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育児戦争/家政夫と一緒。~4の34~

正義の味方


 それから三十分。
 アーチャーとセイバーは覚醒した切嗣の前にいる。
 まだ意識の方が万全では無いのか、時折瞼を押さえて苦しげな表情を浮かべる彼だが、膝の上で深い眠りについているアイリスを見つめると、居住まいを正し二人に対して正対する。

「まさか生き残れるとは思わなかった。
 まずは礼を言おう、ありがとう」

 深々と頭を下げる切嗣に安堵の溜息を漏らす二人。
 彼の顔には明確な生気が戻っており、精度の高い治療の成果が伺えた。

「セイバー。僕にはまだやれることがあるんだな」
「はい」
「何が出来る?」
「切嗣、私は契約の為、聖杯に剣を向けることが出来ないのです。
 そこで、どうしても貴方の力が必要になる」
「⋯⋯令呪か。聖杯を攻撃するということはあの場所まで戻る方策があるということだな」
「はい。あとは私に任せてもらいたい」

 見つめあう剣兵の主従。切嗣はセイバーの眼差しからその覚悟を察したのか、溜息一つ漏らして右手を上げる。

「⋯⋯いいだろう。
 聖杯の規律に従い、我がサーヴァントに告げる────聖杯を破壊せよ」



 ────キィン────ゴオンッ!



 切嗣の令呪が輝きを放ち、大魔術を解き放つ。
 下した命令はセイバーが世界と交わした契約をも上回り、彼女の内に聖杯を破壊するという衝動を植えつけた。

「⋯⋯令呪は失われた。もう君を縛るものは何も無い」
「いいえ。令呪など無くとも、私の主は貴方だ。
 この戦いで貴方の期待に応えられた事はそう多くなかったが⋯⋯この命だけは、必ず」
「⋯⋯ああ。期待している」

 そうして、騎士は立ち上がる。
 別れの言葉など必要ない。ただ騎士は主の命令を遂行しに行くだけなのだから。
 部屋を歩み出るセイバーを追い、アーチャーはその後に付き部屋を出ようとする。


「アーチャー」


 その背に切嗣の声がかけられる。

「⋯⋯む?」
「彼女に殉じるつもりか?」
「⋯⋯全く、よく似た主従だな貴方達は」

 苦笑を浮かべ、ベッドへと振り返る。
 多くのことを話した訳でもないのに、二人とも随分と的確に自分の歪みを指摘してくるものだ。

「私の背はそんなにも死に往く者のように見えるかね?」
「見えなければわざわざ声をかけたりはしないよ」
「⋯⋯⋯⋯っ」

 切嗣の意図が読めずに閉口する。
 彼は自分にどうしろというのだろうか。

「⋯⋯言いたい事があるのならばはっきりしろ、切嗣」
「そうだな、回りくどいのは好きじゃない。
 僕の言葉ではないのだが、伝えるタイミングは今しかなさそうなので言おう。
 “私のアーチャーは間違っていると気付いたら間違いを正せる、格好のいい人”⋯⋯なんだそうだ」
「⋯⋯!」
「結局のところ、僕も君と同じタイプのろくでなしだ。
 だから、僕が何を言おうと無駄だろう。
 同じ状況に陥れば君と同じ選択をするだろうし、ね」
「⋯⋯⋯⋯」
「僕からはそれだけだ。
 少なくとも、大切な人を泣かせるような選択はしないほうがいい」

 そう言って切嗣は膝で眠るアイリスを見つめる。
 傷つき眠る愛しい人を見つめる彼の瞳には、深い慈愛と申し訳なさそうな謝罪の色が浮かんでいた。

「⋯⋯胸に刻んでおく」
「ああ、それがいい。
 僕達はあまりにも────待っている人達の気持ちに疎すぎる」
「⋯⋯ああ」

 そう返事をして踵を返す。



 自身の愚かさを正しい事を言い訳に進んでいく生き方は、周りを不幸せにする。
 けれど、そうでもしなければ何かを守れないときには一体どうしたらいい?
 この身に残る力を振り絞っても、誰かを守れない時にはどうすればいい?


 ────この命を、賭けるしかないだろう。


 だから、胸にはいつも覚悟を。
 そう信じて生きてきた。それでしか救えない道を歩いてきた。
 けれど、切嗣の言葉は、彼が伝えてくれた幼子の言葉は。


 果たして、今の自分はそれでいいのかと。
 消えようも無い疑問をアーチャーの中に深く刻み付ける────。




 家政夫と一緒編第四部その34。
 どれだけ一人の道を選ぼうと、その理想を貫く限り、一人で生きていく事は出来ない。
 それでも、そうしなければ守れないものが在る。
 そんな時、男達が行ってきた事は死から逃げるよりも、自分を守る事よりも。
 ────ただ誰かを守る道具になる。それだけだった。

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