育児戦争/家政夫と一緒。~3の41~
戦争
────時は遡る。
「────!」
張り巡らせた探知用の宝石鳥から遠方より侵入者確認の報告を受けた遠坂時臣。
「アーチャーの居ないこのタイミング────敵か」
敵の接近を確認すると、用意してあった太源循環の儀式を始動させる。
空間に対し目に見えない糸が走っていく感覚。敵を食らう結界がその鎌首を起こしたのだ。
時臣は魔法陣の前から離れると、ハンガーにかけてあった暗い赤色のコートを手に取る。
防刃繊維で編まれ強力な魔術礼装を内側に縫いこんだ特注品。
これ一着で城すら買える、文字通り遠坂時臣を鎧う“要塞”である。
コートを羽織ると宝石魔弾の確認をし、立てかけておいた長いスポーツバックを肩に背負う。
この戦いに備えるため用意した特殊礼装。本来の役割以外の場所で役に立つ皮肉に眉根を寄せる時臣だったが、今は自嘲にかまけている場合ではない。
まずは二人に避難を促さねば。
「凛、桜」
足早に移動し二階の子供部屋の前へ。
ノック一つ、ドアを開けるとそこには窓を開けて空を見ている凛と桜がいた。
「あ⋯⋯っ、とうさん」
「お、おとうさん⋯⋯」
不安そうな顔の二人を安心させる為、ぎこちない笑顔を浮かべる時臣。
膝を突き、二人に目線を合わせるとその頬を撫でる。
「大丈夫、おまえたちは⋯⋯に隠れていなさい。
敵を倒したら迎えに行く」
「はい」
「おとうさん⋯⋯」
それでもなお不安そうな桜。
このような修羅場、魔術師でもなくいまだ幼いこの子には耐えられるものではない。
時臣は出来うる限りの優しい声で桜に語りかける。
「安心しなさい。必ず戻ってくる」
「は、はい⋯⋯」
それでも不安そうな桜の頭に手を載せると、安心させるようにぽんぽんと叩き、立ち上がる。
愛しい我が子を脅かす下種な輩。
その命、我が胃袋で消化しつくしてくれよう────。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
霧の出る山上の道に高級車が一台。メルセデス・ベンツェ300SLクーペ。
“あの事件”を共に生き延びた切嗣の愛車である。
防弾、対魔術防御と、戦闘用車両としても優れた能力を誇るこの車には並々ならぬ愛着があったが、彼とも今夜でお別れだ。
切嗣は“仕掛け”を終えるとガルウィングを開き、車へと乗り込む。
アクセルをふかし猛発進。一条の弾丸と化したベンツェは未舗装路を削り遠坂邸の正門へと迫る。
キュキュンキュンキュインッ────グワシャッ!!
放たれる5.56mm弾。砕かれた門扉をベンツェが貫く。
侵入成功、だが遠坂邸本邸まではおよそ20数メートルあり、攻撃のイニシアティブを取れるかどうかはここからにかかっている。
ガルウイングを開け放つと、左手で保持したアサルトライフルで牽制射撃を行い、相手の出鼻を挫こうとする。
だが相手も戦闘経験豊富な魔術師。叩き込まれる銃火の中、割れた二階の窓から姿を現した遠坂時臣はベンツェに向かって魔弾を投擲してくる。
「────pondus alleviation(重力 減少)」
もちろんそれも想定済みである。
重力制御を使い座席を蹴ると、車を放棄し後方へと逃れる。
主を失っても走る車は止まらない、一直線に遠坂邸へと迫るベンツェ。そこに、魔弾が着弾する。
────オッ。
瞬間、赤熱化するベンツェのフロントボディ。
魔術干渉により過振動を受けた物体の分子は瞬間的に3000℃の高熱を発する。
結果“溶解”として発現した魔術はベンツェの車体前半分を一瞬の内に蒸発させ、鉧化させた。
無念の唸りを上げ蹴躓く様に転倒する巨体。遠坂邸までは残り5メートル、届かなかったか。
「────おやすみ、相棒」
門扉まで跳び下がった切嗣は、着地と同時に“起爆”のスイッチを押す。
────カッ。
ズゴオオオオオオオオオオオンッ!!!
遠隔操作により信管に流し込まれた電流は雷管を叩き起爆する。
大爆発を起こすトランクいっぱいのPE4プラスチック爆弾、車を巻き込み巨大な熱波をあたりに撒き散らす。
舞い散る硝子、揺らぐ屋敷。ベランダは崩壊し周辺の木々はなぎ倒される。
近距離から熱衝撃波を受けた遠坂邸は窓ガラスをすべて吹き飛ばし、その身体に火をつけた。
「まだまだ」
シュポッ────!
正門から弧を描くように放たれたグレネード弾頭。
割れた窓から飛び込んだ焼夷弾はテルミット反応を引き起こし屋敷に激しい火を放つ。
素早く次弾を装填し、次々と放たれる焼夷弾。狙いは全て二階、まずは敵の行動エリアを断つ。
事前に知らされていた遠坂邸の見取りから、狙える箇所である二階寝室、子供部屋、朝食の間は潰した。木造建築の為か焼夷弾の効きも悪くない、攻め頃である。
「────pondus alleviation(外圧 抑制)、elementum tempero(因子 制御)」
固有時制御によって霧の中を高速で進む。
実時間ではおよそ0.3秒、遠坂邸の玄関前へたどり着いた切嗣。
ここからが本番である。
ライフルのマガジンを交換し、玄関口までの階段を素早く登るとポーチからPE4を取り出し扉へと設置。爆破、破壊する。
そこで切嗣ふと気付き、耳栓を外して周囲を窺う。
これだけの爆発と騒ぎに対して周辺の住宅地は静かなものだ。
『なるほど、消音結界か。
だが、管理者(セカンドオーナー)ぶりが裏目に出たな。
助けは来ないぞ、遠坂時臣────』
口元に酷薄な笑み一つ、粉々に砕けた木片を踏んで魔術師殺しは邸内へと侵入した。
家政夫と一緒編第三部その41。
戦争。
文明に迎合しない魔術師達を、“魔術師殺し”は嘲笑うが如く文明の力で叩き潰す。
魔術師の矜持? そんなもので何が守れる。
使えるものを全て使い、ただ目前の敵を殺す。
それが彼の存在意義だ。
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