育児戦争/家政夫と一緒。~2の39~
理想
────霊長の抑止力(アラヤ)により英雄となったものは、死後“抑止の守護者”に組み込まれる。
誰かを救いたい。
その果てにたどり着いた場所だった。
────けれど。
『────────』
熱波と混沌が渦巻く、暗黒の空の下。
振るう白刃が一刀の下に兵の頚椎を両断する。
放たれる魔術を予測し、赤い何かが戦地を疾駆する。
ある者は心臓を、ある者は頚椎を、ある者は眼窩を突かれ地に伏す。
その動きの全てには無駄が無い。
最速にして最大。戦場において、死地において最も重要なのは、どれだけ早く敵の急所に手を伸ばし、物言わぬ屍に変える事が出来るか、その一点。
効率よく人体を破壊し、効率よく命を奪う。
その技は────彼が誰かを守るために得てきた技術の全て。
そうさせないために学んだ、技の全て、だった。
『────────っ⋯⋯!』
そうして、街に入る。
この街は生贄の釜だった。シリアの山奥、未だ多くの神秘を隠し続ける深い深い樹海の奥で、とある魔術師が、“ソレ”に触れた。
領民の命を貪って。
抑止は霊長の存続の為に、滅びの因子を感知し、手を下す。
そうして顕現するのが抑止の守護者(カウンターガーディアン)。
彼らは人を滅ぼすであろう危険な因子を消し去る。火種という火種を、燃料という燃料を、全て消し去り無かった事にする。
故に────街を消去した。
『────めろっ⋯⋯!』
日々の幸せを望んでいただけの無辜の人々。
学んで遊んで、歩いていく未来を望んでいた幼い命。
歩み続けて誰かを守ってきた、老いた命。
その全てを、蟻を踏み潰すように綺麗に消しさっていく。
『やめろっ⋯⋯!』
最後の命(リソース)を消した後、魔術的な痕跡を残らず破壊する。
そうして領主の館へと進んでいく。
次々に襲い掛かってくる防衛機構と人間達。だが、そんなもので守護者をとめられるはずが無い。
抑止の守護者は破滅の規模を必ず上回るように顕現する。そうした者が選ばれる。
故に全て殺せて当然、途中で殺される事などありえない。
虫けらのように、命を踏み潰していく。
『やめろ⋯⋯⋯⋯おおっ!!!』
最後に魔術師の命を奪い、”孔”を破壊した。
仕事の終了と同時に映像が途切れ、次の映像が写しだされる。
『────────あ。
ぐぅっ⋯⋯ぐううぅ⋯⋯ぅぅ!』
今度は過去だろうか。
高度な文明、煌びやかな建造物の群れ、いかめしい武者姿の若者たち。
相手が変わろうが何も変わらない。今度は重武装の敵に対する戦法に切り替え殺す。
どんどん、殺す。
今度の相手は神霊の召還から“ソレ”に触れたらしい。
文化、風俗を見るにペルシアあたりだろうか。
戦いの手が炎を呼び、神霊を召喚しうる強力な文明と魔術が、守護者の男を倒すために街を焼く。しかし、そんなもので彼を止められない。
今度もまた、罪も無い人達が虐げられていた、涙を流していた、助けを求めていた。
兵士を倒した赤い誰かを救いの手と見たのだろうか。
若い母親が感謝の言葉を述べようと手を伸ばす。
ゾンッ。
『────────────』
街の中に入っていく、やる事は同じだ。
『────よせ。
やめろ、やめろ、ヤメロやメろ、ヤメロオおオォォォ───────!』
後は同じようなものだった。
ソレが終わると次の映像へ。
ソレが終わると次の映像へ。
ソレが終わると次の映像へ。
何度も何度も見せられた。数え切れぬほどに救いを求める人を殺してきた。
いつでも、どんな時代でも、どんな場所であっても。
涙を流すのは優しい人々であり、一生懸命生きている人々であり、助けを求める人々だった。
そんな人々を救いたくて、男は英雄などというものになったのではなかったか?
そんな事を、千も繰り返しただろうか。
数百辺りからやっている事の意味がわからなくなっていたが、気付いたのはその辺り。
サイコロを振り続ければその結果は平均に近づいていく、その理屈と同じ。
それが、自らの全てだろう。
────オレにヒトはスクエナイ。
次には終わる、次には終わると、ソレだけを希望にして、狂わないように必死で耐え続けてきた。
いつか、のばされた手を取ってあげられるのだと、信じて耐えてきた。
けれど繰り返される闘争は止む事が無く、幸せを願う人たちほど足蹴にされる。
挙句の果てには破滅に巻き込まれ────死に絶える。
ソレを行う自分はなんなのか? そんなものに成り果てた理想はなんなのか?
滅びを呼び寄せる愚かな人間、愚かな理想。
ソレを滅ぼす愚かな自分、愚かな理想。
憎い、憎かった。
その全てを憎悪した。
だから殺そうと、殺して消えようと────願った。
────それからは、淡々と待ち続けた。
己の知る発端への回帰、聖杯戦争を。
そして。
目の前にはあどけない少年一人。
伸ばした手は首にかかる寸前、細い首は少し力を入れただけで簡単に折ってしまえるだろう。
────殺せる。
それは久遠の中、心に秘めた願い。
茶番劇じみた、己が存在を終わらせる為の一手。
もう、身を焼くような悲しみからも、憎悪からも、開放される。
開放されるのだ。
その為にアーチャーは聖杯戦争に赴いた。
けれど────。
『何故⋯⋯だ』
アーチャーの左手は、少年の首にかからない。
その手に────殺意が篭らない。
『馬鹿な。
何故だ、何故私は殺せない。簡単だろう、簡単なことだろう。
首の骨を折る、それだけだ。猫を捕まえるよりも簡単。
それだけのことが────何故出来ない』
────ズキリ。
浮かぶのは、子供たちの姿。
手を繋いで、嬉しそうにはにかむ二人の笑顔。
あどけない夢を語った、少年の笑顔。
『だからおれにできること、だれかをえがおにできること、やろうって。
────きめたんだ』
少年は衛宮士郎とは違うのに、そんなことを言った。
そんな青臭い、理想を語った。
それが、その想いが。
衛宮士郎ではない少年から語られる、そんな夢が。
この胸を強く揺さぶるから────。
だから、殺せないのか?
『────私、は』
なんでもない少年の、なんでもないただの一言。誰もが抱く────綺麗なユメ。
そんな事に揺さぶられる程度の目的、その程度のモノの為に、私は生きてきたのか?
誰かを、自分を殺す事の為に。
その理想を壊すために────私は、生きてきたのか?
家政夫と一緒編第二部その39。
誰も救えなくて、救いを伸ばした手すら切り裂いて。
そんなものに成り果てたから、憎悪した。そんなふうにした、理想を憎悪した。
奪った命、失われた命に申し訳ないと、ただ消えることだけを祈った。
────あれほど望み続けた自身の滅び。
だというのに、この手は少年を殺せない。
抱いた理想を、殺せない。
それは何故か、何故なのか。
────何のために生き、走り続けてきたのか。
その答えが今、アーチャーの前にある。
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