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育児戦争/家政夫と一緒。~4の41~

激突



 シャッ────ドシャアアンッ!!


 放った剣が飛来する巨大呪力弾を迎撃する。
 剣を受けて爆散し、飛び散る呪いが靄となり視界を悪化させていく中、高まる魔力の気配だけを頼りに待機させていた刀剣を射出する。


 キュン────ガオオオンッ!!


 着弾、爆発。
 三本の剣が出かかりの呪力弾に着弾し、起こった爆風が靄を吹き飛ばす。
 一瞬だけ開けた視界を縫うように敵の足に向かって放つ刀剣射撃。響く炸裂音と共に靄の闇の向こうから竜の絶叫が木霊する。
 だが、敵の再生力はほぼ無限、一瞬足りとて気は抜けない。
 油断することなく敵に向かって探知の糸を伸ばすと、案の定膨れ上がっていく魔力の気配。



 ゴンゴンッ!!



 靄を切り裂き飛んで来る呪力弾。
 飛来する二対を待機させていた剣を飛ばし迎撃する。
 呪力弾の合間を縫って敵の体へと飛ばした複数の剣が竜の眼球で大爆発を起こし、深山の山々に禍々しい絶叫を響き渡らせる。

「ふぅ⋯⋯っ」

 今更魔術の漏洩など考えてはいられない。とにかく敵に対し適度のダメージを与え、竜の放つ攻撃が人里に及ばないようにするしかない。
 耐久力で言うならば敵は既に“ガイアの僕”に匹敵する能力を得つつある。
 目標とする存在を殲滅するために無限の供給を受ける不死の化け物。
 そんなものに対し勝利を得るのは不可能だ。アーチャーに出来ることは防衛と時間稼ぎ、それしかない。



 ウウウウウウウウウウウウウ────



 次の攻撃に備えて気を張り詰めるアーチャーは、靄の向こうから響いてくる不気味な唸り声に気付いた。それは屈辱の唸りか、力を溜める猛り声か。
 鷹の目を鋭く細め、万事に対して対応できる心構えを作る。
 さあ、どう来る────?



 オオッ────ゴゴンッ!!



 靄を裂いて飛んでくるのは一発の────否、連続して放たれた呪力弾。
 発射音の間隔から見るに恐らくは二発同時の砲撃だろう。
 宙に浮かせた刀剣を集め、一点集中砲火を呪力弾に浴びせる。

 だが、放たれていた呪力弾は上下方向に僅かに散らされた連続射撃。
 跳ぶ刀剣は一発目の上方呪力弾の迎撃には成功するが、下方を飛ぶ呪力弾はその上半分を吹き飛ばすのみ。

「────────!」



 バシャアアアアンッ────ジュゴオオオッ!!


 勢いよく山肌に叩きつけられた呪力弾はその大量の飛沫を剣の丘へと浴びせかける。いくら固有結界といえど術者の構成魔力を上回る強力な呪力の汚染に対し成す術も無い。
 大地を焼き、緑を焼き尽くす黒い飛沫は呪いの煙を上げ丘の空気を汚染していく。

「ぐ⋯⋯ううう⋯⋯!」

 聖骸布で顔を覆い呪いの感染を極力シャットアウトするが、固有結界を侵食する呪いの侵攻を止める事が出来ない。
 瞬く間に消耗していく魔力を抑えるため、結界の一部を無に返す。
 そうして被害処理に奔走し、攻撃が手薄になった隙を狙って黒い竜は呪力弾を雨霰と浴びせてくる。
 手を止めれば終わる。休んでいる余裕はない────!

「っ⋯⋯おおおおおおっ!」




 ────ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオンッッ!!




 暗い夜を朱に染めて次々と巻き起こる爆発。
 猛烈な火力応酬が数十秒の間続き、山が静けさを取り戻した後────。
 濛々と立ち込める瘴気の中、余裕を垣間見せる竜の姿とは対照的にアーチャーは剣の丘に膝を突き満身創痍の姿を晒していた。


「はあっ⋯⋯はあっ⋯⋯はあっ⋯⋯」

 固有結界は既にその形を薄れさせており、丘に突き立った無数の剣はあと僅かというところまで数を減らしている。
 結界維持と呪力弾の迎撃に使った力で彼の残存魔力は貯蔵量の二割を切っており、最早竜との戦闘は不可能というところまで追い詰められていた。

「⋯⋯⋯⋯」

 だが、それでもアーチャーは膝を上げる。
 守る者たちに一切の不覚を見せるつもりは無いと、誇らしく高らかに胸を張り丘の上に立つ。
 対する竜は彼の様子から最後の勝負に出ると悟ったのか、腕を地に付き、巨大な顎に力を溜める。
 その力の高ぶりは今まで放った呪力弾とは比較にもならない。
 この一撃でアーチャーごと切嗣たちを消し去るつもりなのだろう。

「やらせるものか」

 残る剣の数では竜の一撃を迎撃できないと判断したアーチャーは、自らの傍らに突き立つ美しい鞘に手を伸ばす。
 それは聖剣の鞘、アヴァロンである。




 ────この投影に力を使い、竜の一撃を凌げば。
 自分は消滅するかも知れない。




『有言不実行とはこの事だな⋯⋯』

 それでも、他に手段が無いならばやるしかない。
 覚悟だけは胸に秘め、実体化した鞘を携える。
 この鞘は単身用の防御兵装だ。広域を防御するための武装では無い以上、前に出ることで呪力弾を逸らす盾にならなければならない。

『アイアスの盾以上の耐久力を持つ武装はこれしかないからな。
 出会ったばかりで悪いが、どうかよろしく。アヴァロン』

 アーチャーの思いに対し、弱い輝きを以って応える聖剣の鞘。
 心なしかその光が不満そうに見えたのは気のせいだろうか。
 配属されて初めての戦闘で死地に送られるなど、どんな兵士も勘弁願いたいだろう。その心中を察し一つ謝るアーチャー。

『悪いな、最後まで付き合ってもらえると嬉しい』

 固有結界を閉じて、右手に構えた聖剣の鞘に意識を集中する。
 霧散していく多量の魔力が身を守る世界の消滅を主に教える。
 ここからは自分と鞘だけである。

「さて、行こうか────」

 焼け爛れた丘の上を黄金の鞘を携え歩くアーチャー。
 眼前に伏す禍々しい竜は目前の脅威を滅ぼすために力を溜める。
 瘴気が肌を嬲り、ありとあらゆる生命を滅していく中、二人の英雄は互いの一挙一動に神経を張り巡らせ己の必殺を放つ機を窺う。


 ────そして。



 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!



「“全て遠き理想郷”(アヴァロン)────────!」



 二つの必殺は冬木の空を黄金に染め、激突する────!




 家政夫と一緒編第四部その41。
 激しい砲撃戦は圧倒的物量に支えられた竜の勝利に終わり、
 戦いは命を賭した防衛線にもつれ込む。

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