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育児戦争/家政夫と一緒。~4の45~

epilogue1:それから



『⋯⋯大丈夫。
 苦しい事は全部引き受ける。だから、笑っていてくれ』



 とっても綺麗な朝焼けの中、そう言って傷だらけのまま私たちを抱きしめる逞しい腕。
 苦しい事なんて何も無いよ? 泣くような事も何も無いの。
 全然平気なのに、そうやって私たちを抱きしめる彼の顔だけが⋯⋯とてもとても苦しそうで。
 だから、笑っていてって言われたのに、私も桜も泣いてしまう。

 そんな私たちを見ると彼はより一層苦しそうな顔になって、抱きしめる力を強くする。
 大丈夫だ、大丈夫だぞって⋯⋯優しく背中を撫でてくれる。


『あーちゃー、ちがうよ。くるしいからないてるんじゃないんだよ?』


『わたしたちがなくのはね⋯⋯あーちゃー』


『それはね⋯⋯あーちゃーが────────』








「ね⋯⋯ん」
「⋯⋯んん」
「姉さ⋯⋯」
「ん~~~~⋯⋯」
「姉さんっ、もう朝ですよ!
 起きないと遅刻ですよ~!」
「えっ!?」



 がばっ。



 慌てて飛び起きるとベッドの横には桜の姿。
 桜柄の可愛いエプロンの下には学校の制服を着ており、もう出掛けの準備が済んでいる事を教えてくれる。
 慌てて時計に目をやる。七時十五分、学校まで一時間近くかかることを考えるともう時間が無い。

「うわ~!
 さ、桜っ!なんで起こしてくれなかったの!?」
「姉さんが昨日、明日は絶対に早起きするから絶対起こさないで、って言ったんですよ」
「う、う~~! たしかに言ったけどっ!」
「もう⋯⋯。ご飯の支度出来てますから早く着替えて降りてきてくださいね」

 呆れ顔で部屋を出て行ってしまう桜。
 桜は小学校で植物係に入ったらしく、朝は早く出かけてクラスのお花と学校の花壇に水を上げるのが日課だ。
 その為、最近は早く起きる桜に起こしてもらうのが当たり前になっていたのだけれど、今日は私にとって特別な日。
 まあ確かに遅くまで訓練頑張りすぎたのもあるけど、絶対に自分で起きてやるという私の意気込みを笑うように、枕もとの目覚まし時計は悉く全滅。

「う~。なによこれ、もしかして意地悪?」

 壁に飾ってある小さなアゾット剣をひと睨み。完全な逆恨みだけどそれで気は晴れた。さあて、活動開始だ。


 ベッドから飛び出すと、洗面所に駆け込み顔を洗ってうがいを済ませる。
 洗面台の鏡をみると寝癖が酷い。あーもうっ!
 長い髪は私の自慢だけれど、癖がかった髪質は直すのに時間がかかる。
 ああ、お願いさっさと屈服して。今日は時間が無いんだから!

 ようやく寝癖を屈服させ部屋へ駆け戻ると、化粧棚から香水を取り出し肘の内側と手首、首筋に軽く振り、薬品の匂いを消す。
 魔術刻印の拒絶反応を抑えるために抑制薬を使ってるんだけど、これがまた凄い匂いのする薬でその匂いを抑えるために香水は欠かせない。
 回路が成長した証だって思えばなんでもないけど、薬の匂いさせてる女の子ってなんか⋯⋯。
 うう、ネカティブになってる場合じゃない。
 引き出しから愛用のリボンを取り出し髪に結び、制服に着替え終えれば遠坂凛の完成だ。
 身支度を終了するまでの全工程、およそ十分。うん、なかなかのタイム。日ごろの修練の賜物である。


 机の上から鞄を取り、部屋を出ると慌しく階段を駆け下りる。
 居間に入るとテーブルの上にはジャムの塗ったトースト半分と紅茶。
 素早く席に着くとナプキンを首に巻き食事を開始する。

「桜、父さんは?」
「今日は朝から教会の方に出かけていますよー。
 じゃあ姉さん、私先に行きますね」
「え、少し待ちなさい」
「駄目ですよー、お花にお水を上げなくちゃいけないんですから」
「む。桜は私よりお花の方が大切なの?」
「⋯⋯もう。少しだけですよ?」

 困ったように笑うと隣の席に腰掛ける桜。
 ニコニコ笑顔で私の食事を見つめている彼女は本来、この時間にはとっくに家を出ている。
 それでも少しでも余裕があるならば、私の願いに応じて自分の時間を譲ってくれる桜は、自慢以外の何者でもないけどとっても良い子だ。
 謗りたければ謗るがいい。例え花とて我が妹を譲るものか。

 食事を桜に下げてもらい、その間に歯磨きを終えると二人一緒に玄関を飛び出し正門まで駆けてく。


「“Schliesung(ロック) Verfahren,Drei(コード3)”」

 門を閉じ施錠の魔術をかける。
 今日も回路の調子は絶好調。


「さて、いきましょうか」
「はいっ!」



 そうして、春風が吹く坂道を駆けていく私と桜。
 誰にとっても始まる当たり前の一日。
 けれど────私たちにとっては特別な一日。
 さあ、今日も一日頑張ろう!




 家政夫と一緒編第四部その45。epilogue1。
 たくさんの時間が流れ、大きくなった子供達。
 取り戻した日常の中で二人は手を繋いで走り出す。

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