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育児戦争/家政夫と一緒。~3の30~

狙い


 ギインッ、ガインッ!!


 飛び散る火花、響く剣戟。
 高速移動中でもアサシンは電光石火の投擲攻撃を交え、隙あらばアーチャーを討ち果たそうと狙ってくる。
 だがアーチャーも手にした赤い刀剣で攻撃を落とし続ける。

「────ギ」

 アサシンも当てる気があるのかわからない投擲を多用してくるようになった。
 どうやらこちらの武器の性質を読まれてしまったらしい。


 赤い刀剣────“赤原猟犬(フルンディング)”。
 竜退治の英雄ベーオウルフが扱う剣で、手にした者の期待を裏切ることが無いと言われた名剣である。
 その刀身から放たれた一撃は決して目標を外す事が無いという。

 そう、目標を外すことが無い。
 手に持って振るわれれば敵の一撃を確実に弾く。
 赤原猟犬はそういった結果を高い確率で招き寄せる魔剣であり、誘導弾じみた効果を持つ宝具なのである。
 ゆえに攻撃の軌道を見切れてさえいれば確実に落とせる。


『さて、仕上げといくか』

 投げつけられたダガーを拾っていたアーチャーは、漆黒の刀身に念を集中する。

────全工程投影完了(セット)
 見せすぎたなアサシン。後悔せよ』


 ブアッ。


「────!?」

 恐ろしい気配を感じたアサシンは後方の様子を伺う為振り返る。
 そこに見たものは────まるで鏡。


 ────ギュギュンッ!!


 音速を超え迫る四本のダガー。
 その悉くがアサシンの予想回避進路に投げ込まれてくる。

「────ギ!」

 慌ててダガーを投げ打つアサシン。
 放たれたいくつかは迫る短剣に命中し、その軌道を曲げる。
 剣を振るっても打ち落とすことが困難な短剣投射を投擲により落とす、化け物じみたアサシンの投擲技術。
 だがそれ故に────彼は痛感する。
 今の一撃は慣れ親しんだ“自らの技術”であるからこそ予測出来たのだと。

 アサシンを追うアーチャーの手には両合わせて八本のダガー。
 その構えはまさしくアサシンそのもの。
 装填された漆黒の魔弾がアサシンに向けて放たれる。

「────ギ!」

 どのように放たれるかそのタイミングまで理解していたアサシン。
 ダガーが投擲される瞬間に電線を蹴り予想攻撃圏から体を逃がすと、回避と同時に放ったダガーで自らに迫る短剣を無力化する。

「────ク」

 だが、甘い。
 空中に体を逃がしてしまえばそこからの移動は不可能。あとは慣性に任せて落ちてゆくしかない。
 アーチャーの手に再び投影されたダガー。アサシンに向けて四対の魔弾が投げ放たれる。


 ギュンッ! ダカカッ!


 が、その投擲は頑丈な布に覆われた巨大な右腕に阻まれる。
 さすがはこの技術の持ち主、今の一投すら予想済みで空中に逃れたらしい。

 ダガーを防御したアサシンは空中で半回転、対面の屋根に着地する。
 包帯に突き刺さったダガーを忌々しげに引き抜くとそれを油断なく構えるが、彼の様子から先ほどまでの余裕は感じられない。
 しばし睨み合うアーチャーとアサシン。
 互いの位置取りは今やその精神的優位と直結していた。

 手札を奪われてしまったという事実は戦士にとって自らの精神的支柱を揺るがしかねないもの。
 その上、投擲攻撃は彼の必殺(ストレート)に繋げるための牽制(ジャブ)とも言うべきものだった。
 今のアサシンは羽をもがれた鳥も同然、そのダメージは計り知れない。


「出し惜しみなら止めておけ」

 そう言い放つアーチャーを表情の無い仮面が凝視する。
 アサシンにとって戦況は絶望的。
 誰がどう見ても決した戦いだ、勝負は近いうちに決まる。

 それ故に、もしもアサシンが勝つための仕掛けを用意しているのならば使うべきは後が無いこの場面だろう。
 完全に追い詰めていながらも油断無く敵の様子を伺うアーチャー。
 だが、表情の無い仮面からは何も読めず、次の動きは読み取れない。

『だんまりか、まあいいだろう。
 奥の手を見ずに終わるのは名残惜しいが……決めさせてもらう』

 放たれる右手の魔弾。
 音速の一投がアサシンの体めがけて飛んでゆく。
 致命的部位を狙わない故にかわしにくい一投、これは次に繋げるためのフェイク。

「────ギ」

 その一撃の意図を見抜いていたのか自ら攻撃圏へと飛び込むアサシン。ダガーが肉に食い込む鈍い音が響く。
 無論のこと、何をさせるつもりも無い。
 構えた左手から投げ放たれる必殺の投擲“赤原猟犬”(フルンディング)。

 刀剣の分類としてはショートソードに入る赤原猟犬。
 弓に番えて使うことも出来るそのサイズは、無論投擲武器として使用することも可能であり、しかもアサシンの投擲技法を模倣したアーチャーは、この一撃に音速の速さと威力を与えることが可能だ。

 敵を外さぬ鋭い棘。魔力を受けて追跡弾と化した赤原猟犬はアサシンの体を穿つべく、赤い残滓を残して飛翔する────!


