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育児戦争/家政夫と一緒。~4の39~

Last interlude2:もどってくるから




◇  ◇  ◇  ◇



「────────」

 眠っていたベッドの上で、凛は唐突に目を覚ました。
 そのきっかけが何だったのかはわからないが、とにかく起きなければいけない。
 そんな焦燥が胸を強く揺さぶり、早く動けと急き立てる。
 体の調子は絶好調。これならどこにでも飛んでいけそう。

「う⋯⋯? ねーさん?」

 隣で寝ていた桜も勢いよく起きた姉の気配に目を覚ましたのか眠い目をこすって起き出してくる。

「あ、あーちゃーさんがかえってきたんですか?」
「⋯⋯ん、わかんない。だけど、だけど⋯⋯」

 この気持ちは何だろう。
 どこかへと強く急かすような落ち着かない気持ち。
 まるで、ずっとずっと走り続けているような忙しない想い。

「あーちゃー」
「⋯⋯え?」
「あーちゃーが⋯⋯あぶないんだ」



 そして、焦燥の正体に気づく。
 この胸の想いはアーチャーが感じている想いなのだと。
 行かなければ────止めなければ。



「さくら、あなたはまっていなさい」
「え、え⋯⋯ねーさん?」
「わたしは⋯⋯いかなきゃ」

 そう言う凛の顔を見た桜の表情が急速に曇りだし、やがて雨模様へと変化する。

「だ、だめですよう⋯⋯!
 ねーさん、そんなかおだめです!」
「⋯⋯え」

 桜の言葉に一瞬呆けた凛は、その隙を付かれ桜に抱きつかれてしまう。

「わ⋯⋯さ、さくら!
 だ、だめだってば! はやくいかなきゃだめなの!」
「そ、それじゃわたしもつれてってください!
 じゃなきゃいかせません!」
「ば、ばかっ! ぜったいあぶないんだから!」
「だったらなおさらです! ねーさん、あーちゃーさんとやくそくしたじゃないですか!
 おうちかえったらちょこぱふぇたべさせてもらうんだって!
 だから⋯⋯そんなかおでいっちゃだめ!
 わたしのこともつれてってくれなきゃだめです!」
「な⋯⋯⋯⋯わ、わたしがどんなかおしてるっていうのよっ!?」
「しんじゃうひとのかおですっ!」
「────!!!」

 驚いて自分の頬に手を当てる。
 死んじゃう? 私が⋯⋯?
 そう強く意識した途端、凛の心を支配していた強迫観念は嘘のように霧散する。

「あ⋯⋯わたし⋯⋯」
「うう⋯⋯うえぇぇぇぇん!
 ねーさんしっかりしてくださいよう!
 やですやです! しんじゃうなんてやですっ!」
「⋯⋯っ。
 どうかしてたわ⋯⋯。ありがとね、さくら」

 泣き縋る桜の頭を優しく撫で、大きく深呼吸一つ。
 それでいつもの自分に戻る。
 凛を突き動かしていた強迫観念は去ったが、嫌な予感は収まらない。
 アーチャーと離れていた際によく感じていた感覚────これは恐らく、アーチャーの身に危険が迫っているのだ。

「⋯⋯とってもきけんよ。それでもついてくるの?」
「はいっ!
 わたしも⋯⋯わたしもあーちゃーさんのますたーなんですから!」
「⋯⋯わかった。うん、ここまでいっしょだったんだもんね。
 いこう、さくら。わたしたちは、しぬつもりなんてないんだから!」
「あ⋯⋯は、はいっ!」

 桜の手をとって一緒にベッドを抜け出す。
 靴を履いて部屋を出ると、洋館の二階ホールに出る。



 見渡す視界に広がる窓には白い空が映り、空からは白い綿雪がひらひらと落ちてきている。
 凍えるような寒い空の向こうに横たわる冬木の山々。
 遠い山の陰には雪の白すら欠き消すように蠢く────禍々しく大きな影。



「────────!」
「わ⋯⋯。
 ねーさん、あれ⋯⋯」

 冬木大橋で見たものに少し似ているが、大きさが段違いだ。
 ここからでは詳細なディティールは判らないが、一つ言える事は、その影がだんだん大きくなってきていること。街へと近づいている事だ。
 もう一刻の猶予も無い。



 ────アーチャーは、あそこにいる。



「⋯⋯いくわよ、さくら」
「うう⋯⋯はいっ!」

 胸の焦燥はより大きくなって凛を突き動かす。
 いまならはっきりと判る。
 アーチャーは“アレ”を止めるために全力を振るう。
 その為には⋯⋯死ぬ事も厭わない気持ちでいる。
 だから行かなくては。そうしなければ、きっと大切なものを失うことになる。



 ────ギイッ⋯⋯。



 その時、二人の背後で扉の開く音が響く。
 そこにはドアノブを握り立つ切嗣の姿があった。

「君達は⋯⋯。
 ⋯⋯⋯⋯!
 なんだ、アレは⋯⋯!?」
「きりつぐさん、わたしたち、ちょっといってくる!」
「なんだと⋯⋯?」

 凛の言葉に切嗣は目を見開く。

「まさか、アレのいる場所に行こうというのか?
 やめるんだ、まともに戦ってどうにか出来るモノじゃない!」
「う⋯⋯やっぱりそうかー」
「あうう⋯⋯」
「く⋯⋯君達はアイリスを頼む。
 僕は⋯⋯くそ、どうする⋯⋯!?」
「⋯⋯ごめんね、きりつぐさん。
 だいじょうぶ、ぜったいここにはこさせないんだから!」
「⋯⋯⋯⋯? 何を⋯⋯」

 凛の言葉が理解できなかったのか、切嗣は一瞬呆けたような顔になるが、起き出しの頭がようやく回り始めたのか、走り出した凛達に手を伸ばす。

「⋯⋯っ、駄目だ!
 戻って来い!」
「だいじょーぶだもん!
 あーちゃーは、かてないたたかいなんてしないのっ!」
「いっしょにおうちにかえるって⋯⋯きめたんです!」
「だから、あんしんしてまってて!」


「わたしたちは⋯⋯ぜったいもどってくるから!」

「────────」


 ドアを開けて外へと駆け出していく幼子達。
 彼女達を追おうと足を踏み出した切嗣は、全身に走る激痛に足をもつれさせ転ぶ。
 鞘を失った今、切嗣の体はまともな運動が出来る状態にはない。

「く⋯⋯⋯⋯!」

 振り仰ぐ遠い山陰には蠢く巨大な影。
 迫る脅威を見つめ、切嗣は歯軋りする。
 何をすることも出来ない以上、もう祈るしかない。
 セイバー、そしてアーチャー。


 あの子達を、アイリスを────冬木に暮らす人達を。
 守ってくれ、と。




 ────Interlude out




 家政夫と一緒編第四部その39。Last interlude2.
 大切なものを見つけたのなら、決して手を離すな。
 そう願い続ける限り────叶わない未来など無い。

 三人で過ごした奇跡のような日常。そこで得た優しい答え。
 幼子達は大事な人ともう一度手を繋ぐため、終の戦場へと走り出す。

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