育児戦争/家政夫と一緒。~4の20~
Interlude9-3:みんなを守るために
「⋯⋯何を、言っている。
僕は敵だ、何故アーチャーを呼ばない?」
頬に鈍い痛みを感じながら切嗣は言葉を紡ぐ。
目の前の少女はその瞳を怒りに染めながらも、切嗣を逃すまいと────離すまいと。
しっかりと睨みつけて怒鳴り声を上げる。
「あーちゃーはがんばってるの!
わたしのあーちゃーは、まちがっているってきづいたらまちがいをただせる、かっこいいひとなの!
だからわたしはじゃましない! じぶんのみはじぶんでまもれるし、あなたなんかにはまけないんだからっ!」
「────────」
「それに、せいはいがああなって、それでもあなたはころしあいをつづけるのっ?
だったら、わたしはあなたをけいべつするわっ!
めをひらいてまえをみなさい! あなたのまえにはなにがあるの!
あなたのまわりには⋯⋯なにがあるのっ!!」
「────────っ」
呆然と顔を上げる。
そこには無力な幼子達と────禍々しく変質した聖杯があった。
「⋯⋯それ、は」
「⋯⋯⋯⋯っ!
⋯⋯ばかばかばかばかっ! おおばかっ! だめにんげん!
あなたちょっとまえのわたしそっくり!
なんでめのまえにあるこたえにおくびょうなの!!」
「────っ」
「なんだってやってみなくちゃはじまらない!
てをのばさなきゃ、なんにもつかめないっ!
そのさきで、うれしくなれるか、きずつくかなんて、やってみなくちゃわからないのっ!
でも────うつむいて、ためいきばっかりついて、てをのばすことすらできないんじゃ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「しあわせもこたえも、つかむことは⋯⋯できないんだからっ!」
目を丸くして目前の少女を見つめる切嗣。
そこまでいい終えた少女は、恐れと怒りで涙をぽろぽろと流している。
息吐く間も無く放たれた言葉の数々はまだ幼く、拙いものばかり。
道行く者の痛みを知らない、無垢な想い、無垢な理想でしかない。
けれど切嗣は────その言葉に、反論できない。
『────お前は、何のためにここに来た。
何を欲してここに来た、”魔術師殺し”。
すべてを失って、それでもなお殺すのは。
聖杯を求めて戦うのは、何故だ』
自問自答する、自らの戦う理由を。
忌むべき魔術に救いを求め、一度は壊すと決めた聖杯を欲したのは何の為だ。
それは────全ての理不尽を排し、人々を救う。
あの日灰色の空の下で誓った、願いの為。
アイリスを喪い、生きる意義を失い、この先の生を捨てても。
それでもなおこの戦いに全てを捧げたのは何の為だ。
お前の中にある矜持。
お前が信じる最後の答え────それはなんだ。
『理不尽を否定する。
僕の中には────それしかない』
ならば、何を為すべきなのか。
聖杯は────もうない。
しかし、目の前には明確な悪がある。
放置しておけばきっと、多くの理不尽を生む悪がある。
それを、絶望にかまけて見逃すつもりなのか。
「せいばーだってがんばってる。
あーちゃーも、いっぱいきずついたけどがんばってる!
それでもあなたはつづけるの? こんなかなしいたたかいをつづけるの?
それとも、かなしいって、なきつづけるの?
そんなの⋯⋯そんなのゆるさない!
ゆるさないんだからぁっ!」
────そうだ。
それこそ許されない。
そんな自分を許すわけにはいかない。
例え聖杯の奇跡を掴めなくても、そこで終わるわけにはいかない。
信じた理想を、叶えたかった願いを、たとえこの体が砕けても────この手で成し続けなければ。
そうでなければ、浮かばれない。
救えなかった命も、叶えられなかった願いも、果たせなかった理想も。
この命を繋ごうとした────大切な人(アイリス)も。
あまりにも────浮かばれないではないか。
顔を上げ幼子達を見る。
妹を守ろうと必死になって立ちはだかる少女の瞳を真っ直ぐに見つめかえす。
「⋯⋯ああ。
そんなのは、許されない。
許されるはずが、無いな」
「⋯⋯えっ?」
驚いて目を見開く少女。
父を傷つけ、家を燃やした破壊魔の口から理解の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろうか。
どうとでも思ってくれてかまわない、やったことは事実だ。
ただお陰で────立ち戻れた。
間違いは正さねばならない。
悪は、倒さねばならない。
その相手が例え、最後の望みを賭けた願いの器だったとしても。
それが全ての理不尽の廃絶を願った、切嗣の人生そのもの。
衛宮切嗣は全ての魔術を憎む、魔術師の天敵たる魔術師。
────“魔術師殺し”なのだから。
「一時休戦だ、アーチャーのマスター達。
あの聖杯、本当に願望器としては壊れてしまっているのか?」
「え⋯⋯え?
う、うん。あれがかんせいすると、“あんりまゆ”っていうのがうまれるって⋯⋯あさしんのマスターがいってたわ」
「“この世全ての悪(アンリマユ)”⋯⋯なるほど。
だが⋯⋯」
「⋯⋯あ、あの」
おずおずと切嗣を見つめてくる少女。
「もう、あーちゃーとたたかわないの?」
「⋯⋯君達の言った事が事実なら、聖杯戦争はもう終わってしまっている。
それにね、君の言った通りさ」
「⋯⋯⋯⋯?」
「魔術は秘されるもの。こうなった以上全ての魔術師は、魔術が公になる前にその魔術を叩き潰さなければならないんだ。
みんなを、守るためにね」
「⋯⋯⋯⋯!」
それは下種な手法を許す協会の戒律の中で、唯一認めてやれるルール。
多くの人を守るために、魔術師達が守らねばならないルールだ。
切嗣の言葉を聞くと瞳を輝かせてにっこりと笑う少女。
「⋯⋯あ⋯⋯よかった⋯⋯」
「⋯⋯? 何がだ?」
「う、ううん。なんでもないわ」
「⋯⋯⋯⋯?」
「えみやきりつぐさん、おなじまじゅつしとして、ふゆきをおびやかすまがったせいはいを⋯⋯たたきこわしましょう!」
そう言って小さな手を差し出してくる彼女に思わず苦笑してしまう。
なんと真っ直ぐで曲がったところの無い魔術師なのだろうか。
敵だった人間に手を差し出す懐の広さ。
命の危険がありながら説教を行う度胸。
窮地にあっても道を見失わない正しい心。
ああ、この子のように全ての魔術師が人に寄り添った存在であるのならば。
自分はきっと────。
「⋯⋯ああ。
ただし、子供はここで観戦だ」
「⋯⋯う~。
あなた、なんかあーちゃーににてる」
小さな手を優しく握って、そう伝える切嗣。
やることは明確だ。
弱いものを守り、悪を挫く、ただそれだけ。
戦う意思を取り戻した切嗣は泥の塔へと走り出す。
信じた理想を、この体の砕ける最後の瞬間まで────追いかけ続けるために。
────Interlude out
家政夫と一緒編第四部その20。Interlude9-3。
例えば目の前に苦しんでいる人がいる。
彼らを救うこともきっと願いの形、叶えたかった理想のカケラ。
その為に奇跡が必要なのか、その為に聖杯が必要なのか。
────そんなことは無い。
それは、その体(じんせい)が知っていた。
自分の道を行くのに奇跡など要らない。
必要なのは、ただ前を向いて進む────強い意思だけなのだから。