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育児戦争/家政夫と一緒。~2の40~

Answer.:前編


「どうしたの? おじさん」

 苦く、苦しい苦悶の表情を浮かべるアーチャーに気付いた少年は、作業の手を止めて声をかけてくる。
 意味のわからない苛立ちに苛まれ、少年を睨む。
 けれど目前の幼い顔は心配そうな表情を崩そうともしない。


「────誰かを、救う。誰かを助ける。
 少年、君の思いは、その衝動は。
 いつか必ず⋯⋯君を傷つけるぞ」
「────? なんで?」
「きりが、ない。
 際限なく笑顔を求めていけば“それ”だけでは済まなくなる。
 人が苦しいと思う事柄には、その原因となる障害がある。
 それを取り除く事が誰かを助けること、救う事だ。
 誰かが誰かを苦しめているのならその誰かをとっちめなくてはならない。
 その誰かを傷つければその誰かの為にまた、誰かが泣く。
 ────そんなことの、繰り返しだ」
「⋯⋯なんでさ? なかよくは、できないの?
 なんでいがみあうのさ?」
「人が二人いれば意見は違う。
 二人は手を取り合えても、10人では? 100人では?
 沢山の意見、沢山の気持ち、沢山の守るべき幸せ。
 その思いは手を取り合うだけでは解決しないんだ」


 少し難しかったのか。
 少年はしばらく考え込むように顔を俯けると小さく唸る。
 思いつくことでもあったのだろうか。


「誰かの為に力を振るえば誰かの恨みを買う。
 そうして積もった恨み、辛み、救えなかった人の無念、業の全ては必ず⋯⋯自分に返ってくる。
 その罪の重さで、ずっとずっと、傷つき続ける。
 そんな苦しいだけの人生で、君は────いいのか?」


 少年は眉をひそめる。
 考え込むかのように難しい顔をした後、アーチャーを見る。
 その瞳はだんだんと輝きを増していき、そして確信めいたように一つ頷くと、


「────うん」


 そう、答えた。



 ────────────。



「────何故、だ?
 君は、知らないだけだ。好きな人も好いてくれた人も、友人になれるかも知れなかった人たちも敵に回す。
 守りたかった人からは石を投げられ、信頼していた人には後ろから刺される。
 それでも、阿呆のように人を信じ続けて、誰かの為にと走り続けて⋯⋯」


 ────知らず。


「────馬鹿が⋯⋯!
 殺して救う、傷つけて救う、そんな偽善に誰が喜ぶ、だれが幸福を得る?
 自身の幸福を求めない空洞(からっぽ)の理想、借り物の理想。
 そんなもので⋯⋯そんなものでっ⋯⋯人が、救えるわけが無い!」


 声は震え────


「自身の苦しさを見てみぬふり、蒙昧な頭で突き進んで────挙句の果てには地獄に落ちて!
 そうまでしてやってきたことは────救えなかった人たちを無かった事にする事だけだ⋯⋯!!
 何処まで行っても誰も救えないというのに、死してなお傷つけ、傷つき⋯⋯死んでしまえと己を呪う⋯⋯!
 そんな、そんな生き方が────────良いと言うのか⋯⋯!」


 叫んでいた。


 その絶叫に少年は驚き、目を見開いている。

 それは、誰に宛てられたモノなのか。
 何処の馬鹿に、宛てられたモノなのか。

 少年はまだあの事故にあっていない、衛宮切嗣にも会っていない。
 違うモノだ。
 ならばこの言葉に意味など無い、ただ素通りするだけ。

 ────ならば、一体誰に?
 この言葉は、誰に対して問うたものなのか?


「⋯⋯おじさん⋯⋯」

 そっと、傷ついた右腕に小さな手が乗せられる。
 まだ傷ついたことの無い、真っ白な手。
 けれど、暖かい手。

「⋯⋯うん。
 よわねなんてはけるわけがない。
 だって、おじさんがここにいる。
 おれはおじさんみたいに────なりたいんだから」



 ────────────え?




 家政夫と一緒編第二部その40。Answer.:前編。
 ずっとずっと、この胸に抱き続けてきた理想。
 片時も離さず、常に共にあった理想。

 その願いを、その想いを。
 大きなものに預けてしまったときから────。
 男には判らなくなってしまった。
 何故走るのか、その意味が。

 ────けれど。

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