育児戦争/家政夫と一緒。~4の43~
奇跡の雪:前編
「あーちゃ~!」
「あーちゃーさぁぁん~!」
泥が生む瘴気の為に荒れ果てた丘の上を、幼子達は一生懸命走ってくる。
ずっと走り続けてきたのだろう。疲労に疲れた凛の足取りは危なっかしくてしょうがない。
「────────っ」
だが、アーチャーはあの時のように彼女達の傍へ跳んでいけない。
そんな事をすれば、彼女達は呪力流によって押しつぶされてしまうだろう。
「あーちゃー⋯⋯あっ!!」
石か何かに躓いたのか、勢いよく転ぶ凛。
丘に投げ出された桜はそれにもめげず、姉を助け起こそうと一生懸命になる。
凛はそれを制して立ち上がると桜の手を取って駆け出す。
膝小僧からは血が流れていてとても痛そうだ。
けれど二人の傍にいけない。動けば終わってしまう。
「やだよ~!」
「いっちゃやです~!」
二人は瘴気の為に咳き込みながら、一生懸命走ってくる。
その様子に奥歯を砕きながら歯噛みするアーチャー。
駄目だ、二人をこれ以上来させるわけにはいかない。
「来るな!」
「────!」「────!」
「これ以上踏み込めば、呪いに感染する!」
だが⋯⋯そうして声を張り上げた瞬間、ぎょろりと動く竜の瞳。
大きく見開かれていた二つの眼は敵意に眇められ、凛と桜、二人の姿を捉える。
「────────!」
二人がアーチャーのマスターであると気付かれたのか。
竜は呪力流の放出を止めると、巨大な顎を上方に持ち上げ子供達に狙いを付ける。
「貴様────────!」
残る力を総動員し、二人のいる場所を目指して地を蹴る。
空中で聖骸布を実体化させると竜に魅入られた二人の体に被せ、小さな体を守るように強く抱きしめる。
「頼む、“全て遠き理想郷”(アヴァロン)────────!」
ゴガアアアアアアアアアアアッ────────!
竜の顎から放たれる呪力流。
アーチャーの周囲に張り巡らされた黄金の輝きが、抱きしめた子供達もろともアーチャーの身を守り、呪力流を防御する。
だが、先程のように攻撃の出掛かりで分解できない呪力は、アヴァロンに触れた時点で流れへと変わり、人里のほうへゆっくりと流れていく。
「────────!」
呪力流が到達すれば深山町は地獄と化すだろう。
もう猶予は────無い。
腕の中に抱いた凛と桜の顔を見つめる。
アヴァロンに守られてるとはいえとても怖いのだろう、肩を震わせて抱き合う二人。
だが迫る脅威を目前に捉えながらも、その瞳はアーチャーを見つめたまま動かない。
それが嬉しくて、申し訳なくて、二人の赤いほっぺたを優しく撫でる。
────ごめんな。そして⋯⋯
「凛、桜」
「あ⋯⋯⋯⋯」
「え⋯⋯⋯⋯」
「ありがとう」
二人を地に下ろすと、踵を返し竜を睨みつける。
向かうは呪力流を放ち続ける黒い竜。その力、全て叩き返してやる。
魂へと手を伸ばし、最後の力を開放しようと意識の深奥へと潜る。
だが────
「や⋯⋯やだぁぁぁぁぁぁぁ~!」
「しんじゃやです~!」
空になりかけた器に突如として流れ込む膨大な魔力。
迸る魔力は二人に繋がるラインから送られるもの。
これは────マスターからの強制供給か?
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
「わああああああぁぁん! や、やくそくしたんだもん!
いっしょにいるって、やくそくしたんだもん~!」
「びええぇぇぇぇん! いっしょがいいんです~!」
「た⋯⋯たわけっ、やめるんだ!
そんな無茶な魔力供給をすれば君達は⋯⋯!」
「ば、ばかー!
わたしたち、あーちゃーのなんなのっっ!」
「わたしたちは⋯⋯あーちゃーさんのますたーなんですっ!
ずっといっしょの⋯⋯だいじなひとなんです~!」
「────────っ」
泣き叫ぶ二人の言葉はアーチャーの胸に突き刺さる。
私のマスター。
⋯⋯大事な、人。
「くるしかったらそうだんしてよ~!
たりないものがあったらいってよぉ!
まもられてるだけじゃやだよぅ! わたしだって、あーちゃーのちからになりたいの!」
「ずっといっしょにいたいんですっ!
いっぱい、おひさまえがお、くれたからっ⋯⋯あーちゃーさんのこと、だいすきだからっ!
わたしも、あーちゃーさんのこと、しあわせにしたいんですっ!」
「────────」
それは、アーチャー以外には意味の無い言葉。
アーチャーの為だけに宛てられた、世界に一つしかない言葉。
「ぐすっ⋯⋯だから、いっしょにいてよぉ!
そ、それとも⋯⋯あーちゃーは、さーばんとだから⋯⋯わたしたちのそばに⋯⋯いるの?」
「⋯⋯⋯⋯!」
「わたしは⋯⋯わたしはちがうよぅ!
わたしはあーちゃーのことすきだもん!
だいすきだからそばにいてほしいんだもん!
あ、あーちゃーはちがうの⋯⋯? ぎむだから、さーばんとだから⋯⋯そ、そばにいるの⋯⋯?」
彼女達の傍にいるのは義務なのか。
サーヴァントだから、ここにいるのか。
いずれ消え去るから、それまでの間守れればいいと。
そんな冷淡な気持ちで⋯⋯二人を守りたいと。
お前は考えていたのか。
「────────違う」
それは、違う。
二人と過ごした忙しくも優しい日々。
笑顔の日もあれば、泣き顔を見る日もあった。
日々の全てが楽しかった事ばかりじゃない。
大変な事も、怒りたくなる様な事もあった。
けれど。
そうして過ごした日々がとても幸福で、何にも変えがたい尊いものだったと。
おまえは知っているだろう────?
「私は⋯⋯」
そう、だからこそ二人を守りたいと思った。
この子達を未来へ送り届けたいと思った。
その為になれるのなら、どんな努力とて厭う気持ちは無かった。
ああ、それは。
義務や肩書きから生まれる思いでは無いだろう。
「君達と⋯⋯君達と生きる毎日が」
死を選ばねばならない時、胸に走る強い痛み。
君たちと別れねばならない時に感じるこの悲しみは。
────君達と共に生きていきたいと。
そう感じるからこそ、生まれる痛みなんだ。
「⋯⋯好きなんだ」
家政夫と一緒編第四部その43。
それは、小さなものだ。
誰にでも手に入る、誰の中にもある、ちっぽけなものだ。
けれど────だからこそ。
その願いは神様にも叶えられない。
この世界で最も弱い者達だけが持つ、最も大きな力。
どんな氷も溶かす、元気の魔法。
一人ぼっちの赤い騎士は、願いの果てに辿り着いた世界で。
その力を、取り戻したのだ────。
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