 ボッ!!!


「キ────」

 ────だが。
 赤原猟犬は命中したものの、ダメージが浅くその動きを止めるには至らなかった。
 電柱の上にいるアーチャーの真下をくぐるように運動され、背水の陣を以って攻めに来るとしていた狙いを掻い潜られた為である。

 そのままアーチャーを下を潜り抜けたアサシンはダガーの有効範囲ですらない遠間の樹木上へと退避する。


「────?」

 振り返り、アサシンを視界に入れるアーチャー。

 ────妙だ。
 自身の攻撃を無力化され、圧倒的な不利の中”奥の手”を出すことも無く距離だけをとるアサシン。
 その行動はまるで奥の手など無かったかのように見える。
 そも手札が尽きたならば逃げればいいし、状況がまずいならば仕切り直しをすることも彼には可能であるはず。
 それなのに逃げることも攻めることも無く、こちらを伺うアサシン。

『⋯⋯どういうことだ。これでは、まるで』



 ────これではまるで。
 勝つ気も無く、アーチャーと戦うことのみを目的に出てきた様に、思える。



『陽動か?』

 凛と桜を狙うための陽動だというのならばある程度は納得できるが、遠坂邸は超一流の魔術師である時臣に守られている。
 しかもそこは彼のテリトリーである。
 魔術師の陣地に乗り込んでいくことがどれ程割に合わない事なのか、魔術を知る者ならばよく理解しているはずだ。
 少なくとも彼のマスターであるホムンクルスの技量では遠坂邸を落とすことは出来まい。
 むしろサーヴァントであるアサシン自体が乗り込まなければ意味が無い。

『⋯⋯待て。
 サーヴァントが乗り込まなければ、意味が無い?』

 アサシンの主従が練る作戦に不確定要素はありえない。
 そう推論したのはアーチャー自身。
 確実ではないことをやらないのならば、アサシンのこの攻撃自体が”ありえない”事になる。
 だとするならば。もし、陽動が正解だとするならば。

「────────!!」

 周りを見渡す、戦っているうちに移動したのだろう、
 現在地は海に近い柳洞寺側の山沿いだ。遠坂邸とは完全に逆方向────もう間違いが無い。

「クソッ、そんなことが⋯⋯!!」

 アーチャーの体は弾丸と化し、一路遠坂邸へと向かう。


「────キ」

 ────だが。
 高速で走るアーチャーの横に浮かぶのは奇怪な白い面。
 こちらの速度など歯牙にもかけない、とてつもない速さでアーチャーの進路を塞ぎにかかる。
 本性を現したか⋯⋯!

「どけええええええ!」

 投影したダガーを投げつけるアーチャー。だがその一撃は先ほどと同じく最小限の動きで放たれたダガーによって打ち落とされる。

 ────アサシンには最初からアーチャーを倒すつもりなどなかった。
 その目的は完全な陽動。牽きつけ、かき回し、時間を稼ぐことこそが彼に課せられた任務だったのだ。

「────キキ」

 アーチャーを追い抜かし、正面に陣取るアサシン。
 その動きに已む無く停止する。
 これ以上進めば妄想心音の領域内に踏み込んでしまう。
 こうなると彼の手数や攻撃法はアーチャーの足を止めるために最高の条件を持つ、持ってしまう。

「⋯⋯⋯⋯ぐ」

 歯を食いしばるアーチャー。
 なんとしても突破しなくてはならない。
 凛と桜を、助けに戻らなければ────!




◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 美しい月を頭上に、山々に溶け込むように立つ赤い洋館。
 坂の上の魔法使いと呼ばれた遠坂一族が住む要塞である。

 この屋敷は遠坂が聖杯戦争に参加するようになってからただの一度として敵に踏み込まれたことが無いという。
 本拠地が知られていても手を出されなかった歴史自体がこの屋敷がもつ防御力の高さ、その主が持つ戦闘力の高さを物語っていた。

「言われるだけのことはある。
 だが────」


 ジャリッ。


 洋館の前で佇むコート姿の魔術師。
 吸っていたタバコを投げ捨て踵で踏みにじると、その一歩を踏み出す。

 月の美しい秋の夜。
 聖杯戦争をめぐる最後の死闘はその幕を開けた────。




 家政夫と一緒編第三部その30。
 狙い。
 その想いがどうであれ、魔術師と老人、両者の利害は一致した、それだけのこと。

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