいと抱えると窓を閉めるアーチャー。
冬木は冬の訪れが近い。既に窓から吹く風は冬の冷たさを伴っていた。
「えー。あーちゃーったら、ろまんとかないんだからー」
不満顔でぶうたれる凛。
「リアリストで結構。風邪を引かれて困るのはこちらなのでね。
打てる手は打たせてもらうぞ」
「そんなにからだ、よわくないもん! いーだ」
不満顔で窓に張り付く凛。アーチャーと桜は顔を見合わせると苦笑する。
「⋯⋯あれ?」
なにか見つけたのか。凛は未遠川の岸を見つめて首をひねる。
「どうした?」
「⋯⋯んー⋯⋯なんかあのふね、へんじゃない?」
「⋯⋯む?」
アーチャーもその船を見る。
岸には二つの船が停泊していた。一方は大型の客船。
もう一方はなんというか────大きいが”ぼろい”客船だった。
「⋯⋯ふむ。たしかに⋯⋯妙だな」
「⋯⋯うん。うまく⋯⋯せつめいはできないんだけど⋯⋯」
「ふえ? どーしたんですか?」
桜も身を乗り出して船を見る。
ひとつの船着場に二つの船が窮屈そうに停泊している。
冬木の本港は海に出て新都側の岸に存在する。
この場所に二つの客船が狭苦しく停泊するのは⋯⋯なんというか、妙だった。
「⋯⋯まあ我々が気にしても仕方があるまい。
そういうものなのだろう」
「⋯⋯そだね。
あーデパートたのしみね!」
「えへへ、そーですね!」
二人は休日のすごし方に思いを馳せ始める。
バスは冬木大橋を抜け、新都の市街地に入る。
流れる景色は新都の生まれ変わろうとする町並みを写し始めた。
アーチャーは最後にちらりと、今にも沈みそうなぼろい船を見る。
────沈むために、ここにやってきた。
老いた船を見て、アーチャーはそんな感想を抱いた。
家政夫と一緒編第二部その2。
老いた船。
老いた町並みを捨て去ろうとする冬木の街に現れた古い船。
それは新しいものに変わっていこうとする冬木の街にとって違和感として彼らの目に映る。
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